上杉山御剣は躊躇しない

阿弥陀乃トンマージ

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第二章

第17話(4) 時空のおっさんずラブ

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「ど、どういうことだ、億葉⁉」

「お、恐らくですが、なんらかの事情で時空のねじれが発生し、時空のおっさんまでも迷子になってしまったのでしょう!」

「な、なんてこった!」

 勇次が愕然とする。

「侵入者は排除する!」

「うわあっ⁉」

 黒い影が迫り、時空のおっさんが悲鳴を上げる。風坂が声を上げる。

「時空のおっさんを守らないと!」

「確かにおっさんになにかあれば、元の世界に戻れる可能性が低くなる恐れがあります!」

 億葉が頷く。勇次が確認する。

「……っていうことは?」

「おっさんを守りつつ、この黒い影を撃退するのです!」

「この暗闇の中でか⁉」

「多少目は慣れてきたころでしょう!」

「風坂さん! ですが、相手は黒い影で……」

「痛え⁉」

 おっさんが叫ぶ。

「おっさん⁉ 無事か⁉」

「な、なんとかな……」

「ちっ、やるしかねえか!」

「こうなったらライトで照らして……」

「待て、億葉! そうなったらこちらの位置も完全にバレてしまう! それは奥の手だ!」

「ほう……意外と冷静な判断力……」

 勇次の言葉に風坂は感心したように呟く。億葉が問う。

「それではどうするのでありますか⁉」

「視覚は制限されている……それ以外の五感を研ぎ澄ますんだ!」

「五感を……分かったであります! 『一億個の発明! その315! ぶっかけ香水!』」

 億葉が暗闇に向かっておもむろに香水をぶちまける。

「⁉」

「嗅覚を活かして……そこです! 『一億個の発明! その468! メガマジックハンド!』」

「!」

 億葉が繰り出したマジックハンドが影を貫き、影が霧消する。勇次が声を上げる。

「よし! 良いぞ!」

「香水をぶっかけるのは発明なのですか?」

 風坂が首を傾げる。

「風坂さん、今は細かいことは気にしないで! 五感を研ぎ澄まして!」

「そうはおっしゃられても……」

「! 音です! 影の動く音は俺たちの足音とは違います!」

「! なるほど……聴覚を活かして……そこです!」

「⁉」

 風坂の鋭い剣撃が影を切り裂き、影は霧消する。勇次が声を上げる。

「さすが! 残りは一体!」

「ぐおっ!」

 おっさんが再び叫ぶ。

「おっさん、大丈夫か⁉」

「な、なんとかな……というか俺を守ってくれるんじゃねえのかよ!」

「おっさん、時空の管理者なんだろう⁉ 五感を研ぎ澄ませないのかよ!」

「無茶を言うな! 俺はただ単に時空の管理を任せられているだけだ!」

「億葉!」

「香水はもうないであります!」

「風坂さん!」

「すみません、先ほど少し集中力を使い過ぎてしまいました……」

「くっ! ここは俺がやるしかないか!」

「……」

 影は警戒しているのか、距離を取った模様である。勇次は舌打ちする。

「ちっ、これでは嗅覚と聴覚も使えないか……それなら!」

「!」

「捕まえたぞ! この手触り、間違いない!」

「ま、間違いだ! 俺だ!」

「おっさん⁉ 何をやっているんだ⁉」

「こっちの台詞だ! どさくさ紛れに変なところ触りやがって!」

 おっさんは若干恥ずかしそうに叫ぶ。

「ご、ごめん! わざとじゃないんだ!」

「旦那さま! おっさんとの誰得ラブコメは良いですから、真面目にやって下さい!」

「や、やっているよ! 触覚が駄目なら……これだ!」

「ひゃあ!」

「この味、舌触り、間違いない!」

「だ、だから間違いだ! 俺だ!」

「お、おっさん⁉ 何をやっているんだ⁉」

「だからこっちの台詞だ! 急に頬を舐めやがって……お前何を考えているんだよ⁉」

 おっさんはわりとドン引きで叫ぶ。

「ご、ごめん! わざとじゃないんだ! 信じてくれ!」

「わざとなら怖すぎるだろう!」

「旦那さま! 度を過ぎたラブコメは……これは⁉」

「心音⁉」

 億葉と風坂が耳を澄ます。暗闇の中から怯えたようなか細い声が聞こえる。

「……な、なんだこの侵入者……おっさんと乳繰り合いを始めた……こちらの理解の範疇を超えている……こんなケースは初めてだ、どう対処すれば良いのだ……」

「影が動揺している! 大きい心音です!」

「あっちの方角です!」

「よし! 喰らえ!」

 勇次が金棒を思い切り振るう。影が霧消する。風坂が呟く。

「……影は消えたようですね」

「……狙い通りだ、上手くいった」

「敢えて突っ込みませんよ……おっさん」

 億葉は勇次を無視しておっさんに声をかける。

「な、なんだ?」

「追手が来る前にここからの脱出方法を教えて下さい」

「あ、ああ、こっちだ」

 おっさんに案内され、勇次たちはホームに戻る。勇次が首を捻る。

「ここから出られるのか?」

「色々方法はあるんだが、最も簡単な方法は駅名板の駅名をなぞることだ……って、ええ⁉」

 おっさんは驚く。億葉は肩をすくめて呟く。

「そう、『きさらぎ駅』ではなく、『もそちも駅』なんですよ、ここ……」

「どこだここ? 本当に知らないぞ?」

「おっさんも知らないんじゃ本格的にお手上げだな……」

 勇次が腕を組む。

「やはりこれで脱出ですかね」

 風坂が鏡を取り出す。億葉が頷く。

「危険もありますが、それしかないようですね……」

「ちょっと待ってくれ! 俺らはそれで脱出出来るとしても、おっさんはどうするんだ⁉ おっさんを置いていくなんて俺には出来ない!」

「兄ちゃん……」

 おっさんが潤んだ瞳で勇次を見つめる。風坂が困惑気味に呟く。

「随分とまた妙なご友情を育まれましたね……」

「時空のおっさんをやって長いが、こんなに誰かに優しくされたのは初めてだよ……」

 遂におっさんは泣き出してしまった。億葉は冷ややかに呟く。

「むしろセクハラされていたように思いますが……」

「あ~泣くなよ、おっさん。ほら鼻水拭いて、俺の鏡貸してやるから……ん⁉」

「どうかしましたか、旦那さま?」

「分かった、鏡文字だ!」

「え?」

「鏡にこの『もそちも』を映すと……ほら!」

「! 汚れの部分も含めれば、『きさらぎ』と読め……なくもない!」

 億葉が目を見張る。風坂が頷く。

「なるほど、では鏡に映ったように文字列をなぞれば……!」

「ああ、戻れるぞ!」

 おっさんが喜び勇んで文字をなぞると姿が消える。勇次たちもそれに続く。

「……ここは?」

「ようこそ、ここが本来の『きさらぎ駅』だ」

 おっさんが両手を広げて勇次たちを迎える。億葉が苦笑する。

「振り出しに戻ったような気がします……」

「お前らには助けられた。さっきと同様の方法でお前らの世界には戻れるぞ」

「……良いのですか? 迷い込んだ罰的なものを与えなくて?」

 億葉が尋ねる。おっさんは笑いながら首を振る。

「それぞれのおっさんのローカルルールなどがあるにはあるが、基本は元の世界にちゃんと返すようにと上から厳命されている。罰なんか与えねえよ」

「……上とは?」

「特に名前とかはねえな……強いて言うなら『時空のおっさん協同組合』かな」

「はあ……とにかく、『きさらぎ駅』は人の脅威ではないと考えて大丈夫なんですね?」

「ああ、俺みたいのが派遣されるようになったから今後は大丈夫なはずだよ」

「赤目さん、いかが致しますか?」

「……少し不安も残りますが、今日のところはこれで引き上げるとしましょう」

「また会おうぜ、兄ちゃん!」

「はは……お元気で」

 勇次たちは先ほどと同じ方法で元の世界に戻った。

「⁉ 最初の駅に戻った……旦那さま? 何をしているのですか?」

 風坂にがっしりと抱きしめられている勇次は慌てて釈明する。

「こ、転びそうになったときに、風坂さんが受け止めてくれたんだ!」

「クレバーさだけでなく、時空のおっさんをも愛する博愛ぶり……感銘を受けました」

 風坂の言葉を聞き流して、億葉が淡々と呟く。

「おっさんだけに飽き足らず、他隊の隊員にもセクハラ行為とは……放置出来ませんね」

 億葉の眼鏡がギラっと光る。
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