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昇進試験
17 空から
しおりを挟む◆[21:30 1階昇降口~校庭]
律の両隣。廊下の東側から2匹。西側から1匹。計3匹の機械猟犬が接近する。
律はとにかく走って昇降口へ向かう。転げそうな足をなんとか動かし、転ばぬ様に走り続けた。自転車操業とはまさにこの事だ。とにかく動かさなければならない。その足を。校庭を走る。視界に見える小さな箱。
(武器だ!)
律はとにかく走った。校庭をグラウンドの真ん中辺りに到達した時、すぐに向きを変え状況を確認した。
機械猟犬3匹が、すぐに近くまで来ていた。
この3匹はそれぞれNo.1-3と単純に振り分けられている。ちなみに最初に律を捉えたのはNo.2の猟犬だ。
ジジジ、とカメラがフォーカスを調整し、犬達は律を捉えた。律はカメラ画面に向かって、人差し指を銃に見立てて向けている。そしてまた身体を翻し、武器箱の元へ向かう。
(あの武器を手にして・・・形勢逆転・・・出来るのか!?)
律はそんな事を考える。3対1だ。武器を持って勝てるかどうか・・・とにかくそれを手に入れなければならない。律は走る。その後ろ姿を監視しながら、猟犬No.1がミサイルを射出する。それは律に向けてではない。
「嘘だろっ!」
ミサイルが綺麗に武器箱に命中する。
『律!』
「武器箱がやられた!」
『どうするんだの!』
「どうするって」
機械猟犬No.3が律に向けてミサイルを射出した。律は身体を前転させ、回避行動を取る。律の心臓の鼓動が高鳴る。高速道路を歩いて横断するような、そんな命の危険を感じるスレスレの回避。
爆風で体勢が崩れる。時差でNo.2のミサイルが飛んでくる。律は走ってなんとか避ける。No.1のミサイルが飛んでくる。直前で避けるが、舞い散った砂埃が律の視界を塞いだ。
その、一瞬の怯みだった。
それが律の隙となってしまった。
(えっ!?)
飛んで来たのは、ミサイルでは無い。
律の右太ももに、円柱が刺さっている。直径は太めの油性ペンぐらいのものだが、律の足を貫通していた。律の腰ほどの長さがあり、彼の太ももに刺さり、地面に刺さった。彼の動きを止めるには充分だった。
円柱は熱を帯びており、刺さった箇所の皮膚は溶け、そのお陰で流血は免れている。しかし律は気を失いかけていた。余りの痛さに声が出る。足の力が抜け、膝から崩れ落ちた。
「うああああああああっ!!!」
律の動きが止まる。痛みに耐える事に精一杯だった。律を中心に120度ずつ円形で標的を囲う機械猟犬。3対1。律の耳には、イヤホンから電子音が流れている。
(このままじゃ・・・一掃できない)
律は意識が飛びそうな中、必死に考えた。
そしていつしかの研修の時のコミネの言葉を思い出していた。下手くそなサッカー理論。多数を誘導する事・・・この犬達の狙いは自分だ。
命の危機。そこに面したとき、脳内の思考は加速する。ほんの一瞬で、色々な事を考える。
(なんとかしなくちゃ・・・)
律は根性という言葉が嫌いだった。冷めているわけでは無い。あまり実った試しもないし、根性というものがどこで発揮するかも分からなかったからだ。
(なんとかぁっ!)
でも、今、律は根性でどうにかするしかなかった。
気が遠のきそうな状態で、律はその円柱を引き抜き、目の前にいる犬に向けて投げる。機械猟犬No.1がそれを避ける。その間に隙が出来る。律は根性で、神経もおかしくなった右足を動かし、走り出した。すぐさま追いかてくる犬。足が使えないなら、今度は腕だ。律はお得意の跳び箱の要領で犬を箱にしてとにかく高く跳んだ。
着地の瞬間、足の痛みに耐えきれず、転げてしまう。それを食い物にしようと、3匹の犬達が律に向かって集中する。
(ちくしょう、時間が足りない・・・)
その時、空から椅子が降ってくる。優花里だった。窓を開け、校庭に向けて力の限りを使って椅子を投げる。犬達はその挙動に反応する。3匹のカメラが宙に浮く椅子を見た。それが僅かな時間稼ぎとなる。
その時だった。
(行けっ!)
ー〝[21:35 ミサイル 到達]〟ー
空からミサイルが落ちてくる。いや、刺さると言った方が正しい。武器箱が破壊される前に律はミサイル射出の命令を下していた。
小型イヤホンのカメラに目標を写し、その対象に向けて指で作った銃を向けて標的を認証させる。追尾型のミサイルの命中率は高い。
「刺されッ!」
それはNo.1に刺さり、そのまま爆発する。爆発は他の二匹の機械猟犬を巻き込む。機械猟犬が装備していたそれとは搭載している火薬の量が異なる。
大きな爆発。
(相手がロボットで良かった・・・)
きっと律は相手が人や動物だったら、ミサイルを撃つという選択肢を選ばなかった。
そんな事を考えていた少しだけ律は、鼓膜が破れ、身体が吹き飛ばされる。
そしてそのまま律は意識を失った。
◇[21:37 体育館内 モニタリング室]
爆風で体育館内の窓が揺れる。鹿美華琥太郎は思わず腰が浮いてしまう。
少しはやるじゃないか、とそう呟いてタバコを吸い出した。先程まで画面に映し出されていた機械猟犬の視界はアウトしていた。
「若草。行け」
若草はすぐに体育館を飛び出し、倒れた律の元へ向かった。
「お前んトコのロボットはまだまだだなぁ」タバコの煙を本田に吹きかける琥太郎。本田は落胆していた。
「ま、まぁ、あのミサイルも我々のものですから」などと強がる。
s_pointや基地局内に搭載されている武器は鹿美華重工のものである。
「それにしても、イイもん見させて貰ったぜ」
◇[21:40 4階 教室]
窓からその瞬間を見ていた優花里。勝負はついた。律の決死の戦いで、敵を排除したのだ。
実はまだ犬が出てくるのではないかと心配した。しかし、若草が駆け寄る姿を見て安堵すると同時に、これがなにかの間違いではなく試験である事に驚く。
鹿美華の人間は、余裕で人を殺すつもりだ・・・そう思った。
優花里は感化されていた。律の行動に。
自分には何が出来るのか?決まっている。このマネキンを運ぶ事。敵は排除し、状況の確認も完了した。
意地でも運んでやるの、とそう誓った。マネキンをひとりで運びやすい様に背負い、歩くのは並大抵の事ではない。
(重い・・・でも、やるんだの)
「嬢ちゃん。もうやらなくていいんだぜ」
優花里の目の前に現れたのは鹿美華琥太郎だった。
「仲間が身体張ったの。これぐらいやらなきゃ・・・」
そう言いながらも70kgの動かない人を運ぶというのは難しい。
「女は諦めろ」琥太郎が笑う。
「女こそ、強くなきゃいけないの」
「どうしてそんなに意地を張る?爽奏律にホれてんのか?」
「なっ・・・」
「あとさ、オマエさぁ」
そう言って、琥太郎は優花里の頬近くにタバコの火を向けた。
「怪しいんだよな」
「何がの」優花里は琥太郎の脅しなど怖くない。今は律が残した信念を貫き、マネキンを運ばなければならない。
「鹿美華のボディガードってのは、身辺調査を済ませているんだ」
「それがなんなの」
「その結果は当たり前だが2通り。ひとつは潔白を証明出来る者。もうひとつは、潔白を証明出来ない者。お嬢ちゃんは後者」
優花里の身辺調査の結果、優花里自体は危険性が無いと判断されているが、家庭状況に難がある。それはいつしか優花里自身が律に話をしたものと同じだ。兄と母は他界しており、父は入院。そしてもうひとりの兄は行方不明。その消息を掴めない。
「身の潔白を証明できない奴を敢えて入れる理由、それは泳がせて利用出来るからにすぎない」
優花里は自分の曰く付きの生い立ちを言われる事には慣れていた。
「俺は女の顔に傷をつける主義じゃねーからな」
そういって、優花里の首筋にタバコの火を充てる鹿美華琥太郎。じりじりと焼ける皮膚。訓練で喰らう打撃や注射針の様な痛みとは違う。焼かれる痛み。苦痛。それでも。
それでも優花里は動じなかった。マネキンを運ぶ為に、小さな熱に動じている暇はない。
「へぇ。鍛え上がってるな、精神」そう言いながら、琥太郎は優花里が抱えたマネキンを意図も容易く蹴り飛ばした。本当はこのまま優花里に尋問をする予定だったが、気が変わる。
鈍い音で転がり、泥だらけになるマネキン。
「精神だけは強いって認めてやるよ。力はまだまだだ。そして覚えておけ。お前は利用される側である事を」
そう言って、鹿美華琥太郎は去っていく。
(女に産まれたくて産まれた訳じゃない・・・)
優花里は静かに涙を流す。
自分の無力さに泣いたのだ。
◇[21:49 校庭]
密葬の様な雰囲気で、律を乗せた車を見送る枝角若草。振り返るとそこには、鹿美華琥太郎が立っている。
「容態は?」その言葉に驚く若草。家族以外には無慈悲なこの男が律の心配をしている。
「おそらくは大丈夫でしょう」
「念のため狭間にオペをやらせろ」
「もちろんです」
粉々に破壊された機械猟犬の破片を蹴り飛ばす琥太郎。望遠カメラのレンズが割れている。
「清の教えが素晴らしいのか知らねーが、あのガキと女、肝が据わってるな」
その言葉にも若草は驚いていた。他人を褒めるタイプでは無いからだ。
「ええ」
「試験はおしまいだ。準備が整い次第、アイツらを含めて小姫を通わせる」
その言葉は、ふたりの試験合格を意味した。
「蜜葉学園ですか・・・」
泣き崩れた優花里、重体の律。この時ふたりは、学校生活という暢気な日々を送る事など、予想だにしなかった。
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