ボディガード -触れられないお姫様-

大野晴

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昇進試験

16 機械猟犬

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◆[21:13 3階 廊下]

 廊下の幅は2.5メートル。そして長さは100メートル近くある。律は西側の階段から、遠くの東側階段付近にいるそれを確認した。

(何あれ・・・鹿?)

 律は視力が良い方でそれがロボットのようなものである事を認識した。

 犬を模したロボットだがその身長の高さは鹿を思わせる。四足歩行。足はローラー付きでカーブがかかっている。顔は単眼というべきなのか、大きな眼がひとつ。望遠カメラである。

 律はリーフォンを取り出し、即座に優花里への通信を行う。アプリ〝コンタクト〟起動。
 イヤホン型無線機の先のカメラが、優花里のリーフォンにその映像を映し出す。しかし、そのカメラは精度は良いが律の眼ほど遠くを鮮明に捉える事は出来ない。

「優花里!ヘンなのがいるぞ!」
『鹿かの?』
 優花里は画面を拡大し、荒い映像を確認した。

「とりあえず、どうする!」
『おい!律!来てるの!』
 その優花里の言葉が放たれた瞬間、機械猟犬はその豊かな関節を動かし、瞬く間に律との距離を詰める。その走り方はスピードスケートの選手の様に、それを4足のローラーでスムーズに近づいてきた。廊下の奥から、律のいる所まで、そのスピードはすさまじい。

 セーフティレベル0の機械猟犬のプログラミング。
 標的との距離が30メートルとなった瞬間、威嚇用の小型ミサイルの射出を行う。通常、セーフティモードが3以上であればそれは発動されない筈のものである。

「なっ!」
 機械猟犬から何が射出されたかは分からないまま、律は咄嗟に回避行動に出る。来た道を戻る様に、壁の角張った部分に手をかけて勢いをつけて階段フロアに戻った。
 時間差で廊下を突き抜けてるように小型ミサイルが破裂する。そこまでの破壊力は無いが大きな音と共に壁が抉れ、窓ガラスが割れて落ちる。

(えっ?)

 律は心臓の鼓動が高鳴る。
 爆破音で耳鳴りがする。

『律!大丈夫かの!』
「う、うん、なにこれ・・・」律は恐怖する。
 今のが人体に当たっていれば間違いなく死ぬ。死なずとも大怪我を負う。人を殺す事など、躊躇いもなさそうな、そんなロボット。そんなものが平気で自分を狙っている。

『しかけってこれの事かの』
「こ、殺す気なのか?」と言った瞬間、死角からそれは姿を現す。廊下の道を真っ直ぐと走ってきた犬は律を捉えた瞬間、ローラーを駆動させて向きを90度変える。その瞬間、既に律は階段を飛び降りていた。
 機械猟犬は踊り場まで律を捉えるために一気に飛び込む。間一髪で避ける律。その勢いのまま、2階へ降りる。

 機械猟犬はローラーを巧みに使用し、直ぐに身体の向きを変えた。律は女子トイレに逃げ込む。その時やっと犬は2階廊下を見渡していた。律を見失ったのである。トイレに逃げ込んだかどうかまで、それを判断する知能は持ち合わせてはいなかった。

◇[21:13 体育館内 モニタリング室]

「笑えるな、逃げる姿ってのは」
 機械猟犬のカメラが映す画面をモニタリングしている鹿美華琥太郎達。
「琥太郎様。本当にこのままで宜しいのですか?」
 枝角若草も流石に律の命を心配していた。
「若草。何度も言わせるな」
「はい」

 その横にいる鹿美華重工、本田はその興奮を隠しきれないでいた。自分の造ったそれが、ついに人を殺せるかもしれない・・・その興奮が抑えきれない。

「琥太郎さん!絶対に殺りますよ!」
「楽しそうだな」
「ええ!」

 セーフティレベルが0の機械猟犬は、ターゲットを死に追いやる事を目的として動く事が設定されている。
 律へ向けられたミサイルは威嚇射撃程度の序の口だった。本田は胸躍らせている。ここから更なる試練があの少年を追い込むところを・・・あわよくば飛び散る肉片や臓器、血飛沫をそのカメラがとらえる事を望んでいた。


◆[21:20 2階 女子トイレ]

 律は女子トイレの個室に潜伏し、呼吸を整えていた。律にとってこの状況は想定外。足元の泥水なんて余裕だと思っていた頃の自分が懐かしい。今は必死に逃げた結果、服は泥だらけになっている。

『大丈夫かの、律』
「うん、落ち着いてきた」
 律は少しずつ、乱れた呼吸を整える。
 あの日、ホテル極寒の時とは違う。あの時は鹿美華琥太郎が上から銃を構え、自分を守っていた。そういう保険があったので命の危険を感じる事は無かった。しかし今は違う。話の通じない相手が間違いなく自分の命を狙っている。

『アレに見つからない様にマネキンをふたりで運べるのかの・・・』
 イヤホン越しの優花里の声は珍しく弱腰だ。

「無理だ。アレをなんとかするしかない」

 敵の無力化。
 それが第一であると教わった事を思い出していた。今はテストの時間。学んだ事を最大限に生かさなければならない。

『あんなロボット、倒せるわけないの。どうするの?』

「もしもだけど・・・あのロボットが俺の事を本気で襲おうとするのなら、俺たちも本気で応戦しなきゃならない」

 その言葉に優花里も頷く。

 これは試験ではあるが実戦と同じだ。実戦を想定しているのであれば、可能性がある。それは普段、律達が禁止されていること。

『武器を使うって事かの』

「うん」

 そう言いながら律はリーフォンの操作を始める。アプリケーション〝ウェポン〟を起動。律の予想は当たる。

 使用制限は解除されている。

「やっぱり、武器は使用できる状態にある」
『それも含めて〝試験〟って事なのかの』
「かもしれない。でも、やれるのかな」
『分からんの』
「とりあえず、待機状態にしておく」

 律は操作を開始する。

◇[21:25 エスポイント]

 律達の試験の場、この廃校から50km程離れた位置。全国各地に点在する〝s_point〟と呼ばれる基地局のうちのひとつがあった。

 律がリーフォンでそれを待機状態にすると、基地局の天井がチェーンの鈍い音を立てて展開し、開く。完全無人で動くようになっている。

 S3内で権限の与えられた人間は、各所に点在するこの基地局からの兵器使用と武器調達を許されている。

 使用者から一番近い位置の基地局から、例えばミサイルであれば直接射出され、武器であれば近くまでパラシュートで武器箱を届ける仕組みになっている。

 鹿美華のボディガードは基本的には武器を持たない。所持する必要がないのだ。武器のほうから、彼らにやってくるからである。

 律はまず、ミサイル発射についてそれを待機状態とした。射出から定めた目標までの攻撃にはタイムラグがある。

 律は次に武器の射出を基地局へ指示する。
 現在使用可能な武器は特異な磁場で機械を狂わせる警棒型のモノである。律の操作に従い、こちらは即時基地局から射出された。

「それにしても、鹿美華の規模のデカさには驚かされるよ」

 全国に点在するこの仕組みは鹿美華のボディガード達が使うという目的の他、国家の防衛に利用される仕組みとなっている。これは琥太郎が考案したものだ。彼は国や政治とも上手く渡り合う力がある。ウェポンシェアリングシステムと呼ばれるらしいが、その名称について律は興味がない。

 そんなシステムが今、ふたりの為に稼働し始めた。

◆[21:25 2階]

「この学校の校庭に武器が配置される」
『私が取りに行くかの?』
「いいや、優花里の所にあのロボットが来る可能性もゼロじゃない」
『分かったの』
 指揮権は優花里にあるはずだが、いつの間にか律が指示を出している。それについては意を唱えない。良くも悪くも2人の関係性だ。

 律は自分の位置を確認する。現在2階。女子トイレ。ここから校庭へ行くのであれば、階段を降りるだけだ。ただ、この場所を出れば機械猟犬が待ち構えている可能性がある。

(迷ったら・・・直感・・・)

 この学校には西、東、中央の階段がある。ゆっくりをトイレを出て、迷わず中央階段へ向けて走る事を決めた。中央階段を降り切れば直ぐに校庭に出れると考えた。

 いつだって何かは中央階段だな。何故かそんな事を思い出す律。リコとまともに会話した最後の場面を思い出していた。

「中央階段に向かって、一気に降りる!」
『あのロボと鉢合わせたらどうするんだの?』
「分かんねーけど!階段で戦えれば、持ち堪えられるはず・・・」

 律は考える。あのロボットと対峙するのではあれば、廊下などの平地ではなく、階段の方がいい。

 いつしかプレイしていた殺し合いのゲームの事を思い出す。敵から逃げる時、ジャンプを繰り返していた。平地での戦いにおいても〝高さ〟という逃げ道の選択肢を増やした方が良い。律は階段であのロボットに追いかけられるのであれば、廊下で追いかけ回されるよりマシだ。

 律はタイミングを図る。そして耳を澄ませた。周囲の音は無い。ゆっくりと扉を開く。小さな隙間から、周囲を確認する。トイレ前の手洗い場に、機械猟犬はいない様だ。

 そこから壁伝いに、さながら忍者の様に抜き足差し足と音を立てずに歩く。そして、そこから廊下を見渡してみる。階段を降りてきた側の西側にはいない。東側・・・どうやらその姿は確認出来ない。

 少しずつ・・・廊下に出て、泥水に満たされた床を、少しでも音を立てない様に進む。そして、中央階段付近まで到着した。律の耳に電子音が入る。
 これは武器調達終了の合図だった。

ー〝[21:29 武器調達 完了]〟ー

 あとは、この中央階段を降りれば校庭。そこで武器を手にする。うまく行くのだろうか・・・律は呼吸を整える。敵の気配はない。

(行ける・・・)

 律はゆっくり進むことにした。少しずつ、2階フロアから、踊り場、そして1階へ。よし、やったぞ、と律は心の中でガッツポーズをする。昇降口が見えてきた。扉は開かれていて、校庭が見える。

 その瞬間、プログラミングされた命令に沿って、機械猟犬が動き出した。

 1階廊下から3匹の機械猟犬が律に向かって飛び出して来る。

「マジかよ!」
『律!走れ!』

 ボディガードは今、学校の校庭で犬に追い回される。
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