会社を辞めたい人へ贈る話

大野晴

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10.責任感の無い仕事

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「適当課長!田口さんの奥さんから電話が・・・」
 個人がスマホを持つ時代、親族が会社に電話をかけてくる事は珍しい事で、当時社内が凍りついたことを思い出しました。

 電話を終えた適当課長は、課員の我々ではなく、部長にひそひそ話の様に報告に行きます。

 後々分かったことですが、田口さんは会社と家族を置いて、失踪しました。死んだわけではありません。1週間後、自宅に帰ってきたからです。

 適当課長の上の昭和部長が今度は威厳支社長に報告へ向かいます。僕たちが田口さんの事を知れたのはその日の夕方でした。

 9月。

 田口さんは9月末納期の必須システム案件を3つ残して失踪しました。

 僕には、田口さんは出来るサラリーマンという姿に見えていました。人当たりも良く、家庭も持ち、しっかりしていた印象です。
 失踪する日も、田口さんは普通通りだったと思います。

 ただ、こんなにも追い詰められたなんて、知りませんでした。


「苦しかったら、言ってくれれば良かったのに・・・」


 仕様書も読まない適当課長が言います。


「俺はよく会話してたけど、そんな兆候なかったぞ」


 数字が行かなければ怒鳴り散らす昭和部長が言います。


「これは一大事」


 何もかもを大して知らない威厳支社長が他人事の様に言いました。



 彼らは皆、自分の責任から、本当の意味の管理職の責任から逃れようとしていました。



 そして宙に浮いた9月末納期の仕事が、僕に降り掛かってくるわけです。何故ならば課内で田口さんと同じ仕事を出来るのは僕しかいなかったからです。上司たちはシステムの事なんて分かりません。両手でツンツンとしながらキーボードを打ってるような連中です。


「俺が顔になってサポートします」
 適当課長が僕に仕事を振り分けながら、昭和部長にカッコいい顔をしていました。


 僕は田口さんの安否も気になりましたが、案件を完遂させることに注力しました。
 公共の仕事といつのは、とにかく納期順守です。納期が守れなかった場合、最悪は罰則を受けます。まずは顧客の担当の元へ、訳もわからぬ状態のまま、状況を説明し、説明され、現状をまとめて、案件の完遂に向けて奔走しました。

 適当課長はついてくるだけで、結局何の意味もありませんでした。

 まずは仕事を完遂しなければならない。プレッシャーはあったけれど、何故か責任感はありませんでした。
 きっと自分が犯したミスではないからです。誰かの代わりに謝る事に何も感じる事はありませんでした。

 なんとか納期を合わせる為に特別な輸送方法を使ったり、普段は頼まない様な会社に技術者を派遣してもらったり、とにかく案件をこなす為に頑張りました。

 元々利益が少ないそれらの案件は、なんとか乗り越える事が出来ましたが、赤字になりました。当たり前の結果です。

 そして何よりヤバいのは

 上司たちが部下の失踪から、何も学ばなかったということです。

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