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ファースト・ミッション

08 装備品

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 枝角若草の悩みは尽きない。会社の社長であるが故に、会社の成長を考えなければならない。さらには曲者の鹿美華家の事も考えなければならない。

 シルクハットにステッキ。英国紳士風の出立いでたちの彼を悩ませるのはあの凶悪な父、鹿美華琥太郎ではない。
 
(お嬢様のワガママには毎度悩まされる・・・)

 その娘の小姫だ。


 やらなくても良い事を推し進めるというのは、非常に力を使うものである。
 小姫のお願いは出来る限り叶えてあげたいが、今回はそれが難しい。

 難しいが、叶えてあげるしかない。血縁は無いが、小姫は身寄りのない彼にとって、可愛い孫なのだ。

 今日は自身が代表取締役を務めるS3の役員会議。安っぽい貸し会議室に数名が集まる。

「予定の確認です。次の大型の警備はH市にて行われるH銀行の合併吸収に伴う式典ですが・・・」

 その場にいた司会役の部下が今後のスケジュールを確認している。警護の任務の予定を再確認していた。
 今月は大きな警護任務を控えている。
 企業の合併発表の記念式典である。この式典は鹿美華家の人間をはじめとした、大勢の人間が出席する催し物だった。

(・・・全く参ったものだ)
 部下のスケジュールの確認中、会話を遮るように、若草は意見する。

「私から良いかな?」
 その突然のカットインに部下達が静まり、若草の言葉を待つ。

「その式典は北海道だろう?・・・どうだ、研修生も参加させてみようと思うのだが」

 突然の提案に部下達は戸惑う。前例のない話だ。研修生を現場に参加させ、早いうちから経験を積ませるという提案。

「若草ボス。どうして急に・・・」
 皆は若草ボスと呼んでいる。部下たちは疑問に思い、ざわつく。若手に経験を積ませる事はもちろん素晴らしい事ではあるが、式典は来週に迫っていた。あまりにも急な提案である。
 今は計画の確認をしている段階であり、計画そのものを考える時期ではない。

「経験は早いうちに積ませるべきだな、と思ってね・・・」
 若草もまずは部下を説得しなければならない。

 この急な提案の理由はただひとつ。
 経験を積ませると言う名目ではない。

 小姫と律を会わせる為である。

「プロ1名と研修生2名の3人1組の構成で、各所警護に当たらせるつもりだ。無論、難しい事を研修生にさせるつもりはない。見学のようなものだ」

 警備の計画をやり直す必要があるので部下達は困惑していた。

「マジで決定ですかボス・・・」
「頼むよ」
 小姫のワガママに振り回されているのは若草だが、本当の意味で振り回されているのは警備配置を計画していた社員だった。




「・・・という訳で、前例が無いのだが君たちは現場に駆り出されます」
 研修センター。ガンマン清が急きょ研修生を呼び出し、説明をする。
「現場?」
「うん。鹿美華ファンドとH銀行の合併が決まって、その式典をやるんだ。色んな人が集まって、その警護をする。そこに君達研修生も出る事になった。3日後ね」

「急展開だの」と優花里がコメントし、コミネもそれに同意した。
 突如、3日後に現場に駆り出される。現場に出る不安というよりも、その組織体制に不安を持つ者が大半だ。律は疲れた身体を癒すために話半分で寝ている。

「そういう訳で早いのだが、装備品を貸与する。武道館に集まれ」

(そ、装備品!?)
 パチリと開く律の眼。





 2階の武道館に集まる。そこにはメンバー6人分の箱が置いてあった。装備品の入った箱だ。

 その箱にはReh-techと書かれた企業名がプリントされていた。これは鹿美華財閥グループの海外企業名だ。
Rehリー-techテックって読むんだの」優花里が律に説明をする。
「へぇ」
「鹿美華の人はこの会社の機械を使う事が多いみたいだの」
 そんな優花里の説明よりも、目の前の箱を開けたくて仕方のない律。

「じゃ、とりあえず開けてみて」
 ガンマン清の指示通り、箱を開封するメンバー。律は新品のゲーム機を開けるような、そんなワクワク感を持ちながら箱を開いた。

(防弾チョッキに・・・ピストルとか!?)
 幼稚な17歳の律はゲームや漫画の世界の装備品を思い浮かべていた。そして落胆する。

「ダイバーにでもなるのか?」優花里がそれを広げて言う。
 ひとつめはウェットスーツのような防護服。
 特殊な素材で出来ており、刃物による切りつけは防ぐ事が出来る。但し銃弾や刃を力強く突き刺されては破れる可能性があるものだ。完璧ではないが、装着時の軽さを重視した防御力で造られていた。

「いいか?任務の時はこれを中に着る事。防御力はすこ~しだけ上がる。でも、銃弾は防げないからな」

 次に出てきたのは、無線イヤホン型通信機。

 箸置きの様なサイズの長方形のもので、耳にかけて使用する。その先端には小型カメラが組み込まれていた。
 特殊な通信規格によって、会話は傍受されない仕組みとなっている。律達の貸与されている独自規格のスマホとペアで使用する。

「次で最後だな」とガンマン清がウキウキしながら最後の品を取り出す。

(銃とか・・・?)
 武器を期待する律。

 出てきたのは太めのベルト。

「べ、ベルト?」律は呆気に取られた。

「ベルトを装着して、リーフォンを腰につけてみろ。くっつくぞ」と説明する清。
 各々がリーフォンを取り出す。

 リーフォンとは律がツノじいに貸与されたものである。

 Reh-phone。

 鹿美華の人間が使用する独自規格のデバイスである。律はこれの使い方をまだ詳しく知らない。

「ま、ここで着替えるのもアレだ、各自部屋で着替えてからまた来い」



 優花里の着替えの後、律は自室でその装備を試してみる。
 まずはウェットスーツの様な防護服。これは言わばインナーで、律はそこからいつも通りの服を上に着る。若干の違和感はあるが、着心地はいい。
 律は何となくファイテングポーズを取る。
 そして、右耳にイヤホンをつける。なんとなくエージェントっとぽくなってきたぞ、と律は乗り気だ。
 ベルトを巻き、バックルで固定する。そして律はリーフォンを装着する。警察が拳銃を携帯してる位置と同じだ。強めの磁石の力でミゾに綺麗にハマる。

ー〝ようこそS3防衛システムへ〟ー

 とだけ律の耳に音声が入ったかと思いきや、入電音が鳴り、通話が開始される。

ー〝コミネ より 入電 頷いて 応答〟ー

 律は頷いた。この小型イヤホンはジェスチャーを通して様々な操作が可能だった。

『おい、遅えよ早く来い』
 声の主はコミネだった。律は返事をする。
『今着替え終わったところだよ!』

 そしてすぐに武道館へ向かう。
 集まったメンバーが皆等しくイヤホンをし、腰にリーフォンを装着していた。

「じゃ、集まったから、とりあえず使い方を教えるぞ」
「清さん。ところで、俺たちには武器とかねーんすか?」コミネがガンマン清の会話を遮った。

「鹿美華のボディガードは、基本的に武器は持たない」その言葉にコミネをはじめとしたメンバーは落胆している。





 大きなダムによってその財政が潤う町。
 
 しかしその場所はただ不便さだけが募り、人口は減る一方である。老人だらけの限界集落・・・田舎の土地の主人あるじを失った廃屋に、数名の人間が集まっている。

 そこにいる殆どが、幼稚な表現を使えば〝裏組織〟と呼ばれる集団の人間だ。彼らはその世界の中でも末端の存在で、カックロウチなどと名前が付けられている。

「H銀行の式典の件、頼みましたよ」

 その集団は輪になってをタバコを吸って座っている。伝令役の男がその輪の前に立つ。
 案件の確認に来たのだ。手にはスーツケース。これには幾ばくかの札束が入っている。その集団の長が手を差し出す。それを渡せ、という意味だ。
 伝令役は素直にそれを差し出した。
 男は直ぐにそれを開ける。中に敷き詰められた札束。パラパラパラ・・・とそのリッチな風圧を頬に感じる男。

「はいよォ。俺たちは現金先払いさえしてくれりゃあ、頑張るぜ」

 そう言っているのは、池波いけなみと言う男である。全国に身を潜めるカックロウチの組織の上部に存在する男だ。今回の作戦の指揮を取る。

 伝令役の男がその場を去ると、ゆるんだ顔は引き締まる。池波は資料を確認した。

 目的は明確だ。
 記念式典に現れる鹿美華琥太郎を撃つ事。

 依頼の目的は琥太郎の殺害である。誰がそれを仕向けているのか、その情報は彼にまで届く事はない。知る必要がないのだ。それでも池波にはおおよその見当がついている。

「こりゃあ大金だ。生きて帰ろうぜみんな」
 
 池波は知っている。この任務は間違いなく、失敗すると。他のメンバーは鹿美華琥太郎を知らない。呑気に武器の手入れを始めている。





「どうやらワタシとアンタは同じチームみたいだの」
 就寝時間。二段ベッドの上から優花里の声が聞こえる。律も警護に関する情報をリーフォンで確認していた。
「俺たちはホテルの非常階段に配備かぁ」
 律は何故かがっかりする。
 誰かを守ると言うよりは警備員みたいな立ち位置だ。
「ま、ワタシたちのレベルじゃ、会場に入ることすら許されないって事だの」
 優花里はそう言いつつも同じく落胆していた。

「いよいよ、明日か。初任務」

「緊張してるの?」
「当たり前だろ」
「どーせ何も起こらないってオチだの」
「そうかなぁ?」
 律は優花里と違って、小姫が拐われた事件を目撃し、体験している。容赦ない悪人達が暴れ回るその姿を見ている。

 不安をかき消すために、とにかく律はその情報を頭に叩き込んだ。

件名 鹿美華ファンド及びH銀行吸収合併記念式典
日時 20XX年 11月 4日 18時30~
場所 ホテル極寒(H市)
参列者 52名(報道陣を除く)
警護者 46名
目的 鹿美華家・鹿美華ファンド・H銀行の要人の警護 及び 現場警備
武器 所持を認める(許可されている者のみ)
報酬 特別の功績を挙げた者に賞与を与える
保険 死亡保険適用

「死亡保険適用・・・」律は概要欄に記されたその言葉を思わず口に出してしまった。
「死ぬかもって事かの」優花里が笑いながら言う。
「死ぬ、かぁ」
「律は自分が死んだら困る人はいるの?」

 何故優花里がそのような質問をしてきたのかはさておき、律は頭の中でそれを思い浮かべてみる。

(お母さん・・・お父さん・・・リコも悲しむだろうか・・・あと・・・)

 あの華奢な身体が彼の脳内を支配していた。それを掻き消すように頭を振る。

「優花里は?」

「いない。全て捨ててきたから」

 寂しそうな声が部屋に響いた。そうなんだ、としか言えない律。そこで部屋は静まり返り、2人は眠りについた。


 朝日が登る。


 初任務の日がやってくる。

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