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しおりを挟む神殿の敷地内にある図書館はさほど広くはないけれどここにしかない貴重な文献も置いている。普段カトリーナがここに出入りすることは滅多になかったが、少し調べたいことがあるからと神官に頼み、祈りを終えてすぐにここへ来た。
「そういえば昨日も夜遅くまで遊んでおられたとか。貴女の務めをお忘れになってはいけませんよ」
「──えぇ、分かっています」
余計なお世話だと顰めそうになる眉を、前髪を直すふりをして隠した。常に私の行動は監視されているし、昨日のパーティーに出席したことも、神殿に仕える者たちは決して快く思っていないだろう。
すぐにお祈りに戻りますからと告げたカトリーナはまっすぐに過去の神殿のことが記された本を探した。今までの聖女にまつわるものが書かれている。
私の前にいた聖女は六十年間、その生涯のほとんどを神殿で過ごしていたという。質素倹約な生活を好み、日々民と国のことを憂いて祈りを捧げていたと。
(……生まれてからずっと、死ぬまで)
それがとても素晴らしいことのように神官が話すのを聞いた時、私が覚えたのは恐怖だった。私もそんなふうに死ぬまでここに居続けるのだろうか。届いているのかも分からない祈りを捧げて、この生涯が終わるその日まで監視されながら生きるのだろうか。
一晩が経てばレジスへの怒りはほとんどなかった。彼が思惑を持ってわたしに近付いたように、たとえ無意識であったとしても、私もそうだった。彼を盲目的に慕っていたのは彼が私をここから連れ出してくれる人だと信じていたからだ。そんな淡くとも打算だらけの気持ちを持っていた私がどうして彼を責められるだろう。
「カトリーナ」
「っ……大神官様?」
突然声をかけられたことに驚き、カトリーナは思わず手に持っていた記録書を床に落とす。
「いけませんよ、ここにある本は貴重ですから。もっと丁寧に扱ってください」
「申し訳ありません」
慌てて拾おうとした私よりも先に腰をかがめた大神官のカイラス・ディーンがそれを手に取り埃を払った。
「聖女の記録ですか。貴女がこちらへ出入りするのは珍しいと思いましたが……何か気にかかることでも?」
「い、いいえ。ただ少し、私の前の聖女様のことを知りたかっただけです」
「そうですか。ジュリアナのことなら、私も長くはありませんが共にありましたから、私に聞きなさい」
(……そういえば大神官様は前の聖女様のときからずっと神殿に仕えているのだものね)
温和な表情でこちらを見る彼は、私にとっては幼い頃から父のような人でもあった。聖女としての教育は忙しい彼ではなく他の者がしていたけれど、人として当たり前のことはこの人が教えてくれた。いわく彼に付いてどこかを訪れた際に恥をかかないようにとのことだったけれど、なんとなく思惑はそのほかにある気がした。
「ありがとうございます。ところで大神官様はどうしてこちらに……」
「あぁ、そうでした。貴女を探しに来たのです」
「えっ?」
わざわざ貴方が?と驚いた私に、彼は困ったように目尻を下げて笑う。
「あまり人目につかないよう貴女にお会いしたいという方がいます。もし気が進まないようでしたら断りますが」
「どなたですか?」
「第一王子殿下です。なんでも昨夜、貴女と会う約束をしたとか」
「ルシウス殿下が?」
確かに会う約束のようなものはしたけれど、まさかこんなにも早く来るとは思わなかった。それに人目につかないようにだなんて。
「違うのですか?」
「い、いいえ、確かにそうお話しました。すぐに行きます」
「第二礼拝室にいらっしゃいます。人目に付かぬようにとのことですから他の者は下げておきますが、私は隣の部屋にいるので何かあれば呼びなさい」
「分かりました。ありがとうございます」
ふとレジスの言葉が頭に浮かぶ。ルシウス殿下が来たら知らせるよう言われたが──それは彼と話してからでもいいかと、私は振り払うように首を振って礼拝室へと向かった。
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