12 / 42
ファースト・ミッション
12 他力本願
しおりを挟む◆
数週間前。
「全くもってシンプルな事を教えてやる」
鹿美華シークレットサービス研修センター。座学室。ガンマン清がカウボーイハットを被って授業をしている。座学は寝ている律も、その時のことは覚えていた。
「お前ら。手が使えない時、どうする?」
「はい、先生」
そう言ってコミネは手を挙げずに足を上げる。
「手が使えないなら、足だろうよ」
元プロサッカー選手の満点の回答だ。
「そんで、足はどう使う?」
「そりゃあボレーシュートみたいな蹴りで・・・」
「そんなんじゃ、倒せないよ」
ガンマン清はそう言って、右膝を畳んで伸ばすように地面を叩いた。ドンっ、という音が鳴る。
「単純な事だ。かかと。踵で踏む。それが一番。踏む場所は相手の足の甲なら尚更良い。無論、そういうのを防ぐ靴を履いている奴もいるが・・・意外と効く」
「踵か」
「へぇ~」
手を支えなければ、踵で踏む。
◆[19:08 ホテル極寒ロータリー]
鹿美華琥太郎の言葉に皆が上を向いていた時、律は右膝を折り曲げ、右足を宙に浮かせていた。両手は小姫を抱えたまま。律は今、手を使えない。
手が使えない時、それが今。
律と優花里は試されている。鹿美華琥太郎によってボディガード達に出された指示は、このふたりに状況の打開をさせるという事。その他のメンバーは琥太郎の指示でその場で動く事が出来ない。
(律はきっと踏みつける・・・)
優花里は律の手を使えない状況を見て、察する。あの授業の時、律は起きていた。そこまで記憶している。単純なあの男の思考なら、間違いなくそう行動するだろう。確信していた。
(優花里はきっと来てくれる・・・)
律はなんとなく、優花里の性格を思い出した。その場でじっとしてる事なんて無い。指名を受けたなら尚更だ。行動に移すだろう。そのキッカケは自分だ。
同じ部屋で過ごしたふたり。互いが互いの事をなんとなく想った。琥太郎が観察し、ボディガードは動かず、池波も状況の打開を確認しているとき。その静寂を終わらせるように律は叫んだ。
ー〝見極めろ!〟ー
「優花里ッ!」
律は池波の足の甲を力一杯踏みつけた。それはほんの少し、池波の動きを抑える隙を作った。
ー〝二度目は無い!〟ー
ボディガード達の物陰から、優花里が3歩で飛び出してくる。池波は律の踏み付けで一瞬だけ怯み、飛んでくる優花里に気を取られる。
ー〝一生警護〟ー
その瞬間、律は小姫を抱きしめて、引き寄せた。池波からの引き剥がしに成功する。律は再度ホテルの中へ、とにかく走り出した。
優花里は律を追いかけようとする池波の顎に向けて飛び膝蹴りを繰り出す。身体こそ鍛えているが残念ながら性差により同じく鍛え上げている男性には力では勝てない。彼女は力ある相手に対しては、スピードとテクニックで戦うしかないのだ。
彼女のその速さ、正確さの攻撃が、池波の顎に届く。
「舐めやがって・・・」
しかし、威力はない。池波は一瞬だけ怯んだが、直ぐにその両手で優花里の太ももを捉えた。身動きの取れない優花里、次の一手を考えるフリをしている。
池波がナイフで優花里の身体を突き刺そうとした瞬間、ナイフがその手から離れていく。銃声と共に、池波の手の甲に銃弾が撃ち込まれる。2階から琥太郎が撃ち放ったのである。
「終わりだ」
そう。勝負はついていた。優花里は言わば時間稼ぎ。池波が優花里の足を捉えている間も、律は小姫を抱いて逃げている。合わせて亜弥も池波と距離を取った。
警護対象の為に律は走り出し、優花里は時間稼ぎの為に、惜しみなく命を差し出していた。
「3点だな」
そう言って鹿美華琥太郎は池波の肩に向けて、再度正確な銃を放った。
その時池波は、死以上の恐怖を感じていた。
◆[19:10 ホテル極寒 2階]
小姫を抱えてたどり着いたのは、2階。律は息を切らしながらも、敵から彼女の身を守った事に安堵している。
タバコを吸う鹿美華琥太郎がこちらを見ている。そこで安心した小姫は律の元から降り、父の元へと向かった。
「大丈夫か?小姫?」
心配する鹿美華琥太郎は自分の娘に触れることが出来ない。言葉をかけることしか出来ない。
「うん。なんとか」
吸いかけの煙草の火をホテルのカーペットに押し付けて消火する琥太郎。ひと段落ついて、律に話しかける。
「合格とは言えない」と指摘する。
律はどうでも良かった。小姫を守れれば勝ちなのだ。目の前のこの男は余興を楽しんでいたが、それは違う。守れればいい。必死だったのだ。律からすれば、小姫を守れた事、それが合格だ。
「どうしてホテルに戻った?」
小姫を池波から引き剥がした時、律にはいくつかの選択肢があった。
ひとつはそのまま外へ逃げるという事。もうひとつは動く事か分からない車に逃げ込む事。また、敵である池波を制圧するという選択肢もあった。
残りの1つは律が選んだ選択肢、ホテルに逃げるという事。
敵の数を把握していない状況でホテルに逃げ込むというのは賞賛される行為ではない。ただ、どの選択肢を選んでも同じだが、逃げ道を増やせる方が良いはずだ。わざわざ建物の中に逃げるのは悪手だと、琥太郎は指摘した。
「お父さん・・・最強の貴方に、小姫さんを渡せれば、それで助かると思ったから」
律は素直にそう回答する。そもそも彼の中に選択肢などなかった。思いもよらぬおだてに鹿美華琥太郎は笑う。
「他力本願だな」
「それでもいいんです。小姫さんを守れたので・・・」
「爽奏律」
「は、はい」
「とりあえず、お父さんって呼ぶのやめてもらっていいか?」
◆[20:30 ホテル極寒 1階出口付近]
「現場撤収確認、終わりました」
疲れた身体で、律は持ち場の確認を終えた。2階の窓を破った爆発によりホテル極寒周辺は騒然となっていた。
消防車3台。救急車2台。そして地元新聞記者の車が1台。他は野次馬だ。関係各者がホテル内の撤収作業を終えている。
「こう言った事態を想定し、その時の動きを君たちに伝えておくべきだった。すまない」
尾美神がその大きな身体を折り曲げて謝る。そんな事ないです、と謙遜する律と優花里は少しだけやり切った顔をしていた。
巨木はそのまま、ふたりの元を去る。
解散の運びとなった。律達研修生は迎えの車をロータリーで待っていた。
「お、おい、なんだよあれ・・・」
隣にいたコミネが指をさした。担架で運ばれた男が救急車に乗せられていく。その一瞬の姿を見た。
顔の右半分が、穴だらけになっている。
正確に言えば、焼け焦げた跡だった。顔面の一つ一つに煙草の火を押し付けられ、じりじりと焼かれていたのだ。
鹿美華琥太郎の手によって。
◇[20:30 ホテル極寒 2階]
「あの爆弾男は毒壺に入れておけ」
琥太郎は指示をする。
「はい」
「鹿美華記者団はまだか?」
「もうすぐ参ります」
「若草ァ。どうしてこうも想定外ってのは起きるんだろうな」
「聞きたいのは私の方ですよ」
現れたのは鹿美華ファンド、幕田沙羅。
「華やかな舞台に泥を塗る様な出来事ですね・・・」
若草は残念な顔をしていた。
本件の死者1名。
それはH銀行北広島頭取。彼に恨みを持った人間が殺し屋を雇い、OBに扮してその命を奪った。
この件の犯人が誰なのか、琥太郎には興味は無かった。尋問の末、彼は口を割った。しかしそれは鹿美華には関係の無い出来事だった。
◇
「今回もまた失敗か」
大都市圏。某所ビル。35階。プライベートルーム。煌めく都市の夜景を見ながら、男は電話をしている。
『池波はそれなりに出来るヤツだと思ってたんすけどね』
「早くやって貰えないと困るんだ」
苛立ちを見せる男。男自身も焦っているのだ。彼自身もまた、巨大な組織の歯車の一つであり、この嫌な役回りをしている。失敗の報告を上の人間にする事にストレスを感じ始めていた。
『悪かったよ。今回は不運が重なった』
「別の事件が重なった事か?」
『ああ。一応、めちゃくちゃな世界だが、そういうのは注意しているつもりなんだけどな』
ホテル極寒の一件で起きた、裏社会の人間達の予定が被るという、あまりにも杜撰なトラブル。
「トラブルがあっても任務はやりこなす。それがプロだ」
『俺たちも足はつけたく無いからね。カックロウチを使うしかないんだよ。でもアイツら、俺から言わせれば弱いね』
「ならお前が直接行けば良いじゃないか」
『なーに言ってんすか。俺ひとり頑張っても鹿美華琥太郎は殺せない』
「ダラダラと話すな。また折を見て連絡する」
『ほーら、俺らしか頼れないって事でし』苛立ちを隠せない男は通話を切る。
(鹿美華琥太郎・・・貴様さえいなければ・・・)
男は目を瞑りたいその気持ちを表すかのように、ブラインドを下げる。
0
あなたにおすすめの小説
至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件
こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
