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しおりを挟むお忍びで来たのだろうルシウスを裏口まで見送ったカトリーナは、もう夕陽が沈み始めていたことに驚いた。少し長く話しすぎたかもしれない。
「カトリーナ嬢、時間を割いてもらって悪かったね。楽しい時間だった。色々と落ち着いたらまた会おう、その時には良い返事をもらえると嬉しい」
今日の会ったことをレジスに伝えても構わないかと正直に尋ねた私に、彼はもちろんと翳りなく頷いた。
「……私も楽しい時間でした。またお会いできるのを楽しみにしております、お気を付けて」
去っていく彼の背中を見送りながら、カトリーナはどっと疲れが押し寄せた。今夜もあまり眠れそうにないなと考えていると、共に見送った大神官様が声をかけてきた。
「もう遅くなりましたね。昨日の帰りも遅かったし疲れているでしょう、もう部屋で休みなさい」
「ありがとうございます」
「カトリーナ。これは大神官という立場ではなくあなたを見守ってきた一人の人間としての忠告です」
まっすぐにこちらを見据えるその瞳は何もかもを見透かされていそうで、私はそれがなんだか昔から怖くて堪らなかった。やましいことなどないはずなのに私の心に薄暗い部分があるように、それを見透かされているように感じるから。
「なんでしょうか」
「あなたが良いと思う選択をしなさい。王族のことに口を出すのは憚られますが……厄介なことに巻き込まれそうなのであれば、時には断ることも大切ですよ。あなたにだって会いたくのない人間を拒む権利はあります」
その言葉を不思議に感じるのは、聖女である者はどんな人間にも手を差し伸べ光の道筋を示すべしと他の神官に教えられ育ったからだろうか。誰かを拒むことなど知らない私にそんなことを言うのは大神官様だけだ。
それが私を案じていることはさすがに分かるので、緩く頷いて笑う。
「ありがとうございます。……大丈夫です、ルシウス殿下は少し世間話をしにいらっしゃっただけでしたから」
社交の場を億劫に感じながらもそつなくこなす、非の打ち所がないひと。ルシウス殿下にはそんなイメージがあったけれど、その心の中はどうだろう。弟の野望を前にあんなにもにこやかに過ごせるのだから、どこか恐ろしささえ感じてしまう。
彼がここへきた理由は結局のところ、私にレジスを良い方向に導いてくれないかということだった。
「ディモンはたしかにレジスの欲しいものを与えるために動くだろうけれど、あれをそばに置きすぎるのは危うくてね。君ならレジスの思惑も、私の本心も分かった上でうまく動いてくれるだろうと思って」
帰り支度をしながらそう言ったルシウスに私は思わず苦笑した。
「私などがレジスのことを導くなんて」
実際にはただ利用されているだけなのに。私は黙って横にいるだけで臣下や民の支持を得られるのだから、余計なことを言わない方がレジスにとってはいいだろう。
「あいつはカトリーナ嬢にはぞっこんだろう?忍んで来たのはそれも理由の一つなんだ、妬かせても困ると思ってね」
「──彼はそんなことで妬いたりはしませんよ。殿下が思われるほど、私は彼に想われていませんから」
はっきりと聞いたあの言葉が脳裏を離れない。今まで囁かれた言葉たちが全て意味をなくしたあの瞬間、もしかすると自分で思っていたよりもずっと傷付いていたのかもしれない。
「そんなことはないと思うが……まぁ、間に入っても良いと思ったら言ってくれ。君が頷いてくれたら俺は家出する準備でも始めるから」
「家出なんて……行きたいところがあるのですか?」
「あぁ。船で世界中を見てまわりたいんだ。自分の知らない景色を絵に描きたい」
そういえばルシウスは絵を描くことも得意としていると聞いたことがある。その実力は画家も両手を上げるほどだとか。
「レジスは欲した王座に就いて、俺は自分の好きなことをしながら生活する日がきたら──それはとても良いことだと思うんだがな」
「……素敵だと思います」
自分の意思でどこかへ行って、美しいものを見て、そういう生き方ができたらきっととても幸せだろう。
その日初めてカトリーナは自分の意思で誰かの幸せを願った。楽しそうに夢を語るこの人が私と同じように見えない鎖で縛られているのを、どうしても手助けしたいと思ってしまったのだった。
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