会社を辞めたい人へ贈る話

大野晴

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9.洗脳

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 2019年4月。入社5年目。
 僕の転職活動は薄れていきました。

 理由は2つあります。
 ひとつは前話の通り、自分が社会的に見て使える人材では無いと言うことが分かったから。あとは自分に魅力が無かったのでしょう、誰も拾ってくれる様な事はありませんでした。面接を通して、それはひしひしと伝わりました。

 社内ではうまくやっているつもりの僕ですが、採用する側はそんな事知りません。

 もうひとつは、人生の道のりを考えたときに転職が正しい判断なのか、分からないからです。その時は分かりませんでした。

 会社を辞めたい人には、きっと理由があります。

 その逃道のような転職が果たして正解なのか。それは僕が後々わかる事ですが、この時は判断に迷っていました。

 何故ならば、付き合っていた彼女との結婚を考え出したからです。

 愛だけで生きていく事は出来ません。世の中は金が必要なんです。その為には働くしかありません。24時間働いて、身を粉にして働くしかありません。男が稼いで家庭を支える。僕は父や会社の人間、そしてこれまでの世間の価値観に染められていました。

 じゃあ、責任持って家庭を持ったとして、転職した会社がハズレだったら・・・?

 会社のうわべはホームページを見れば分かります。でも、深い中は入社しなきゃ分かりません。入社して、失敗しても簡単に元の会社には戻れません。
 じゃあ、辛くてもある程度今の状況が分かる会社にいた方が良いのでは?そんな気がしていました。

 会社では年功序列を気にし、精神をすり減らし、協力会社へは安い金で働かせ、心を痛め、キャパオーバーの仕事が積み重なる。考えれば良い環境ではありません。

 でも、5年目ともなると会社に洗脳されていたのです。

 そんな2019年9月。


「あれ・・・?田口は?」
 朝礼後、適当課長は僕の課の人員がいないことに気付きました。
 田口さんは僕の先輩にあたる人で、課長一歩手前の係長の役職に就いている人です。田口さんも適当課長の無理矢理の体勢で仕事をやらされているメンバーのひとりです。それでいて、僕よりもノルマがあり、大きな規模の仕事を任されていました。

「電話してみますか?」
 僕は田口さんの携帯を呼び出します。

・・・ぶぶぶ・・・ぶぶぶ。

 田口さんの机の中に携帯が入っていました。

・・・田口さんはバックれたのです。
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