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しおりを挟むベッドに身体を投げ出したカトリーナは指先まで鉛のように重く動かなかった。こんなにも疲れることは滅多にない。出る前はあんなに楽しみにしていたパーティーに、今ではいっそ行かなければよかったとすら思う。
宝石のあしらわれたドレスは脱いでから硬い椅子の背にかけておいた。こんな細い月明かりでもきらきらと光るそれが今はとても煩わしい。
きっと明日になれば可哀相な者のために寄付をすると言って神官が持ち出すだろう。ドレスの行き先がはたして寄付されたところか、それとも貨幣となって神官の財布に入るかは不明だが。
(聖女といったって、これじゃなんの役にも立たない……)
神の声など聞こえたことはない。ただ神聖力が人よりも大きく、祈りは他の人間よりも届きやすい。ただそれだけのことで私は生まれてから滅多に外へ出ることもなく神殿の中で暮らした。
平民上がりの聖女が運良く女神に愛され、豊かで安全な暮らしが保障されている。ジャックの言葉が頭に浮かんで離れない。食に困らない豊かで安全な暮らし──それは果たして本当に良いものだろうか。
私の好物はベリータルトだ。けれどそれは私がレジスと出会って、生まれてから初めて口にした甘味だったから。それまで菓子を口にしたことはなかった。聖女への献上品が私の元までくることなど滅多にない。普段の食事も民より質素なもので、贅沢な生活には程遠かった。そんなことすらもレジスと出会い食事を共にするまでは知らなかった。私の中の普通は、周囲が思うほど良いものではないのに。
望んでもいない神聖力でこんなことになるのならいっそこんな力などなければよかったのだ。そうしたらレジスは私を利用しようなんて考えなかった。そうすれば私はきっと、顔も見たことのない両親と引き離され、この場所に閉じ込められて祈りを捧げる日々を過ごさずとも済んだはずだ。
勝手に祝福とやらを授けた女神のことを崇めたことは実のところ滅多にない。私が祈ったところで大洪水も干ばつも起こるし、流行病がたちまち収まるなんてことはない。聖女だなんて特別な名前をつけるから勝手に期待を集め、勝手に失望して私に敵意を向けるのだろう。
私の祈りが足りないと、何度叱責を受け、眠らずに膝をつき願う夜を過ごしたか──そんなことは誰も気に留めたりしないのだろう。
「もう、疲れたなぁ……」
いっそ、もういっそ、こんな力など捨てられたら。
そんなことを考えながらカトリーナはゆっくり夢の中へと沈んでいった。
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