ボディガード -触れられないお姫様-

大野晴

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ファースト・ミッション

11 傷つけたくないだろう?

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◆[18:59 ホテル極寒1階 ロータリー]

 非常階段をゆっくりと降りる。小姫を抱っこしながら、律は3階から1階へと降りた。最後の1段を降りる。階段を降り切って安堵する一同。

 鹿美華亜弥と小姫、小姫を抱き抱える律。その周りを囲うように6名のボディガードがおり、その円を先導するように尾美神、後ろには優花里がいる。

 そのままの体制で出口へ向かう。ホテルのロータリーには、律がいつしか見た黒光りの車があった。運転手はあの日と同じく頼り甲斐のなさそうな顔をしている。

 こちらの存在に気が付いた運転手が後部座席のドアをバカっ、っと開けた。ホテルの入り口から、ロータリーの車へと陣形を崩さずに移動を始める。

「待てっ!」

 その時。法定速度など無視し、ありえないスピードでワンボックスカーが突っ込んできた。それが黒光の車に追突する。鼓膜に響く衝突音が聞こえるが、ワンボックスカーの方が凹み、黒光の車は少し前に押し出される程度だった。

「敵襲ッ!」若草が声を張り上げる。

 その瞬間、車内から池波を始めとした集団が5名現れた。全員雑な作業着を着ている。瞬く間に散らばり、走り出す。そして律達の集団に向かって走り出す。

(や、やべえ・・・のか?)

 律の泳いだ目に対し、ターゲットとして絞られた鹿美華側の人間は、微動だにしない。
 池波達、敵側の4名は考えなしにこちらへ走って向かってくる。

 一人目。先頭に立っていた巨木、尾美神はその身長と長い腕を利用して、その握り拳を向かってきた男に向けて振り下す。律はその時、ごきっ、という生々しい音を聞いた。骨が折れる音。そして脳震盪を起こし、倒れる。その秒数は10秒にも満たない。

 二人目。ナイフを持って飛び掛かる相手に対し、全く動じないボディガード。自身の身体を巻き起こし、回転の力を使って、腕二つで相手の身体を吹き飛ばす。相手も倒れた瞬間、綺麗に身を翻し、体制を立て直した。その瞬間、強烈な蹴りが鳩尾を突き抜く。そしてすぐにその腕を折り曲げた。

(嘘だろ・・・)

 律と優花里がその姿に圧巻されている間に、他の2人も倒れ、制圧されていた。一瞬の出来事。小姫は見慣れていた。あっという間に倒れる4人の男。そしてボディガード達は元の陣形に戻る。

 微動だにしないボディガード。
 倒れたまま動く気配が全くない敵。


 ただ、ひとり残っている男がいた。
 この襲撃作戦のリーダー、池波である。



◇[19:03 ホテル極寒 入り口付近]



 池波は計画の失敗を確信してしまった。

 主な理由はふたつある。そもそも予定通り事が運ばなかった事。それによって警戒心が高まっていた。
 ふたつめは、鹿美華のボディガードが想像よりも強かった事。分かっていた以上に、強い。捨て駒程度で考えていた4名の部下は即座に制圧された。

(これじゃあ鹿美華琥太郎以前の問題だ・・・)

 倒れゆく仲間の不甲斐なさを見ながら思う。
  それでも、任務の為に身体を動かす。目の前のボディガードは手強い。鹿美華琥太郎の暗殺など、夢のまた夢だった、そう思う池波。そもそも、彼の姿は見当たらない。

 しかし、幸運な事もある。
 それに可能性を見出す。

(あれは鹿美華の娘・・・)
 
 鹿美華琥太郎の娘、小姫がいる。気弱そうな少年に抱えられており、なんとかタイミングを窺えば、その一瞬の隙をつけば、人質として利用できる。そう考えた。

 その一瞬の隙を見つけるのが難しい。何故なら彼らは微動だにせず、警護対象の娘と妻を囲っているのだ。6名に囲われ、更に巨体の男がその手前にいる。全員で池波に向かえば一瞬で制圧されるはずなのに、彼らは動かない。
 何故ならば、鹿美華のボディガード達は相手の数を把握していない。一瞬でも陣形を見出し、警護対象が手薄になる事を嫌うのだ。

 池波はバックステップで距離を取る。ボディガード達は一定のラインを超えると戦闘に参加して来ない。なんというシステマティックな体勢だ。池波は感心しながら、ズボンの尻ポケットからそれを出す。

 それはおぞましい武器。細めの懐中電灯ほどのサイズの黒い筒。中心を軸にブーメランの様に回転しながら投げる事で作動し、爆発する爆弾。3本あるうちの手始めの1本。それを揺さぶりの為に投げる。斜め上へ。ホテルの2階付近に回転しながら飛んでいく。

 爆発は律達の真上で起きた。

 威力はそれほどないが、大きな音を立て、爆風で2階のガラスが割れる。

「お守りしろ!」尾美神が叫ぶ。
 2階の高さからのガラス片は殺傷能力を持たないが〝隙〟を作るには充分だった。隙は爆発した瞬間に出来たのではない。爆破弾を投げていた、その瞬間、不意に皆が上を向いた瞬間に生まれていた。


◆[19:05]


 小さな爆風が襲い、その後、パラパラとガラスが落ちてくる。
 律は身体を低くし、庇う様に子姫を守る。視線が狭くなってしまった。
「えっ?」
 その時、強い力が小姫を奪おうとする。律は咄嗟に反応した。この手を離してはならない。
 小姫が叫ぶ。
「痛い!」
 池波が小姫の足を掴んでいる。強い力で池波が小姫を奪おうとし、律も小姫を離さまいと力を込めて抱き締めている。

「あああああ!」こういう時、かっこいい台詞が出るものだと思っていたが、律は叫ぶしか出来なかった。
 怒りの感情を込めて叫んだ。6人のボディガードの隙に入り込み、池波は右手で小姫の左足を引っ張り、律から引き離そうとしている。

 池波は左手からナイフを取り出し、小姫に向けている。

「動くな!」
 そこで、時間が止まる。

 こう着状態。誰も動けない。けれども律は手を離さない。池波も手を離さない。その間、小姫はじわじわと肌が焼けていく感覚に見舞われた。池波に触れられている手が、痛い。

「傷つけたくないだろう?」
 池波が喋り出す。小姫のドレスから顕になっているその綺麗な脚にナイフを当てている身隣。

「貴様、逃げられるとでも・・・」
 尾美神は怒る。冷静さを保ちつつ、敵の卑怯な行為を看過出来ない。
「逃げられる。人質をとったからな」
 池波は本当の所、何も考えていなかった。ただ、隙を見つけ、小姫に刃を突きつける、これによって他者の動きを封じる。ここから先は考えていない。これを人質にして琥太郎の命を奪う事など想像がつかない。そもそもボディガード達に囲まれている。それすら突破出来るのか分からない。

「私と代わりなさい無法者!」
 母の亜弥が震えながら池波に語りかける。
「黙れ」

 律は考える。

 この状況。まずは絶対にこの手を離してはならない。小姫を完全に奪われてはならない。小姫を手荒く扱ったりしたくない。それでも目の前の敵に力負けして彼女を奪われたくない。ただ、小姫は触れられている間も痛みを感じている。
 何より、ナイフを突きつけられている恐怖。それが一番嫌なはずだ。

(どうしたらいいんだ・・・)

 そう考えていると、律の頭の上に、ふわりと何かが落ちた。


「見ものだなこりゃあ」


 破れた2階の窓ガラスから、タバコを吸った鹿美華琥太郎が事態を見下ろしている。律の頭の上に落ちたのはタバコの灰だった。右手にタバコ、そして左手に小型の銃。

 池波を含めた全員が、その威圧感に琥太郎の顔を見る。両者共に隙が生まれる事など気にせずに、上を見上げていた。

「俺の銃がお前を撃つ」琥太郎は銃口を池波に向けた。
「射撃には自信がある。お前の腕の速さより、銃弾の速さが勝る。お前は終わりだ」
 鹿美華琥太郎はニヤケながら猶予を楽しんでいた。見下ろすその現場は全く動かない。

 池波は暗殺のターゲットの思わぬ登場に動揺している。その間、実は余地があったにも関わらず、鹿美華のボディガードは動けずにいた。見下されたメンバーは皆等しく、鹿美華琥太郎の残虐な圧に押されているのだ。

「おい、若草」
 上から枝角若草を呼ぶ鹿美華琥太郎。
「どうしました、琥太郎様」

「お前は研修生の派遣を企てていたな。見せてみろ。そこにいる2人が、どのようにこの状況を打破するのかを」
 琥太郎はアゴで律と優花里をさした。

 その時池波は自分の死を覚悟した。

 鹿美華琥太郎は舐めている。この異常な局面でも、遊びを設けているのだ。枝角若草は鹿美華琥太郎のその言葉に、天運に任せるしかなかった。ただでさえこの状況、頭に血を登らせている琥太郎に意見する事など出来ない。

 とはいえ枝角若草には自信があった。
 2人なら上手くやれる。研修生とは言えども、一流のプロ、青三清に教わり、鍛錬を受けている。

 尾美神哲二は自分の力不足を感じていた。
 いつ何時、非常事態が起きるか分からない。その時にどう動くべきか、律と優花里に教えるべきだった、と。他のボディガード達は自分たちの失態のことを考えていた。

 鹿美華亜弥は、夫が余興じみた事を始めたことに怒りを覚え、事態の早期収束を願った。

 爽奏律と小早川優花里は策を練っていた。

(アンタならこうする)とボディガード達の囲いの外の優花里。
(優花里ならこう動く)とその囲いの中の律。

 互いに顔を合わせるでもなく、ただなんとなく、その合点がいった瞬間、2人は動き出す。

 鹿美華小姫は律を信じた。
 自分を助けてくれると。

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