上杉山御剣は躊躇しない

阿弥陀乃トンマージ

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第二章

第19話(2) 船上での遭遇

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「……わざわざフェリーで行かなくても良いんじゃないか?」

 甲板で海をのんびりと眺めながら、勇次が呟く。隣で愛が答える。

「半分私用のようなものだから、転移鏡を使うのもね」

「そういうものか。しかし、到着まで2時間半とは……」

「船ダメなの?」

「いいや」

「それならいいじゃない。~♪」

 愛が気持ち良さそうにハミングを歌う。

「……なんだかご機嫌だな、愛」

「え、そ、そうかしら?」

「そうだよ、ハミングなんか歌っちゃって……」

「旅行なんて久しぶりなんですもの。そりゃあ嬉しいわよ」

「佐渡は初めてだからか?」

「小学校の修学旅行で行ったじゃない。って、それでテンション上がっているんじゃないわ」

「じゃあなんでだ?」

「なんでって……分からない?」

「ああ」

「はあ……」

 愛は露骨にため息をつく。

「なんだよ?」

「なんでもないわよ。予定は決めたの?」

「まだ迷っているんだよな。海かそれとも山か……」

「季節はもう夏だからね」

「たらい舟に揺られるか……」

「わりとベタな所ね……」

「佐渡金山で一攫千金を狙うか……」

「今は採掘出来ないわよ……」

「ワンチャン、ゴールドラッシュが……」

「だから無いわよ」

 愛が呆れながら突っ込む。

「無いのか……」

「なんで本気でがっかりしているのよ……⁉」

「⁉ レーダーが反応している⁉」

「妖が⁉ こんな所で⁉」

 愛が周囲を見回すと、海の中から何者かが飛び出す。

「⁉」

「狭世に対して戸惑いが少ないとは……妖絶士か!」

「え、海老の妖⁉」

 勇次が驚く。人体に海老の顔をした妖がフェリーの甲板に着地する。

「フェリーに乗っていやがるとは……まあいい、片付けてやる!」

「なっ⁉」

「喰らえ!」

「ぐおっ!」

 海老の妖は甲板で跳ねて勇次との距離を一気に詰めて、尾を鞭のようにしならせて弾く。尾は勇次の腹部を襲い、勇次は後方に勢いよく吹っ飛ばされる。

「ふん、他愛もねえ……」

「くっ!」

 愛が構える。海老の妖がすぐに反応する。

「術を使うタイプか? 使わせねえよ!」

「きゃ⁉ 仁藤正人……お貸し給へ!」

 海老の妖が右手を掲げると、大量の海水が甲板にどっと流れ込み、愛が押し流されそうになるが仁藤の式神に体を支えさせてどうにかこらえる。海老の妖が舌打ちする。

「ちっ、思った以上に妙な術だな! まずはそいつを潰す!」

「……!」

 海老の妖の尾を喰らい、仁藤の式神はあっさりと消失する。愛が嘆く。

「耐水性の紙を用いたけど、これくらいの海水ならあっという間に濡れて力が落ちる! 海上の戦いではやっぱり厳しい!」

「何をごちゃごちゃ言っている!」

「!」

 海老の妖が愛に向かって尾を振りかざす。

「喰らえ!」

「ふん!」

「ゆ、勇次君⁉」

 勇次が金棒で海老の妖の尾を防ぐ。

「て、てめえ⁉ 俺の一撃を喰らって立ち上がるのか⁉」

「全然……効いてねえよ!」

「うおっ⁉」

 勇次が海老の妖を押し返す。海老の妖が体勢を崩したところに追い打ちをかける。

「もらった!」

「調子に乗るな!」

「むっ⁉」

 海老の妖が両手をかざすと、さっきよりも大量の海水が甲板に流れ込む。

「はっ、それくらいの水でも人間は立っていられねえだろう! ……何⁉」

 海老の妖が自分の目を疑う。海水に流されず、勇次がその場に踏みとどまっていたからである。さらにその体全体を包むように赤い気が充満し、頭部に角が生えていることにも驚く。

「……」

「ほ、ほんのりと赤い⁉」

「海老に言われたくねえ!」

「がはっ!」

 勇次が金棒を横に薙ぐと、海老の妖の胴体が二つに分かれ、霧消する。勇次が乱れた呼吸を整えながら呟く。

「はあ……はあ……やったか」

「ま、まさか、いきなり妖と遭遇するなんてついてないわ……」

「まあ、こんなことはそんなに無いだろう」

「続けざまにあったら困るわ。せめて早く陸地に着きたいわね」

「もうすぐ着くんじゃねえか? むっ⁉」

「うおりゃ!」

 勇次にやや小柄な体格の女の子が飛びかかってくる。勇次は金棒でなんとか防ぐ。

「な、なんだ⁉ 新手の妖か⁉」

「妖はおめえだろう!」

 甲板に着地した女の子が叫ぶ。女の子はショートボブの黒髪をアシンメトリーにまとめ、右目を隠すように前髪を垂らしている。

「お、俺は妖じゃねえ!」

「嘘つけ! どこの世界に角を生やしたほんのり赤い人間がいる⁉」

「こ、このほんのりさには訳があって……」

「まず、角を釈明しなさいよ!」

 愛が思わず突っ込みを入れる。黒髪の女の子が勇次に向かって鋭い攻撃を繰り出す。

「おらあ!」

「ま、待て!」

「待たん!」

「と、止めないと! はっ⁉」

 形代を取り出そうとした愛の腕に糸が絡み動かなくなる。

「見た所、普通の人間のお姉さんの様ですが……擬態している可能性もありますからね」

「ふ、双子……⁉」

 愛は驚く。自分の腕を絡め取った女の子が勇次に襲いかかった黒髪の女の子と同じ顔と髪型をしていたからである。ただし、こちらの髪の色は白で、左目を隠している。

「根絶させて頂きます……」

 白い髪の女の子が物騒なことを呟く。
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