真夜中に愛猫とキスを

八百十三

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第2章 低次元存在との交錯

第17話 丁々発止

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 俺の言葉に、ウームベアトゥが口を開いてこちらに向けてくる。目がないとはいえ、俺を睨むようにしているのは明白だ。不快そうな空気を撒き散らし、嫌な匂いのする息を吐き出しながら俺に言葉をぶつけてくる。

「白猫。わしの言葉に真っ向から立ちはだかるとは、余程の覚悟あっての言葉であろうな」

 その底冷えのする声と重みのある物言いに、俺はわずかにたじろいだ。怖い。怖いけれど、ここで怖気づいては全てが水の泡だ。ぐっと手を握りながらウームベアトゥに言い返す。

「有象無象だと考えるには、人間はあまりにも多種多様ですし、才能にあふれています。それを一括りに人間だと見て、いくらでも替えが利く存在と思われるのは心外です」

 握った手を胸に当てながら、俺ははっきりと言い返した。
 実際、人間と一口に言っても色んな人がいて、色んな才能を持っているのだ。俺がどんな才能を持っているか、自信を持って言えるものがあるかと言うとそうでもないけれど、俺も、六反田も、四十物さんも、このアビス株式会社で働く一人ひとりが、替えの利かない存在のはずだ。
 俺の後ろから六反田が顔を出して、ウームベアトゥへと言葉をぶつけていく。

「そうだそうだ。お前も小飯塚の中に入って、間近で人間を見てきただろう。お前が相手してきて使い潰してきたやつらの誰一人として、同じじゃなかっただろ?」
「下唐湊さんに同意いたします。そもそも同じような、いくらでも替えが利くような人員ばかり採用しているのでは、会社が成り立ちません」

 四十物さんも俺の言葉にうなずきながら、ウームベアトゥに告げた。四十物さんは総務部の人間、人事にも関わっている。彼女からしてもいくらでも替えが利くと扱われるのは心外だろう。
 だが、俺たち三人の言葉を聞いてもなお、ウームベアトゥは考えを曲げた様子はない。俺たちの言葉を最後まで聞きこそすれど、その大きな口と両肩の口から、一斉にため息を吐いた。

「よくほざくものよ。異次元の存在からしたら人間ども一人一人の能力の差、性格の差など些末さまつな問題だ。どれだけ仕事の場に適していようが、不適であろうが、心を潰されれば壊れるか弱い生き物だ」

 そう言いながら、ウームベアトゥはわずかに身体をくねらせた。その動きはどこまでも人間離れしていて、見ているだけでも不気味だ。
 身をよじったウームベアトゥが、俺の方に口を向けてくる。開いた口の中の大きな歯が、鈍い光を放った。

「それに、代わりがいないと宣うのであれば、何故その人員に早々に見切りをつけて代わりの人員を探す? 採用担当は常日頃から新入社員の採用面接を行っているであろうが」
「う……」

 そう問われて、俺は正直言葉に詰まった。
 彼の言う通りではある。採用担当の人はしょっちゅう新入社員の採用面接を行って、何人もの社員を4月の新卒で、あるいは中途入社で採用している。そこに間違いはない。
 なにしろ何人もの社員が毎月のように辞めていっているのだ。採用した端から辞めていく場合もあれば、数年働いた社員が体や心を壊して辞めていく場合もある。どのみち、アビス株式会社の社員数はずっと横ばいなのだ。
 そこを突かれると、俺には若干分が悪い。と、そこで四十物さんが一歩前に進み出た。

「その採用担当として申し上げます、ウームベアトゥ。新規人員の募集を行っても、募集したその日に採用が決定することはありません。さらに申し上げるならば、採用が決定しても入社までには数日の準備期間を要します。辞めた人員の代わりを即座に現場投入、とはいかず、その期間は少ない人員で仕事を回さなければなりません」

 四十物さんの言葉に、俺は目を見張った。
 なるほど確かに、俺もアビスに入社する時に事前研修を受け、入社直後にも研修期間を設けてもらった。数日の研修で、学んだことがどれほどあったかと言うと疑問が大きいが、採用してすぐに「今日から働ける?」とはならなかった。大学時代に経験したコンビニのアルバイトなんかとはわけが違うのだ。
 さらに四十物さんが畳み掛けるように言葉を続ける。

「加えて、いかに経験値の豊富な人員を雇用したとして、業務に必要な知識の教授、権限の発行が必要です。それにもまた時間がかかり、コストも相応にかかります。人員を使い潰すということは、そのかけたコストを無駄にする、ということに他なりません」
「む……」

 ウームベアトゥに淡々と言葉をぶつけていくと、そこでようやくウームベアトゥが小さく唸る。
 四十物さんの言葉を聞いて、俺もようやく「採用にかかるコスト」の意識をした。採用活動にも、教育にも、権限を発行するのにもお金がかかる。
 最近はクラウドリソースのサブスクリプションを事前に契約しておいて、その中でライセンスを割り当てることも多いが、うちの会社はそこまで効率的なことをやっていない。逐一メールアドレスを発行して、必要なソフトのライセンスの余剰がなければ追加購入、という感じだ。
 四十物さんが冷たい眼差しを向けながら、ウームベアトゥに言い放つ。

「御身も王を名乗るならば、コストを無駄にすることの愚かさを重々承知していることと思いますが」
「むう……そこを突かれると弱い」

 びしりと言われ、ウームベアトゥは小さく唸り声を上げた。暗黒領域の王様という立場、コストカットについては二次元世界でも考えないといけないことなのだろう。
 ウームベアトゥが怯んだところで、六反田が足を踏み出した。ゆっくり歩きながら、異形の化け物に向かって問いかける。

「コストの無駄の面で言うなら、お前がこっちに出張でばってきている間の暗黒領域はどうしている? まさか玉座を空っぽにしたままで、手下どもに好き放題やらせてるんじゃねぇだろうな」
「それは……無論、側近たちに預けて任せているとも」

 相変わらず粗暴に言い放つ六反田に、わずかに身じろぎしながらウームベアトゥが言い返した。
 なるほど、王様と言うだけのことはある。ちゃんと自分の治める領地をどうにか出来るようにして、三次元世界にやって来たようだ。
 六反田いわく、普通の二次元生物や四次元生物は自分の本体をその世界に置いたままで、三次元世界の人々に接触、夢を通して伸ばした端末を接触させているらしい。だが、ウームベアトゥは本体が直接こっちに来ているのだ。つまり二次元世界の玉座は空っぽである。
 言葉を返してきたウームベアトゥに、六反田はため息をつきながら告げた。

「それもまたコストの無駄ってもんだぞ、ウームベアトゥ。玉座は任せて、王の職務は側近によって遂行されているだろうが、王のは放っとかれっぱなしだ。お前がいつ戻ってきてもいいように、メイドたちは毎日掃除しているだろう。それのどこが無駄じゃないってんだ?」
「う……」

 六反田にピシャリと指摘されて、ますます言葉に詰まった様子のウームベアトゥだ。口の中の歯が内側に向いて、痛いところを突かれた様子がありありと分かる。
 そこから六反田がどんどんとツッコミを入れていった。やれメイドの雇いすぎだ、やれ玉座を空けている間の手下の食事はどうしているだ、ウームベアトゥが三次元世界に出張っている間に生じているであろう無駄を、次々に指摘していく。
 なんだろう、そこまでツッコミを入れている姿を見ると、個人的にいたたまれない。帰ったら自分の家計のムダもちゃんと洗い出さないとならないだろうか。
 やがて、ウームベアトゥが深く深くため息をついた。

「わしがこの男の身体に巣食っていること、それそのものが無駄を生じさせている、と……そう言いたいのだな、ケダモノども」

 疲れたような声で言ってくるウームベアトゥ。それに対し、六反田と四十物さんがこくりとうなずいた。

「そういうこと」
「ご理解いただけたようで何よりです」

 六反田がさらりと言って、四十物さんが丁寧な口調で言って。
 そのままちら、とこちらを見てくる六反田にうなずいてから、俺も一歩前に踏み出した。頭を下げながらウームベアトゥに話す。

「そう……です。俺たちは削れる無駄はどんどん削りたい。その為にはあなたに還っていただかなくてはならないんです。ご一考、いただけないでしょうか」

 俺が、なるべく低姿勢になりながらウームベアトゥにをする。それに対し、彼は口をすべて閉じて押し黙った。

「……」

 沈黙が会議室に流れる。俺も、六反田も、四十物さんも動かない。何も話さない。
 そのまま一分くらい時間が流れた頃だろうか。ウームベアトゥが長くため息をついた。わずかに開いた口から細く息を吐きだして、彼は静かな口調で言う。

「……よかろう、そこまで言われたらわしの居城の者どもにも申し訳が立たん」

 その言葉に、俺たちは顔を見合わせて表情をほころばせた。
 同意が取れた。確かに「よかろう」と彼は言った。これは間違いなく、了承の言葉だ。
 ほっと息を吐き出しながら俺は頬を緩める。

「よかった……」
「へっ、手間取らせやがって」
「すぐに切除に入ります、下唐湊さん、六反田さん、準備をお願いします」

 六反田が皮肉っぽい笑顔を見せる中、四十物さんがすぐに動き出した。そうだ、まだ仕事は終わっていないのだ。
 すぐに、ウームベアトゥを二次元世界に送り返さないとならない。大きな仕事は、いよいよ大詰めに差し掛かっていた。
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