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19,建前と本心
しおりを挟むシャルロットの乗った馬車が、勢い良く道を走り始める。
なんとか雨が酷くなる前に屋敷に着いたが、シャルロットの顔色が良くなることはなかった。
「少し休むわ。夕飯はいらないから、何かあったら起こしてちょうだい」
「かしこまりました」
メイド達が頭を下げるのを横目で見ながら、シャルロットはふらふらと自分の部屋のベッドに飛び込む。
もう何も考えたくなくて、ふかふかに整えられたシーツに身をまかせた。
「これは酷い」
窓の外を見て呟いた兄に、アルフレッドは何も答えなかった。
「聞いているか?」
「……」
口を開こうとするも、声が出ることはない。もう何もしたくないし、話したくもない。なのに兄は部屋から出て行かず、こちらをジッと見据えている。
「彼女と何があったか知らないが、ちゃんと話したのか?」
「……なんで知ってる?」
「何も知らないよ。ただ、あの子が王子の馬車に乗って登校したのは噂で聞いた」
「…そう」
もう他学年まで回っていることに驚くが、まぁ普通か、と納得する。貴族は噂話が大好きだ。大なり小なり何であれ、人の痴話喧嘩をにやにやと眺めている悪趣味な連中だ。
「婚約を解消するのか?」
「まさか」
「なら早いこと解決したほうがいい。じゃないと、周りが事態を悪化させることになる」
「…わかってる」
分かっていても、アルフレッドは逃げてしまった。何かを話そうとした彼女の目をこれ以上見ていたら、泣いてしまいそうだった。
覚悟はしていた。彼女が他の誰かを選んでも、夫の座を、社会的なパートナーとしての座を他の誰にも渡さないのなら良いと思っていた。
なのになんだ、このザマは。
「いつもの気持ち悪さはどうした」
「さぁ…どこに置いてきたかな」
滝のように降る雨の音が今はありがたかった。脳が麻痺するような雑音が、余計な考え事を全て消し去ってくれる。
「…愛してるんだ、本当に」
「知ってるさ」
「けれど僕には、僕だけを選んでなんて言えない」
「どうして?」
「僕は彼女に想われる何かを持っていないから」
だから他の誰かを見ないでと言えないし、僕のことだけを見てなんて言えるわけがない。
それでも、分かっていても、彼女の気持ちを欲しがっている自分が情けなくて。
「しゃあねぇな、お兄様がひと肌…」
「脱がなくていいから余計なことはしないで」
アルフレッドの即答に、兄はため息をついた。
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