疾れイグニース!

阿弥陀乃トンマージ

文字の大きさ
24 / 63
第一章

第6レース(3)スリムとプレゼンス

しおりを挟む
「やるか、頼もしい返事だね」

 二人の返事に仏坂が満足気に笑う。嵐一が訝し気な表情で尋ねる。

「むしろ……止めなくていいんすか?」

「いやまあ、訓練の一環と思えばある意味願ってもない話だ。勝負事だから安易に勝ち負けについて話すのはともかく、ここでBクラスの連中よりも内容のあるレースをしたら、君たちの評価は間違いなく上がる。鬼ヶ島教官はちゃんと見ているよ」

「え、どこでですか?」

 炎仁が首を傾げて尋ねる。

「調教スタンドの上方で目を光らせているよ。眼鏡をキラーンとさせてね」

「も、もしかしてこれまでもですか?」

「そうだよ、この二か月半……ほぼ休みなしで君たちの騎乗ぶりを観察しているよ」

「おお……時折感じた鋭い視線はそれだったのか……」

 炎仁が身震いする。嵐一が笑う。

「嘘つけよ、『ビリッケツ』評価の奴にいちいち注目するか」

「わ、分からないだろう?」

「訓練などで目立った学生は主任教官室に呼び出されることが多いね」

「え……」

「……」

 仏坂のなにげない一言に炎仁たちが黙り込む。

「あ、あれ? どうかしたのかい?」

「俺たち呼ばれたことないですよ……」

「Cクラスは眼中無しってことっすか……」

「あ、いやいやいや! そういうわけではないよ。現にCクラスの学生も何人か呼び出されている……あっ」

 仏坂はしまったという表情で口を覆う。炎仁が詰め寄る。

「いるってことですね! 誰ですか⁉」

「そ、それは僕の口からは言えないよ……」

「何人かってことは少なくとも三人以上か……? 天ノ川とお嬢あたりは分かるが……もう一人はクラス長か? それともまさか……」

「く、草薙君、余計なことは考えないように! そ、それに鬼ヶ島教官に呼び出されたからといって、必ずしもそれだけで合格に近づくとは限らないからね」

「あ、そうなんですか」

 炎仁がいくらか冷静さを取り戻す。

「そうそう、もう一つ付け加えると、鬼ヶ島教官は受講した学生はほぼ必ず一度は呼び出すようにしているよ。Cクラスとか関係なくね」

「おおっ!」

「まあ、必ず褒めるってわけじゃないけどね……」

「えっ……」

「そ、それはともかくとして、今日は色々あって疲れたでしょう? 反省文を書いたらすぐ休みなさい。レースの詳細については明日話すから」

 そう言って、仏坂は自身の寝泊りしている施設の方に戻って行く。

「……俺らも戻るか」

「ああ、うん……」

 嵐一に促され、炎仁も部屋に戻る。翌日、Cクラスの教室で仏坂が説明する。

「コースは1600mの左周りのダートコースを指定してきているよ」

「1マイル=8ハロンか……」

 腕を組む嵐一に飛鳥が尋ねる。

「GⅠレースと同じ条件ですわね。これまで走った経験はございます?」

「距離は最長で6ハロンまでだし、ダートコースもこの学校入ってから本格的に走り始めたって程度だな」

「紅蓮君はどうかしら?」

「だ、大体同じ感じかな?」

「それはそれは……なんとも心細いですわね」

「もしかしてだけど……海ちゃん?」

 真帆が海に尋ねる。海は眼鏡をクイッと上げて答える。

「そのもしかしてです……真帆さん、この指定してきたコースはBクラスの太井さんと薄井さんがかなり得意としているコースです」

「Bクラスは並川教官の方針で、芝コースとダートコースのスペシャリストをはっきりと分けて日々の訓練を行っているから……太井君と薄井君、ともに侮れない実力者だと見て間違いないだろうね」

 仏坂が真帆の説明を補足する。

「汚ねえなあ! 『勝負しよう、但し俺たちの得意なコースでな』ってか⁉」

「そうだ、全くフェアじゃないよ!」

 青空とレオンが憤慨する。

「……プロになったら、なにからなにまで、自分の思い通りっていう状況でレースに臨めるっていうことはまずないよ~」

 翔が寝ぼけ眼をこすりながら呟く。

「天ノ川ちゃんよ~そういう正論はここでは要らねえって!」

「皆に話を合わせる意味もないよ」

「ぐっ……」

「まあ、教官も昨日おっしゃった通り、訓練の一環と思えば悪くない話だ、なあ?」

「う、うん……」

 嵐一の言葉に炎仁が頷く。レオンが驚く。

「おおっ! 前向きだな!」

「奴らの得意なコースで勝てば、奴らのしょうもねえプライドを叩き潰せる……おまけに鬼ヶ島教官からの評価も上がるって寸法だ。面白くなってきたじゃねえか」

「おおっ、草薙の旦那、悪い笑顔だね~。炎仁、お前ももっと悪く笑え!」

「ええっ⁉」

 青空の無茶ぶりに炎仁が戸惑う。海がため息混じりに呟く。

「意気込み云々はともかくとして……対策を練った方がよろしいのでは?」

「それならダートコースを実際に走ってみたら……って無理ですよね」

 真帆が自分の提案を即座に打ち消す。この日は前日以上の土砂降りで、コースを使用する許可が下りなかったのである。仏坂が軽く頭を抱える。

「多少はマシになるみたいだけど、明日もほとんどこんな空模様らしいねえ。実際のコースに関しては明後日のぶっつけ本番に近いかたちになっちゃうね」

「むう……」

 仏坂の言葉に炎仁が顔を曇らせる。

「……やれることをやるだけです。教官、端末とモニターを使って宜しいですか?」

「あ、ああ、構わないよ」

 海が自身の愛用する端末と教室に置いてあるモニターに手際よく繋ぎ、画面に二頭のドラゴンを映し出す。

「……この焦げ茶色の竜体のドラゴンは太井さん騎乗の『スリムアンドスリム』、こちらの薄茶色の竜体のドラゴンは薄井さん騎乗の『ハズアプレゼンス』、どちらも先行抜け出しを得意とするドラゴンですね。ダートコースに慣れています」

「なかなか強そうなドラゴンたちだな……」

「素直な感想だな」

 レオンが炎仁に呆れた目を向ける。飛鳥が問う。

「ジョッキーのお二人は?」

「ともに群馬県出身の19歳。北関東のユース大会ではそれなりの成績を収められております。以前、ある地方競竜の騎手課程を受講したようですが、合格出来なかったようですね。年齢的にも今回の短期コースがラストチャンスに近いです」

「群馬出身か、同郷かよ……やたら絡んでくると思ったら……」

 嵐一が呆れる。海が説明を続ける。

「これはあくまでも噂話レベルですが、Bクラスでも今の所芳しい評価を得られてない模様です。その辺の焦りや苛立ちもあるのかと」

「なるほど……」

 真帆が頷く近くで飛鳥が首を左右に振る。

「だからと言って、Cクラスへの暴言は許しがたいですわ」

「あまり気分は良くないよね~」

 飛鳥の言葉に翔が同調する。

「そうだぜ! 旦那、炎仁、こんな奴らぶっ潰しちまえよ!」

「い、いや、ぶっ潰すって……」

 青空の言葉にレオンが苦笑する。

「……ただぶっ潰すだけでは飽き足りません。『完膚なきまでに』!」

「な、撫子さんまで便乗⁉」

「あ、あくまでフェアなレースをしてくれよ……」

 仏坂が慌てて皆を落ち着かせる。そんな中でも海が冷静に説明を続ける。

「では、当日の予想レース展開ですが……」

「海ちゃん、ブレない……」

 真帆が感心する。そして、二日が経った。

「へっ、よく逃げないできたな」

 『スリムアンドスリム』に跨った小太り男、太井が嵐一に話しかける。

「弱え相手に逃げる理由が無えだろう」

「な、なんだと⁉」

「落ち着け、太井」

 『ハズアプレゼンス』に跨った瘦せっぽちの男、薄井が太井をなだめる。

「嵐一さんもやめておけよ」

 炎仁が嵐一を注意する。落ち着きを取り戻した太井が再び口を開く。

「なあ、一つ提案があるんだが……」

「提案?」

「負けたチームは罰ゲームってのはどうだ?」

「罰ゲームだと?」

「ああ、万が一俺らが負けたら、俺らがCクラスに降級するんだ……」

「! ってことは俺らが負けたら……」

 嵐一の言葉に太井が笑う。

「察しが良いじゃねえか。そう、お前らが負けたら退学するんだよ。自主的にな」

「そ、そんな⁉ これはあくまで訓練の一環の模擬レースだ! しかもあんたたちが得意とするコースで走るって言うのに……一方的過ぎる! 話にならない!」

「良いぜ」

「ええっ⁉」

 嵐一の返事に炎仁が驚く。太井が笑う。

「へへっ、そうこなくっちゃな。じゃあ、レース楽しみにしているぜ」

 太井たちがスタート地点に移動する。炎仁が嵐一に詰め寄る。

「なんであんな話に乗るんだ!」

「それくらいじゃなきゃ面白くねえ……ってのは半分冗談だが、お前も結構退学を賭けた勝負をしてきたらしいじゃねえか」

「そ、それは……」

「その時、こうも言ったらしいな、『こういうところで勝てないようじゃどうせ先が無い』って、俺もそう思うぜ、持っている奴は結局勝つんだよ」

「ううむ……」

「まあ、大丈夫だ、クラス長の行ってくれたシミュレーションなどで奴らのレースパターンは完全に把握してある。心配は無え。ほら、スタート地点に行くぞ」

 嵐一の騎乗する『アラクレノブシ』が最内に並び、炎仁の騎乗する『グレンノイグニース』が、左右から『スリムアンドスリム』、『ハズアプレゼンス』に挟まれる形で並ぶ。スターターを務める並川教官が声を発する。

「……よーい、スタート!」

「⁉」

「なに!」

 嵐一と炎仁が驚いた。先行型の太井たちのドラゴンが前に行かず、嵐一とアラクレノブシを先頭に押し出すような形をとったからである。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

「美少女157人も召喚できるだと!?」社畜の俺、尖ったトラウマを全部『まあるく』収めて大賢者になる。── やっぱりせかいはまあるいほうがいい

あとりえむ
ファンタジー
『ヒロイン全員 挿絵付き』の異世界セラピーファンタジー。あなたの推しのヒロインは誰ですか? 「やはり、世界は丸いほうがいい……」 過労死した元データアナリスト参 一肆(まいる かずし)が女神様から授かったのは、アホみたいな数式から導き出された究極のハーレム召喚だった。 157人のヒロインたちに埋もれて、尖った世界を『まあるく』浄化しくしていく…… Dカップの村娘からIカップの竜の姫君まで、あらゆる属性のヒロイン達と一緒に、襲い来る「社畜のトラウマ」に立ち向かう。 全人類の半分の夢が詰め込まれた、極上のスキンシップの冒険譚が今開幕する!

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

ダンジョン嫌いの元英雄は裏方仕事に徹したい ~うっかりA級攻略者をワンパンしたら、切り抜き動画が世界中に拡散されてしまった件~

厳座励主(ごんざれす)
ファンタジー
「英雄なんて、もう二度とごめんだ」 ダンジョン出現から10年。 攻略が『配信』という娯楽に形を変えた現代。 かつて日本を救った伝説の英雄は、ある事情から表舞台を去り、ダンジョン攻略支援用AI『アリス』の開発に没頭する裏方へと転身していた。 ダンジョンも、配信も、そして英雄と呼ばれることも。 すべてを忌み嫌う彼は、裏方に徹してその生涯を終える……はずだった。 アリスの試験運用中に遭遇した、迷惑系配信者の暴挙。 少女を救うために放った一撃が、あろうことか世界中にライブ配信されてしまう。 その結果―― 「――ダンジョン嫌いニキ、強すぎるだろ!!」 意図せず爆増するファン、殺到するスポンサー。 静寂を望む願いをよそに、世界は彼を再び『英雄』の座へと引きずり戻していく。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件

こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。

​『イージス艦長、インパール最前線へ。――牟田口廉也に転生した俺は、地獄の餓死作戦を「鉄壁の兵站要塞」に変える』

月神世一
SF
​【あらすじ】 ​「補給がなければ、戦場に立つ資格すらない」 ​ 坂上真一(さかがみ しんいち)、50歳。  かつてイージス艦長として鉄壁の防空網を指揮し、現在は海上自衛隊で次世代艦の兵站システムを設計する男。  背中には若き日の過ちである「仁王」の刺青を隠し持ち、北辰一刀流の達人でもある彼は、ある日、勤務中に仮眠をとる。 ​ 目が覚めると、そこは湿気と熱気に満ちた1944年のビルマだった。  鏡に映っていたのは、小太りで口髭の男――歴史の教科書で見た、あの「牟田口廉也」。 ​ しかも時期は、日本陸軍史上最悪の汚点とされる「インパール作戦」決行の直前。  部下たちは「必勝の精神論」を叫び、無謀な突撃を今か今かと待っている。 ​ (……ふざけるな。俺に、部下を餓死させろと言うのか?) ​ 現代の知識と、冷徹な計算、そして海自仕込みのロジスティクス能力。  すべてを駆使して、坂上(中身)は歴史への介入を開始する。  精神論を振りかざすふりをして上層部を欺き、現地改修で兵器を強化し、密かに撤退路を整備する。 ​ これは、「史上最も無能な指揮官」の皮を被った「現代の有能な指揮官」が、確定した敗北の運命をねじ伏せ、数万の命を救うために戦う、逆転の戦記ドラマ。

処理中です...