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過去と未来

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真っ白な身体に、黄金色のたてがみの美しい獣が、リーンゼィルの方を静かに見ていました。
その頭には銀色に輝く鋭い角一本。
キラキラと星のように輝いています。

リーンゼィルはその、馬に向かって静かにこうべを垂れ
横にいるフェインにそっと、

「フェイン、じっとして」 

フェインは、大人しくリーンゼィルの隣で伏せをしました。
しばらくすると、金色の馬は光の粒子となり姿を消しました。

「驚いた。
大樹の精霊がこんなところに現れるなんて。
普段は風の精霊の湖にしか姿を現さないのに…
………時間がなくなってきたようだな。」

くぅーんと鳴くフェインの頭を撫でてやると、薪を手早く集め直しユナの元へと急ぎました。
その、道すがらにリーンゼィルは、遠くに住む友人の事を思い出していました。


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ほんの数ヶ月前、俺は、一通りの仕事を終え、ベッドの上でゆっくりと午睡していた。
正直一番の楽しみでもあった。

だのに、

「リーン!リーン!!そこにいるんだろ!」

水晶玉から、けたたましい声で早口で捲し立てている人の声。
俺を起こそうと叫んでいる。
うるさい、俺は眠いんだ。

額を枕に擦り付け、布団をかぶり直して耳を塞いだ。

誰が呼んでいるかなんて、そんなことはどうでもいい。

俺は、寝たいんだ。
小回りのきく俺は、巨体のオヤジ達に出来ない事が出来るため、よくこきつかわれる。今日なんて特にひどかった、ともかく疲れたのだ。寝る。

だというのに、この友人は俺を休ませてはくれないようだ。


「リーンゼィル!!真面目な話があるから!早く!!」

水晶体から叫ぶ人物は容赦をしてくれない。 
自身の魔術によって水晶を浮かして俺をたたき起こすためだけに水晶を、布団の中の俺のみぞおちに落とした。

ドスン

 鈍い音と激痛。


「げふ!」

内蔵が飛び出そうなくらいの衝撃、別の意味で眠れそうだった。

『どうだい?起きたかい?』 

ぅう、いてぇ
くそ、女の方のノエルめ…、
キーキーうるさいだけじゃなく遠隔操作で攻撃してくるなんて。
更に起きたくなくなったし、痛いし。
ちょっと息苦しい。このまま起きるの癪だ。寝たふりでもしよう。

「グーグー」

『なにそのわざとらしいイビキは!真面目にやりなよ!』

耳元で叫ぶ叫ぶ
あーあ。わかりましたよ。起きますよ。起きますー。

「くそッ…、俺は眠たいんだよ、あと少しくらい寝てもいいだろ?
こっちは、こないだから闇の侵入者が多くて後始末に駆け回ってたんだよ!」

「そんなこといいから、聞いてよ!!」

「がはっ!」

おい、ノエル!お前。
ドスンドスンと水晶が腹に落ちてくる感触ってわかるかな?
お前、なんでそんなに勢いを付けて落ちてくるんだよ。

お前は、俺を殺す気か?

「ギブ!ギブアップだ!!
わかった!!わかったよ。なんのようなんだ!?」

仕方なく俺はギブアップした。
旧友に殺されたくはない。

『やっと、私の話を聴いてくれる気になったんだね』

 とても嬉しそうな可愛らしい声だが、お前は本当に鬼だ。

「はぁ、…、殺されたくはないからな。で、一体なんなんだ、」 

仕方がなくベッドに腰かけた。

「やだなぁ、殺しても死にそうにないのにぃ」

「お前なぁ………」

「まぁ、冗談はさておき。
あのね、近いうちに女神の忌子が君の森にくるんだよ」 

「はぁ?女神の忌子?えっとなんだそれ?」

何処かで聞いたような気がするが、あんまり思い出せないな。

『え?リーンゼィル知らないの?? 』

「悪い。なんだっけ?」

「もう!ニーチェに呪われた子だよ」

「ニーチェっ………って、だれだっけ?」

「えぇ!?……リーンゼィル。しっかりしてよ!
創生の女神ルダ様の近衛騎士様を殺したとされるニーチェだよ。
光の王からも、聞かされていたじゃん!覚えてないの?」

「ん?あぁ、えっと、随分と昔の話だよな。
あ、なんとなく思い出してきた。
この世界にいない髪色。
紅色の髪の者か。
創生の女神の寵愛を受けていた騎士の血を食らい、その髪は紅に染まった。女神が最も憎んでいる者だっけ。
だけど、確かこことは別の最も遠い世界に封じて、もう追ってこれないんじゃないのか?」

「残念ながら、その結界は破られたんだって」

「し」

「そのニーチェが、この世界の何処かに落ちてきていたのさ」

「はぁ?そんなの初耳だぞ。
しかし、何故この星へ?
いや、ここは、ソワール様とソレール様の多重結界の中だ。
女神でさえも容易くは入れないのに。
それに、そのような事態ならソワール様もソレール様も争っておられる場合じゃないだろ!」

「それを、僕らごときの進言でお止めになると、君は思う?」

「それは………、無理だろうな。
ソレール様への謁見を賜れるのは光の王のみだ。
………俺らにできるのはでは精々光の王に謁見し、ソレール様に直訴してもらうくらいだが、光の王へのお会いしようにも、ソワール様の侵攻が激しくなりつつある。俺達も自分の領地を容易くは離れられないのが、現状だ。お前のところはどうなんだ?」

「同じようなものだよ。レンのところも似たり寄ったりって聞いている 

「アイツがか。そういうの認めないタイプと思ってたんだが 」
「向こうも次期長の立場からね。昔と違って好き勝手には出来ないみたいだよ」
「そこは、みんな同じか」
「それに問題は、謁見する前にそのニーチェに呪われた子。女神の忌子がこっちに来てしまう」

「なら、もうそいつを仕留めれば話しは早いんじゃないか?」
「仕留めるって、君は直ぐに物騒なことをいうなぁ」

「俺は守り人だ。元から大樹の守護は物騒なことしなことしないと勤まらないんだよ。おやじ達ならすぐに踏んづけちまうしな。
それに忌子ってことは、災いをもたらすんだろ?なら早めに片を着けるべきじゃないか?」

「ぶー、モルバダインの一族は大きいから、人をすぐに踏んづけちゃうんだよね。リーンゼィルは小さいけどぉ」

「うるせぇ!ほっとけ!」

「で、まぁ、悪ふざけはさておき、 
本題に入るんだけど、君にはその子を守って欲しいんだよ。
引いてはそれが、モルバダイン一族を救ってくれる。」

「はぁ!?呪われた子なんだろ?なんで?」

「…、その子が忌子であると同時に光の神の選んだ子だからさ。


「え?意味がわからない。なんだそれ?
本当に、神のすることは本当によく分からない
………何をお考えになられているのやら」

「君だって何を考えて何を隠してるのかる言わないだろ?」

「……………」

リーンゼィルは、真顔にほんの一瞬だけなると、すぐに、元の表情に戻りました。それに、ノエルは不服そうな顔でリーンゼィルを睨み付けます。
ほんの少し間が空いて、ノエルはやれやれとため息をつきました。

「………わかったよ。リーンゼィル。仕方がないな。
君には、神の試練が始まる前に、その子を故郷に連れて帰って欲しいんだ」

「ん?どうして?試練の方が大切だろう?」
  
「試練の頃に、楔が綻びそうなんだ。その子の故郷の楔を直して欲しい」

「楔に綻び…、か。なるほどな。
今から俺が向かうんじゃだめなのか?」

「その子が来る頃までは特に問題がないんだ。
今は行っても出来ることがない。出来る?リーンゼィル?」

「なかなか面倒な話だが、やらないと仕方ないだろう?」

「じゃあ、リーンゼィル任せたよ」

そう言うと、ゴトンと水晶は地面に墜ちた。


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ノエルの言葉通り確かに女神の忌子はきたんだが、複数人で来るなんてきいてねぇ。アイツめ…
放っていってもいいのだが、それが、未来をどう動かすかわからないなら、救っておいた方が無難だろう。
面倒だが、それが、我が一族を救うなら

「もう少し待ってくれよ。オヤジたち」

リーンゼィルは、ポツリと光る湖面に向かって呟きました。

  



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