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あの時

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「守る役目の俺たちが攻めに行くなんてなぁ」
双刃もろは。余計な言葉は不要だ」
「あいよ」

 都心から新幹線を使って1時間程度の田舎の山間部に、ふたりはいた。彼らが向かうのは、山の上にある〝透明教〟の第6施設と呼ばれる場所。

 透明教というのは、絶対的指導者であるヒナグチという男を神と崇める新興宗教団体である。表向きは有象無象のそれと変わらない、迷える人の拠り所であるが、透明教は拠り所を求める人間に漬け込み、金を巻き上げ成長してきた。警察沙汰に発展する様な事件も珍しくなく、透明教に良いイメージを持つ者は少ない。

キヨシ先輩。俺はね、占いとか大嫌いなんですよ」
「任務中だぞ。慎めと言っている」
「まぁまぁ、まだ施設までは距離がありますし、聞いてくださいよ」

 第6施設までは小道を登って車で30分ほど走る必要がある。しかし、途中の検問の突破、そして転回も難しい小道では車での移動は難しいと判断し、道なき道を歩いて進んでいる。彼らは姿を隠して行動する必要がある。

 双刃と呼ばれる男と行動を共にする彼の名は青三あおみきよしである。鹿美華セキュリティサービスの社員であり、その職が勿体ないと言われる程の正確な狙撃を得意とする男だ。滅多に任務に出る事は無い。彼は基本的に研修センターの講師として働いている。今回のような特別な任務の際に、呼ばれるのだ。



「占いってのはさ、気の持ちようじゃ無いですか」

 双刃が調子に乗って喋り出すのを止めるのも面倒で、清は彼の話を聞きながら歩く事にした。変わり者と名高い男、剱岳つるぎだけ双刃もろはもまた鹿美華のボディガードである。清の3年後輩だ。清の事をしっかりと先輩呼ばわりするが、先輩の言う事を聞かない頭の悪さも彼の特徴であった。

「星の動きとか参考にするのも、よく分からねーし、カードめくって占うのもよく分からねーし、朝のテレビの占いなんてあれこそテキトーっすよ」

 ダラダラと中身のない話を続ける双刃。大きな輪っかを背負っている。これは言わば彼の商売道具だ。フラフープ程の大きさの輪の周は天糸てぐすが巻かれていて、双刃はそれを使って罠を作ったり、必殺仕事人のように敵の首を絞める事が出来る。頭が悪そうな会話の内容とは別に、彼は物理的な動きを目で捉えることの出来る人間であった。この超人的な思考や計算力、物事を捉える能力はサヴァン症候群と呼ばれるもののひとつである。変わり者ではあるが、そういった不思議な力を持つ後輩を彼は評価していた。

「だからね先輩、聞いてます?俺が言いたいのは透明教の星を元にした宗教的な感覚がウソくせーって事なんですよ。ヒナグチとかいうただの人間を、ただの数字の奇跡で当てつけて神様扱い、どう思います?」
「どう思うも何も・・・」
「ただね、ここで困ったことがひとつあるわけですよ、これによって救われている人がいるって事です。びっくりしましたよ、近所の目ェ死んでる奴が透明教のビラ配りしてましたよ。あれ熱心な教徒なんです。俺は聞いたんですよ、何が良いんですか?って、そしたらソイツは僕みたいなやつを受け入れてくれる唯一の場所なんです、だって、そんな事言われたらもうオシマイじゃないですか。そこで俺は気付いたんですよ。悪いのは宗教じゃなくて、宗教に縋る人間を作り出す世の中なんだって」

「双刃クン・・・」
 清の耳は限界だった。彼も無宗教であり、どちらかと言えば双刃と同じ思考に近いが、何より後輩に説教じみた話を長々とされるのは限界であった。

「なんすか清先輩?」
「今どれぐらい歩いた?」
「6238歩ですね」
 双刃は様々な事を記憶し、瞬時に答えることが出来る。清は大体その歩数から、第6施設までは残り40分程度で到着すると予測した。それにしても草を踏みつつ傾斜のある道を歩くというのは根気のいる作業であった。コンクリートの道が恋しい。一方の双刃は、草や枝を物理的に捉えている。彼が踏みつけるその枝がどの様に折れるのか、それが足にどの様な影響を与えるのか、彼にとって事象は全て方眼紙の上に丁寧な計算式や図を書いて展開される。それを知っているので、歩き方も工夫をしている。その為、殆ど疲労は無かった。


「あれだな」
 まだ遠く離れた位置から、第6施設の建物の上部が見える。
「気色悪い色っすね。ピンクっすよ」

 透明教第6施設のカラーリングのモチーフは処女おとめである。これは正座にまつわるものであり、ピンク色はヒナグチのセンスであった。



「一応おきますんで」
「ああ」
 
 趣味の悪いピンクの建物。その周りの森林に到着し、双刃が背中の天糸を木に括り出した。それはロボットが作業するような几帳面かつ正確な作業。完成図が常に頭にあり、双刃は複雑な糸のカラクリを仕上げていく。

「さーて、終わりましたよ」
「行くか」

 木陰から建物を見渡す。この場所は買い取られたものであり、事前に不動産情報を手にしているふたり。特に図面を確認せずとも、双刃の頭の中には寸法などの細かな数字まで叩き込まれている。

 ふたりに課せられた任務は、第6施設にいる鹿美華の人間、オオツカを連れ戻す事だった。
 オオツカは後に鹿美華琥太郎の拷問によってショック死する運命にある。彼にとってはこのピンクの建物で生きる人生が正解だったはずだ。

「オオツカは透明教でも中位に位置しているみたいだ。1階よりも上位の階にいる確率が高い」
「まぁ、任せてくださいや俺に」
 清の言葉を制する双刃。謎の自信が失敗に終わった事は無い。

 ・・・この日を除けば。

 オオツカは鹿美華グループのツノシステムの開発担当であり、透明教の熱心な信者である。鹿美華琥太郎や枝角若草はそれを恐れた。ツノシステムは鹿美華グループのICT化の要となっている基幹システムであり、これらの流出はもちろんあってはならない。そうなると、少しでも透明教という怪しい団体とは切り離さなければならない。当初、ツノシステムの社長が直々にオオツカへ警告を行ったという。しかしそれが仇となり、オオツカはこの第6施設へと姿を眩ませた。オオツカは自分の意思でこの場所に来たが、双刃と清は洗脳された仲間を取り戻す為の任務であると目的をすり替えられていた。

「じゃ、予定通り行きますか」

 清は森から、銃口を向け、いつでも狙撃できる様に準備をし、双刃が潜入を行う事になっている。双刃の背中からは、彼が歩くたびにするすると天糸が流れていく。なめくじの通り道の様に、透明な天糸が彼の歩いた履歴として残った。

 17時。

 なぜこの時間を選んだのか。それは、この透明教の〝無との対話〟の時間だからである。それは透明な板の前に信者が集まり、その宇宙を満たしているとされていた力、エーテルを感じながら呪文を唱えるのだ。双刃はこれを馬鹿馬鹿しいと簡単に言い捨てたが、これによって救われている人間がいるのも自身の発言の通りである。そしてそのうちのひとりにオオツカがいる。

 入り口には誰もいない。入り口付近から既に、声が聞こえる。聞いた事のない言語(透明教が宇宙に語りかけるときの呪文)が双刃の耳を刺激する。これ程に大きな音が出ていると、潜入は楽だった。そのまま透明なガラス板が中央に配置されているホールへ向かう。入口を含め、垂れ下がる天糸が扉に挟まり、逃げ易くする算段が取られている。
 ホールにたどり着く。その扉を少し開け、熱心な信者達を確認する。角度を調節していくと、写真で記憶していた顔が現れた。オオツカだ。数多くの信者の中に存在した。

 それを見た瞬間、容赦なく扉を開き、オオツカの元へと一直線で双刃は走り出す。そして、その身体を掴み取った。痩せ細っているのか、双刃からすれば彼の身体は発泡スチロールを運んでいるかの様な感覚だった。

 そこでその異変に気付いた信者達が、慌て始める。その頃にはもう、双刃はホールを抜け出していた。

「オオツカ。目ェ覚ませよな」双刃は軽々しく持ち上げたオオツカに向けて言葉をかけながら、ホールから1階へ降りる階段を規則的な動きで歩いていく。この間、天糸の罠が出来るように彼の中で計算が行われていた。追いかけてくる者を転ばせる単純なものだが時間稼ぎには十分だ。

「離せよ・・・俺は今、宇宙と対話してたんだ・・・」
「帰ったらアンタらの好きな水じゃなくて、水道水の冷や水浴びせてやる。目覚せ」
「離せ・・・俺を鹿美華の元に戻そうとしているのか?」
「そうだ。こんな所、早く抜けだそうぜ」
「お前こそ、目を覚ませ双刃」

「何言ってんだバカ」

「鹿美華に洗脳されてるのはお前たちだろう・・・」

 その言葉に、剱岳双刃は揺れ動いてしまった。



「双刃っ!」
 オオツカを担ぎ、出口から清の元へ向かう双刃。

「お前がオオツカだな」
 身柄を引き渡されるオオツカ。双刃がその身体を押さえつけている間に、清が彼の拘束を完了させる。
「こんな事して良いと思ってるのか!」騒ぐオオツカの口に拘束具を突っ込む清。うぐーっ!うがーっ!っと最初は必死の抵抗を見せたが、すぐに諦めた。

「よし、そのまま下山しよう」

 ここまでは、順調な作戦だった。

「ちょっと待ってください清先輩」双刃が急に頭を抱え出す。清は嫌な予感がした。
「どうした」
「ええっと・・・俺って、記憶力すげーほうなんです。で、コイツを拐って行った時・・・見ちまったんですよ。透明な板に真面目に何かを語りかけて、それで・・・うまく言えないんですけど、そいつら、助けられてるって言うか」
「その感想は後で良い。追手が来る前に早いところ引き下がるぞ」

「いや、だからさぁ、清先輩、なんつーか、オオツカもここにいた方が幸せって言うか」
 表情が曇る。それは清も双刃も、理由は違えど、嫌な気持ちをモヤモヤという感情を抱えていた。
「任務が優先だ」
「本当に任務が正しいんですか?このオオツカって奴はここにいた方が正解なんじゃないんですか?清先輩ッ!」

「双刃!これは命令だ!従え!」

 清は焦っていた。清と双刃が耳につけているワイヤレスイヤホン。これを通して、会話は傍受されている。双刃が変人である事は他の人間も承知しているが、彼の発言は明らかに任務に背くものであった。

「先輩!おかしいっすよ!先輩も一回、見に来て下さいよ!俺はこんな胡散臭い神だとか信じませんけど、信者は本物っスよ!」

「双刃ァッ!」

 その時。清の耳に、鹿美華琥太郎からの通信が入る。

ー〝清。そいつは置いていけ。厄介な奴だ、足止めをしろ。撃て〟ー

 清はすぐに小型の銃を取り出した。双刃がそれに気がつかない訳がないことを知っている。双刃は清の腕の動き、銃を取り出す速度、仮に引金を引いた時にどのような射速でそれが自分に向かうのか、頭の中で計算し、すぐに後ろへと逃げる。

「清先輩、そりゃおかしいって」
「おかしいのはお前だ」
「見損ないましたよ」

ー〝清。構わない。会話から察するに、そいつは洗脳された。足留じゃなくていい。撃って構わない〟ー

「琥太郎、ここでは・・・」

ー〝安心しろ。もう、飛ばしてるんだよ〟ー

「えっ?」清が空を見上げた瞬間、それはもう目の前に飛んできていた。巨大な爆発が起きる。弾道型ミサイル、1本目が建物に直撃した。爆風が巻き上がるなか、これはチャンスだ、と清は双刃の右太腿を撃った。膝枯れ崩れ落ちる双刃。その後、2本目のそれが建物へと直撃する。爆発に巻き込まらぬよう、清は双刃に言葉を掛けぬまま、オオツカを抱えて、下山を始めた。



 剱岳双刃の特殊能力にも似たその力は、自分の目で捉えた部分でしか発揮出来ない。特に不意の攻撃に備えるようなそんな力はない。彼はもれなく爆発に巻き込まれた。しかし、その瞬間、脳をフル動員させ全ての記憶を呼びだし、計算した。事前に張っておいた仕掛け用の罠を自らに作動させ、爆発地点から森林部へと自分の身体を吊るし上げ、避けた。そして、リーフォンの電源を落とした。

 その瞬間、スイッチは切り替わっていた。

 透明教の事など、どうでも良かった。彼は、鹿美華琥太郎の容赦ない手段に呆れ、怒り、そしてオオツカの言葉を思い出した。洗脳されてるのは、お前たちの方じゃないのか?それを思い出し、飲み込んだ。そうかもしれない。容赦なく追撃のミサイルが飛んで来る。それは人のいる施設に無慈悲に行われる虐殺に等しい。

 剱岳双刃は恐怖した。人が死んで行くことではない。こういった一連の出来事が〝圧力〟によって闇へと葬り去られる事に恐怖した。これまでも、自分は目撃している。鹿美華は政権と繋がっている、そして、鹿美華記者団と呼ばれるメディア報道を捻じ曲げる存在がおり、全ては闇に葬り去られる。リーフォンもそうだ。独自の通信規格と銘打っているが、この時代のインターネットに少しでも履歴を残すまいとしている、そう思えた。苦しむ信者達を見ながら、剱岳双刃は復讐の計画を始めた。


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