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7,国王陛下を巻き込みました
しおりを挟む何だか麻痺したような感覚でシャルロットはベッドに横たわっていた。
頭を巡るのは、本当に彼に相談して良かったのかということ。きっと一筋縄では収束しないであろうこの件を任せてしまった負い目がある。
「お嬢様、体調でも優れませんか?」
普段ならこんな風に横にならないシャルロットを心配して、メイドのリーが声をかけてくる。
「今晩の夕食もあまり召し上がられていませんでしたが…」
「…心配させてごめんなさいね。けれど気にしないで。別に何かあったわけじゃないから」
「そうですか?旦那様も心配した様子でしたよ」
その言葉にグッと胸が重くなる。少なくともアルフレッドとの婚約を決めたのはお父様だ。それなのになんの報告もせずに、王子を巻き込んでしまった。
言えるはずもなかった。婚約者の首も捕まえられず、まんまと浮気されて捨てられそうだなんて。
淑女としての教育は受けてきた。貴族とは何たるかも教わったし、恋愛と結婚は別物だと言われる世界で生きてきた。
だがそれはあくまでも分けている場合の話で、彼らは自分たちの想いを形にしようとしている。例えアルフレッドが娼館に通い詰めていたとしても、シャルロットは責めはしなかっただろう。
けれど相手が王女となれば話は別である。
「…ねぇ、リー」
「はい?」
「貴女はどうして結婚したの?」
数年前に幼馴染だという婚約者と結婚したリーは、それはそれは幸せそうだった。私もいつかこんな風に、なんて夢物語を描いたものだ。
ほんの少し驚いたように目を開いた彼女が、黒い髪を揺らして笑う。
「はしたない事を言いますが、あの人を他の誰にも取られたくなかったからです」
「貴女たちは幼馴染でしょう?誰にも入る余地なんてないでしょうに」
「幼馴染だからこそ、知らない事を知るたびに嬉しくて、けれどそんなことも知らなかった自分が馬鹿みたいに思えました」
それは分かる気がする、とシャルロットは頷く。アルフレッド様のことを知れば知るほど、近づけた気がして嬉しかった。けれどそんな誰でも知っているようなことを知らなかった自分が惨めで。
「それに、プロポーズは私からなんですよ」
「えっ?」
女からプロポーズなんて聞いたことないと首を傾げると、リーはにっこり笑った。
「私は運命の愛だとか信じていませんけれど、彼が他の方に連れて行かれるのは違うって感じたんです。黙って見ているわけにはいかなくて、気が付いたら行動に出ていました」
えへへと笑うリーは、歳下の私からみても本当に可愛いと思う。宝石細工を営んでいる彼の夫を偶に見るが、どこからどう見てもリーにぞっこんだ。
「運命の愛、ね…」
けれどやはりどう考えても、私には成す術がない。王女の話では彼も望んでいる婚約破棄のようだし、私が邪魔で仕方ないのだろう。
こんな可愛げもない女よりも王族で可愛らしいあの方に傾くのは仕方がないと思う。けれどやはり許せない。
だが今、出来ることは何もない。それでも黙っていれば、変な罠を仕掛けてくるかもしれない。そうなる前にさっさとどうにかしなければ。
(…あぁ、もう考えるのはやめましょう)
レオンは明日までに考えてると言ってくれた。彼の言葉を信じて、シャルロットはゆっくりと瞼を閉じた。
きっかけが何だったかは覚えていない。婚約者としての初対面の印象は『無口な人』だった。その後に『無愛想な人』に変わった。
苦手だったけれど、将来は夫婦となる関係。どうにか寄り添おうと努力したシャルロットは、時間さえあれば会いに行った。
会話は無くとも同じ空間で同じことをする。時にはただ本を読むだけだったり、ただ勉強をするだけだったり、だらだらと茶を飲みながらお菓子を食べるだけだったり。
そんな時間が何だか居心地よくて好きだった。
先を歩いてくれるとか、扉を開けてくれるだとか、部屋には私の好きそうな本がいつも置いてあるだとか、私が来ると分かっている日には私の好きな花を飾ってくれるとか。そういう垣間見えた優しさに、私の中で『不器用で優しい人』になった。
出されるお菓子がいつも私が美味しいと言ったものだったり、挙げればきりがないけれど。
いつしか、彼のことを本当に好きになっていたのだ。
次の日の朝、我が家の前に王家の紋章の入った馬車が止まった。お父様とお母様は何が起こったのか分からず、動揺している。
リーから聞いて慌てて下に降りたシャルロットは思わず怒鳴った。
「どうしているんですかっ!!」
頬杖をついたレオンは何を考えているのだろう。それなりの年頃の娘の家に朝から行くなんて、そんなことをするのは周りに恋人か婚約者だと誇示しているようなものだ。
「あぁ、その様子だともう出るところだったようだな。乗れ」
馬車の扉を開かれ、そう指示される。
逆らえなかったのは、その顔が今まで見たことないほど窶れているからだ。
「…わかりました」
遠目に見る両親の顔は曇っている。相手が王子だということにも関わらず出迎えるわけにもいかないのは、私にはまだアルベルト様という婚約者がいるからだ。
こんなこと、どんな理由があろうとアルベルト様の家に顔向けできない。なのになにを考えているのだろう?
「お前、両親には?」
「…何も話しておりません」
「だろうな。俺は父上に話した」
「そうですか………はい!!?」
ちょっと待て。今なにかすごいことを言われなかったか?
「あの、今なんと」
「だから、父上に話して相談した」
この人の父上ということは。つまり、それは。
「国王陛下まで巻き込んだということですか…?」
段々と身体が冷たくなっていくのを感じる。婚約者の不始末がこんなに大事になるとは。
「お前のせいじゃない。相手の女が他なら未だしも、あの愚妹だからな。それで、父上にある提示をされた」
「…なんでしょう」
すなわち国王陛下からのお言葉。なんだか自然と背筋を伸ばしたシャルロットに、レオンはあっけらかんと放つ。
「お前が俺の恋人になってしまえばいい」
ーーあぁ、駄目ですね。
私もまだまだ未熟ということでしょうか?
彼のいう意味が、ちょっとよく理解できません。
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