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 退屈そうに神像を見上げていたその人は昨夜パーティーで会ったときよりもずっと地味な格好をしていて、きっと街にいたって誰も彼が王子だと気付かないだろうなとカトリーナは思った。
「殿下。お待たせして申し訳ありません」
 声をかけた私に振り返ったルシウスはゆるりと首を振る。特に気にしたそぶりもなく、彼は向かいに腰を下ろすように示してくれる。
「悪かったね、昨日の今日で。実は父上からある仕事を任されてしばらく忙しくなりそうなんだ。それで、どうせなら先に君と話がしたいと思って」
「そうだったのですか」
 国王陛下はまだまだ健在だけれど、その優秀さから国政の一部をルシウスが担っていることはカトリーナも知っていた。
「殿下は陛下にとても期待なされているのですね」
「はは、その期待に応えなければならないからプレッシャーを感じるよ。父上や臣下が思うほど俺は優秀ではないからね」
「そのようなこと」
 過去には剣術大会に最年少で優勝したこともあるし、学術大会ではその聡明さに学者たちが揃って感嘆したとも聞く。
「殿下が王位をお継ぎになればこの国も安泰でしょう」
「……どうだろうな。そう思っていない人間もいる」
 苦笑した彼にどきりとしたのは、もしかすると聡いこの人はレジスの思惑に気が付いているのではないかと思ったからだ。
「それにしても昨日は疲れただろう?レジスの周りは少し騒がしいやつが多い」
「そのようなこと……」
「いいんだ、ああいう場に慣れるように努めるよりも割り切った方が心は楽になる。もう知っているとは思うけれど俺もああいう場は苦手でね、今朝顔を合わせたレジスに怒られてしまったよ」
「レジスが、殿下を?」
「あぁ。父上の後継がそんなことでどうする──ってね」
 レジスはあまり家族の話はしないし、特にルシウス殿下の話を私の前ですることは滅多にない。だから二人の間に日頃からどのようなやりとりがあるのかは分からないけれど、少なくとも彼はレジスとの仲を悪いとは認識していないようだった。
「そうそう、レジスといえばジャック・ディモンにも会ったかな?」
「えっ?──えぇ、お会いしました……」
 思い出して頭が重くなる。あからさまに敵意を剥き出しにして私を見下していることを隠しもしなかった。
「性格の悪い男だろう?レジスは親しくしているようだが俺はどうにも苦手でね」
 私もあの人は、なんて口に出せない。そこまでこの人のことを信用できないからだ。
「君が昨日泣いていたのをどうしても思い出してしまって」
「あ……あれは大したことではないので、お忘れを」
「そうした方がいいかと思ったんだけどね」
 うーんと考えるように腕を組んだルシウスはまるで試すような視線をこちらに向けた。
「昨日の夜もディモンとレジスが二人で話していたそうだが、君はもしかしたらその内容をすでに知っているんじゃないかと思って」
 心臓がうるさいほど早くなるのを感じた。まさかこの人は全てを知っているのだろうか。レジスの目論見も、あの男と共に何かを企んでいることも。
「私には何のことか分かりません」
 なんとかそれだけを答えたのは謀反人としてレジスを引き渡すなんて出来るはずがなかったからだ。決してレジスの思惑に加担することはしたくないけれど、彼を裏切るわけにもいかなかった。
 それはかろうじて残っている恋情のかけらのせいだ。
「ああいや、勘違いしないでくれ。俺はなにもレジスを問い詰めたいわけでも罰したいわけでもない」
「……殿下がなにをお考えになっているかは分かりませんが、私には何のお話かさっぱりです」
「俺は王位継承権を持つにはふさわしくない」
 はっきりと言われたその意味がどういう意図を含んでいるのか分からない。それに、口に出すにはあまりにリスクのある言葉を、この人はどうして私に言うのだろう。
「レジスに言われるたびに思っていたよ。俺はたしかに少しばかり人より秀でることがあって、それが周りの期待をさらに上げた。けれど自分でもわかっている。とても国を継ぐだけの器はないし、国を継ぐということの重みに耐えられる自信もない」
「そのようなこと……」
 否定しようとした私に、彼はただの独り言だからと続ける。
「だからレジスがもし王になっても良いと考えているのなら俺は全てをあいつに譲り渡しても良いと、本当にそう思っているんだ。余計な画策などされずとも正面から言ってくれたら、直接本人に伝えるんだけれどね」
「……もしそのようなお話があったとして、殿下のお言葉が本心だとして、どうして私にそんなお話を?」
 いったいなにを企んでいるのかは分からないけれど面倒なことに巻き込まれるのは堪らない。ただでさえこれからのレジスとの関係をどうするか私は検討もついていないのに。
「勘違いだったらすまないが、君はもしかするとレジスとディモンが心の内に秘めていることを知ってしまったのかと思ってね。……いつかの俺のように。あいつらはまったく、変なところで爪が甘い」
「殿下」
「それにディモンは性格が悪いな。俺がいることに気が付いていながら堂々と話したのだから」
 あいつの心臓は鉄でできているのかもと笑ったルシウスに、カトリーナはとても笑えなかった。
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