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16,王女と鉄拳
しおりを挟む静まり返ったその部屋で、シャルロットは何をどうすればいいのか分からなかった。
彼はなんと言った?私のことを愛している?
「…あぁ、誤解しないで」
彼はにかにこと笑いながら、けれども光の籠らない目でこちらを見ていた。
「今日のことはただ、唐突すぎて何も聞いてなかったから気が動転しただけなんだ。恋人だというなら責めないし、僕は君の全てを受け入れるから」
「はい?」
「君のことを愛しているから、君のやること全てを肯定するよ」
それはアルフレッドのまぎれもない本心だった。
そういった寛容な心がなければ、シャルロットの隣に立つのは不可能だと彼は本気で考えているのだ。
「けどそれは僕のそばにいてくれることが前提だよ。だから、浮気でも恋人でも何でもすればいい。でも、僕にはちゃんと報告してね。そうしたら僕も君の大切な人を大切にするから」
言いたいことを言い終えたのか、アルフレッドはどこか満足げに立ち上がってレオンに礼を取った。
「失礼ですが、話は以上ですか?なら失礼させて頂きます」
「あ、あぁ」
思わず返事をした王子に頭を下げさっさと出て行くアルフレッドの背中が消えてから、残された三人が声を合わせて「え」と呟く。
「……アイツ怖いな」
何も考えずに言葉を放ったレオンだったが、それに同調する者もいなけれは反論する者もいない。
「…怖いというより」
「重ッ!」
シャルロットの言葉を遮ってため息を吐いた王女がやれやれとばかりに肩を竦めた。
「つまんなーい。もういいや、飽きちゃった」
「「は?」」
アリアナ王女が何を言っているのか分からなくて、レオンとシャルロットはただ呆然としてしまった。
「隣国のまぬけ王子に嫁がされるくらいならって別れそうなカップル選んだけど、なにあれ重っ!引くわー、」
王女が言い終わらないうちに、レオンの鉄拳が頭に入った。シャルロットはどこか他人事のように(痛そう…)なんて考える。
「この愚妹がっ!!お前、お前のことでシャルロットがどれほど悩んだか分かってないのか!?この馬鹿が!!」
「あのデブでまぬけな王子の縁談をお兄様が勧めるからじゃないですか!だから迷惑かけてやろうって……けど、そうね、とばっちりだったわ。ごめんなさい」
可愛らしい顔で眉を下げた彼女は、もうあの時のような高圧的な態度ではない。分かってはいるのだが。
「いや、いやいや、ふざけてんのか」
思わず零した声に、兄妹はびくりと怖いものを見たような顔になった。
「どんな理由があっても私とアルフレッド様には関係のなかったことです、それを巻き込んでこんな風に壊して、飽きちゃっただのごめんなさいで済むと思ってるんですか!?」
なんてことをしてしまったのか。シャルロットはあの時の疑問を放棄した自分が腹立たしくて仕方なかった。例え自分が傷付く結果になったとしても、こんな風に彼にあんな言葉を告げさせるよりはきっとマシだったのに。
「貴女は自分のした事をよくお考えになったらどうですか!失礼します、アルフレッド様を追いかけますので」
早口に告げると、レオンに早く行けとばかりに頷かれる。
扉を出る前にアリアナ王女と目が合って、その瞳に罪悪感が見て取れて、もうどうするのが正解なのかシャルロットには分からなかった。
シャルロットが出て行った後の部屋で、レオンはアリシアの頰を千切れそうなほど引っ張っていた。
「おにいひゃま、いひゃい!いひゃいでふわ!!」
「あ?いらん事をしたのはこの口か?」
ぐにぐにと力を込められ、思わずアリシアは兄の手を叩いてしまった。
「痛いですわっ!私だってこんなに事が運ぶなんて思っていませんでした!」
「先に言っておくが、父上には報告済みだぞ」
その言葉を聞いた途端、アリシアの顔がザッと青くなる。
「お、お兄様、だいすきですわよ」
「知らん。俺はお前を庇うつもりはない。精々隣国でシャルロットに迷惑かけた分を償う事だな」
「ひどいっ!」
「お前のしたことの方が酷いわこの馬鹿女!!」
再度鉄拳を飛ばしそうになったレオンだったが、さすがにそう何度も女に手を上げるわけにはいかない。怒りをぐっと堪えて「で?」と睨む。
「お前、なんでよりにもよってシャルロットとアイツを選んだ」
「…なんで、って。ですから、あのまぬけ王子に嫁ぐのが嫌で」
「それなら他にもいただろう。それこそ婚約者なんていない奴らでお前に好意を寄せている者がな」
何故わざわざあんな面倒そうなカップルを選んだのか。しかもよりにもよって、兄の友人を。
「……クピードーに、なりたかったんですのよ。まさかお父様に相談するわけにもいかないし」
「クピードー?なんだそれは」
「…さぁ、なんでしょうね。いいわ、呼び出される前にお父様の元へ行って謝ってきます」
はあっとため息を吐いたアリシアに、レオンは「そうしろ」と言いながら自身も立ち上がる。
この日のために予定を全て開けたので暇だった。どうせなら城の本の保管庫を適当に漁ろうと立ち上がる。
アリシアの言った『クピードー』が、何故か頭について離れなかった。
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