疾れイグニース!

阿弥陀乃トンマージ

文字の大きさ
25 / 63
第一章

第6レース(4)アラクレノブシ&グレンノイグニース

しおりを挟む
「アラクレノブシが先頭に!」

「いきなり予想外の形ですね……」

 スタンドで観戦するレオンが声を上げる。その横で海が冷静に呟く。

「こ、これは……草薙さんはどうすれば?」

「こうなったらこのまま行くしかありませんわね」

「慣れないことをするべきじゃない、ポジションを下げるべきだ」

 真帆の問いに飛鳥と翔が真逆の意見を述べる。

「お前らが言うなら、多分どっちも正解なんだろうけどな、旦那に器用なレース運びが出来るわけがねえ……アタシが言えたことじゃねえが」

 青空が自嘲気味にこぼす。翔が頷く。

「まあ、それはそうだね……ハナを切って行くしかないか……ただ、逃げって言うのも楽なわけじゃない」

「そうだよ、しかも彼はいつも後方からの競竜をやっていた。追われる状態というのは慣れていないはずだ」

 翔の言葉にレオンが同調する。海が眼鏡を直しながら口を開く。

「……こうなれば、このレースの鍵を握るのは案外……炎仁さんとグレンノイグニースかもしれませんね」

「え、炎ちゃんが⁉」

 真帆が炎仁とグレンノイグニースに目をやる。四頭の最後方に位置している。

「微妙に出遅れてしまいましたわ。実質初のダートで厳しい立ち上がりですわね」

「え、炎ちゃん……」

 飛鳥は片手で軽く頭を抑え、真帆は両手を胸の前で握る。

「くそが!」

 予想外の展開に嵐一は叫ぶ。しかし、すぐさま冷静さを取り戻して、後方にチラッと視線を向ける。

「……」

「……」

 約二、三竜身後方には太井騎乗のスリムアンドスリム、右斜め後方には薄井騎乗のハズアプレゼンスが並んで走っている。それからさらに三竜身ほど離れて、グレンノイグニースの紅い竜体が見える。嵐一が舌打ちして視線を前方に戻す。

(俺も紅蓮もレース中盤あたりまでは後方でじっくり脚を溜めて直線勝負って腹積もりだった……脚を使わされる展開は予想していねえ! どうする? ポジションを下げて、奴らと並ぶか? いいや、わざわざ密集することはねえ……となると、このまま先頭で行くか……今の俺にやれんのか? 巧みにペース配分をしながら、脚を持たせるなんて器用な騎乗が……いや、やるしかねえ!)

 嵐一がアラクレノブシを前に進ませる。

「ふっ……」

「ふふっ……」

 太井と薄井がそれを見てほくそ笑む。

「アラクレノブシ、更に前に行った!」

「いいんじゃねえか、余計な駆け引きなんざいらねえよ!」

 声を上げるレオンに青空が反応する。海が呆れ気味に呟く。

「駆け引きなしで押し切れる相手ならいいのですが……」

「問題は他にもあるね……」

「他にも?」

 翔の言葉を聞いて真帆が首を傾げる。

「……なるほど、そういう事態もありえますわね……」

 翔の発した言葉の意味を悟った飛鳥は深々と頷く。真帆が尋ねる。

「どういうことですか?」

「まあ、もう少し様子を見てみましょう……」

 レースは最初のコーナーを周り、次のコーナーへと差し掛かろうとしている。アラクレノブシが尚も先頭を走っている。二番手との差は五、六竜身ほど開いている。後ろを振り返ってそれを確認した嵐一は頷く。

(折り合いも悪くねえ、この差を保っていけばいける!)

 嵐一は再び後ろを振り返る。

「ふふっ……」

「ふふふっ……」

 嵐一の目に――ヘルメットとゴーグルで顔の半分は隠れているが――不敵な笑みを浮かべる太井と薄井の顔が映る。

(なっ⁉ 笑ってやがる! そこから届く脚があるのか? いや、本来は二頭とも脚質は先行タイプのはずだ、ここから伸びてくるとは思えねえ! ……⁉)

 嵐一が驚く。アラクレノブシの脚色が急に悪くなってきたからである。

「ペースが落ちた⁉」

「故障か⁉」

「いえ、違います。これは……」

 驚くレオンと青空に対し、海が冷静に反応する。

「来てしまいましたわね……」

 顎に手を当てて飛鳥が呟く。真帆が声を上げる。

「な、なにが起こったんですか⁉ ペース配分は悪くなかったはずです!」

「……初めての距離にほぼ未体験のダートコース、そして……」

「昨日一昨日の大雨を含んだ砂はかなり重くなっている。ドラゴンの脚に想像以上に負担がかかっている……」

 飛鳥の説明を翔が淡々と補足する。

「くっ!」

「ここだ!」

 太井がスリムアンドスリムを押し上げ、最終コーナーの手前でアラクレノブシをかわし、前に出る。

「ちっ!」

「おっと!」

「くっ⁉」

 前を塞がれた為、外に持ち出そうとしたアラクレノブシの斜め前辺りに薄井がハズアプレゼンスをピタリと付ける。アラクレノブシは完全に内ラチ沿いに閉じ込められた恰好となった。右斜め前――スリムアンドスリムとハズアプレゼンスの竜体の間――にはほとんど隙間がない。

「ここを割って入ってくるのは流石に妨害行為になるぜ!」

「くそ……」

 嵐一はアラクレノブシのポジションを下げようとも考えたが躊躇した。ここからさらに外を回るのは距離のロスであるし、なによりアラクレノブシのスタミナが持たないと思ったからである。

「万事休すだな!」

「ちっ……」

「まだだ!」

「何⁉」

 そこにグレンノイグニースが外側を強襲するように上がってくる。太井が叫ぶ。

「まだ脚を残していやがったか! 薄井! 外を警戒しろ!」

「ああ!」

 薄井がハズアプレゼンスの竜体をやや外側に向ける。グレンノイグニースが上がってきたら竜体を寄せ、末脚を鈍らせる為だ。勿論、妨害にはあたらない程度に。

「かかったな!」

「なんだと⁉」

 薄井が驚く。炎仁がグレンノイグニースをはばたかせ、内ラチギリギリ、アラクレノブシの左斜め後方に着地したからである。これには嵐一も驚く。

「なっ⁉」

「そ、そんなところに入ってどうする気だ⁉」

「こうするんだよ!」

「のあ⁉」

 炎仁はグレンノイグニースの右肩あたりを、アラクレノブシの左脚の付け根あたりにぶつける。それにより、アラクレノブシは右斜め前に押し出され、スリムアンドスリムとハズアプレゼンスの間に広がった隙間を抜けて、前方を誰にも塞がれていない状態で直線に入る。薄井と嵐一がそれぞれ信じられないといった様子で叫ぶ。

「くっ! 外からきたのは俺を釣り出すためか! 初めからそれを狙って!」

「み、味方とはいえ、押し出してくるとはな!」

「これくらいの接触は競竜ならよくある! いっけえ! 嵐一さん!」

「言われなくても!」

 嵐一が鞭を入れる。アラクレノブシもそれに応え、脚色を取り戻し、外からスリムアンドスリムをかわし、先頭に出る。太井が焦る。

「そ、そんな馬鹿な⁉ もう脚は残っていないはず!」

「最後は根性だ!」

 激しい叩き合いとなったが、最後はわずかに半竜身ほど、アラクレノブシがスリムアンドスリムに先着する。

「か、勝った!」

「うおっしゃあ!」

「やったあ!」

 レオンと青空とさらに真帆が歓声を上げる。飛鳥が苦笑する。

「紺碧さんまで一緒になってそんなに興奮されるなんて……」

「い、いや、でも凄いレースでしたよ、ねえ、海ちゃん?」

「ええ、そうですね、手に汗握りました」

「三日月さんのおっしゃったように、紅蓮君が鍵を握っていましたわね」

「ええ、ただ、まさかあのようなことをするとは……驚きました」

「確かに驚いた……思った以上に面白いね~彼」

 翔が感心した様に頷く。

「ぐっ……」

「ま、負けた……」

「……」

 太井と薄井に嵐一が無言で近づく。太井が悔しそうに吐き捨てる。

「な、なんだよ、分かっているよ、賭けは俺たちの負けだ、俺たちをCクラスに降級してもらうよう教官たちに申し出る。それで文句はないだろう?」

「……いらねえよ」

「え?」

「この期に及んでまだ降級だとかなんとかぬかすお前らなんざ、うちのクラスにはいらねえんだよ。精々ご自慢のBクラスで頑張ってくれや。もう二度とつまらねえことで絡んでくるなよ」

「ぐっ……」

 言うべきことを言った嵐一は踵を返す。そこに炎仁が駆け寄ってくる。

「嵐一さん!」

「ふっ、お前が出遅れたときは正直焦ったぜ」

「ご、ごめん……」

「まあ、ある程度は折り込み済みだったけどな」

「そ、それはちょっと酷くないか?」

「冗談だよ」

 嵐一は笑う。炎仁は唇を尖らせる。

「ちぇっ……」

「しかし、あれだな、随分と思い切ったことをしたな」

「イグニースも重い砂に脚を取られて結構消耗していたから……アラクレノブシの粘り強さに懸けようと思って……」

「って、あれは咄嗟の判断かよ?」

「まあ、そうなるね……」

「はははっ!」

 嵐一は炎仁と肩を組んでグイッと引き寄せる。

「どわっ⁉ な、なんだよ嵐一さん?」

「嵐一でいいぜ、同期だからな……この借りはいつか返すぜ、炎仁」

「あ、ああ……」

「Cクラス……思った以上に面白いかもしれんな」

 スタンドでレースを見つめていた鬼ヶ島が笑みを浮かべながら呟く。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

「美少女157人も召喚できるだと!?」社畜の俺、尖ったトラウマを全部『まあるく』収めて大賢者になる。── やっぱりせかいはまあるいほうがいい

あとりえむ
ファンタジー
『ヒロイン全員 挿絵付き』の異世界セラピーファンタジー。あなたの推しのヒロインは誰ですか? 「やはり、世界は丸いほうがいい……」 過労死した元データアナリスト参 一肆(まいる かずし)が女神様から授かったのは、アホみたいな数式から導き出された究極のハーレム召喚だった。 157人のヒロインたちに埋もれて、尖った世界を『まあるく』浄化しくしていく…… Dカップの村娘からIカップの竜の姫君まで、あらゆる属性のヒロイン達と一緒に、襲い来る「社畜のトラウマ」に立ち向かう。 全人類の半分の夢が詰め込まれた、極上のスキンシップの冒険譚が今開幕する!

ダンジョン嫌いの元英雄は裏方仕事に徹したい ~うっかりA級攻略者をワンパンしたら、切り抜き動画が世界中に拡散されてしまった件~

厳座励主(ごんざれす)
ファンタジー
「英雄なんて、もう二度とごめんだ」 ダンジョン出現から10年。 攻略が『配信』という娯楽に形を変えた現代。 かつて日本を救った伝説の英雄は、ある事情から表舞台を去り、ダンジョン攻略支援用AI『アリス』の開発に没頭する裏方へと転身していた。 ダンジョンも、配信も、そして英雄と呼ばれることも。 すべてを忌み嫌う彼は、裏方に徹してその生涯を終える……はずだった。 アリスの試験運用中に遭遇した、迷惑系配信者の暴挙。 少女を救うために放った一撃が、あろうことか世界中にライブ配信されてしまう。 その結果―― 「――ダンジョン嫌いニキ、強すぎるだろ!!」 意図せず爆増するファン、殺到するスポンサー。 静寂を望む願いをよそに、世界は彼を再び『英雄』の座へと引きずり戻していく。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

軽トラの荷台にダンジョンができました★車ごと【非破壊オブジェクト化】して移動要塞になったので快適探索者生活を始めたいと思います

こげ丸
ファンタジー
===運べるプライベートダンジョンで自由気ままな快適最強探索者生活!=== ダンジョンが出来て三〇年。平凡なエンジニアとして過ごしていた主人公だが、ある日突然軽トラの荷台にダンジョンゲートが発生したことをきっかけに、遅咲きながら探索者デビューすることを決意する。 でも別に最強なんて目指さない。 それなりに強くなって、それなりに稼げるようになれれば十分と思っていたのだが……。 フィールドボス化した愛犬(パグ)に非破壊オブジェクト化して移動要塞と化した軽トラ。ユニークスキル「ダンジョンアドミニストレーター」を得てダンジョンの管理者となった主人公が「それなり」ですむわけがなかった。 これは、プライベートダンジョンを利用した快適生活を送りつつ、最強探索者へと駆け上がっていく一人と一匹……とその他大勢の配下たちの物語。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

『専属メイド全員が重すぎる愛で迫ってくる!~大学生の僕、11人?の美女に24時間甘やかされ尽くす生活~』

まさき
青春
僕は、ちょっと普通じゃない日常を送ることになった――それは、専属メイドが全員僕のことを溺愛してくれる暮らしだ。 朝は髪を整えてくれるリナ、朝食で笑顔を見せてくれるミユ、どの瞬間も全力で僕を甘やかす。掃除、料理、悩み相談まで、僕のためだけに動くメイドたち。 「ご主人様の笑顔が見たいんです」 その一言で、僕の毎日はちょっとドキドキ、ちょっと幸せ。 全員が僕を独占したいと競い合う日常の中、僕はどうやってこの溺愛地獄(?)を生き抜けばいいのか――!? 甘々、至れり尽くせりの日常ラブコメ、開幕。

処理中です...