夫に離縁が切り出せません

えんどう

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「ならどうしろと言うんだ!」
 遠くで夫の怒鳴り声が聞こえた気がした。その声が思っていたより案外近くにあることに気付いたのは、ふと視界に色が写り込んでからだ。
「静かに。奥様が起きられてしま………あ」
 パチリと目が合ったのは、確か、旦那様の幼馴染である医者のジャレットさん。
「奥様、お目覚めになりましたか!」
「…カレン…」
 こちらを見て何やら変な顔をした夫が寝台のそばへ歩み寄ってくる。
「目が覚めたか」
「…えぇ。申し訳ありません、あまり記憶が無いのですが…」
「奥様。失礼ながらお眠りの間に診療させて頂きました、私のことは憶えていらっしゃいますか?」
「えぇ。お久しぶりね、ジャレット様」
 元々伯爵家の次男だとかで、今や貴族お抱えの医師として引っ張りだこだということはついこの間の夜会で知ったことだが。
「どうやら過労と心労が祟って倒れられたようです。コイツが真っ青な顔で私を呼び出したので何事かと思いましたが」
 思い出したのか、くすくすと笑った男に微妙な気持ちになる。そういえば彼は夫の幼馴染ということだったけれど、この人の前では感情をむき出しにしていたのだろうか。
 この一年、急に変わってしまった夫と何とかやってきたつもりだ。離縁を切り出すことを躊躇ったのだって、そこそこ上手くいっているところに水を差すのは、と考えたからだ。
「お悩みがあれば聞きますよ。私は奥方様の愚痴聞き役でも有名ですから」
 パチリとこちらにウインクしてみせた彼に思わず笑ってしまう。確かに、こんなに格好いい人にこんなことを言われたらポロポロこぼしてしまいそうだ。
「ありがとうございます。ではまた今度聞いて頂こうかしら」
「是非」
「…おいジャレット、もう良いだろう。帰れ」
「呼び出すだけ呼び出してこれかよ」
 ふうっと大きく溜息を吐いたジャレットさんが。呆れたような顔で立ち上がる。
「では奥様、お大事に。シーク、あまり奥様に負担をかけるなよ」
「っ…分かってる!」
 怒鳴り声で返したシークを指差して「馬鹿だけど悪い奴じゃないんで」なんて言いながら出て行くその姿を見て、本当に仲が良いのだと思う。──羨ましい、なんて。どうしてこんなことを思ってしまうのだろう。私に親しい友人が特にいないから?
「カレン」
「…ご心配をおかけしました。もう大丈夫ですので」
「メイドから聞いた。久しぶりの酒なのに加減をしなかった、君に面倒をかけさせて済まない」
 恐らく酔い潰れたことを言っているのだろう。脳裏にふと浮かんだあの女の顔に首を振る。
「いいえ、何も気にしておりません」
「…エレナが送ってくれたとか。何か話したか?」
 本当に憶えていないのだろうか。私は酒を飲まないから分からないけれど、あんなに近くで聞いていたのに、本当に何も憶えていないの?
「……いいえ?大したことは特に。旦那様を連れ帰るのに大変ご苦労なさったようですから、次行かれた時にはそちらにお礼を申し上げて下さいませ」
「…次…」
 呟いて肩を落とした夫にこれ以上なにか話すこともなく、私は立ち上がる。
「旦那様、お仕事に行かれる時間では?」
「…そう、だな」
 何か言いたげな彼に背を向けたのは、やはりあの女の顔がチラついて苛立ったからだ。
 この感情は、よくない。私の中の何かが、そう告げていた。
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