神聖力を捨てた聖女は婚約者も捨てたい

えんどう

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 彼の部屋に移動すれば会場の喧騒はまったく聞こえてこない。淹れたばかりの紅茶が喉まで凍りそうだった私の身体を温めてくれた。
「あいつの言ったことは気にしないでくれ」
 不意にレジスが口を開いた。考えることをやめていたせいか、一瞬だけ何の話かわからず反応が遅れる。
「悪いやつじゃない。ただ少し口が悪くて俺を心配しすぎるタチなだけだ。君に嫌な思いをさせたなら悪かった」
「……いいえ」
 口が悪いなんてものじゃない。あの男は私がいることに気付いていながら話を続けた。そのことを友人であるレジスにも教えていないあたり、良い性格をしているのではないだろうか。
「気にしないで。あなたのご友人だもの、そんなに気にはしていないわ。言われたのは本当のことだし」
 カトリーナはいま自分がどんな顔で話しているのか分からなかった。ただ驚くほどにすらすらと思ってもいない言葉が口から出ていく。
 きっとうまくいつも通りに振る舞えたのだろう。レジスがほっとした顔をした。
「それならいいんだ」
「それよりもこんなに早く出てきてよかったの?まだ話したかった相手がいたんじゃない?」
「いや、ある程度は挨拶をしたしもういいだろう」
「……そういえば」
 ここで触れない方が変だし、いつまでもこの話題を避けるわけにもいかない。
「ルシウス殿下をお見かけしなかったけれど、挨拶はまた今度でいいかしら」
「──兄上がこういう場に遅刻してくるのは今に始まった話じゃない。また機会があればでいいんじゃないか?」
 王位を狙っていることなど悟らせもしないほどのその表情の繕い方はカトリーナの背に嫌な汗を流した。
 第一王子であるルシウスが王位を継ぐのは当たり前のことだ。嫡男でない彼が王位を狙うということは──つまり、ルシウスを亡き者にすると同意である。
 そんな恐ろしいことを考えているなんて知らなかった。知らずに呑気に彼のそばにいてしまった。
「そういえば君は兄上と面識があったか」
「えぇ。何度か神殿にいらした時にご挨拶をしたくらいだけれど」
「兄上が神殿に?何をしに?」
「さあ……私に御用はなかったようだし、大神官様と二人きりでお話なさったようだから」
「そうか。また兄上が神殿に行くことがあれば俺に知らせてくれないか?」
「……どうして?」
「大した話じゃない。ただ知っておきたいだけだから」
 私は何も余計なことを考えなくていいのだと視線が物語っている。これ以上何か言うのは怪しまれそうなので緩く頷くにとどめておく。
「カトリーナ。愛してるよ」
 いつもと変わらない微笑みで私の頬にキスを落とした彼に、感じたのはただひたすらに嫌悪だけだった。
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