19 / 42
バック・スタバー(:起 大きな借り)
18 病室にて
しおりを挟む◇
回転するレコード盤に枝角若草が針を落とす。昔ながらのラッパの様な形のホーンからジャズが流れ始める。劣化したレコード盤から流れる音はチリチリと雑音が入るが、それもまたいい。
そんな鹿美華家の優雅な朝食。
「お父さん。これ、どういう事?」
そんな音楽がハッと止まるような一言。
食事を終えた小姫はリーフォンをポケットから取り出し、父・琥太郎にその画面を見せる。そこには特別な権限を持つ人間が閲覧可能な鹿美華の関連者のステータスが映し出されていた。
[爽奏律:ステータス【入院】]
娘のその言葉に鹿美華琥太郎の顔が強張る。
「その通りだ」としか言えない父。
「アイツは私にとって重要人物。病院に連れて行って」
その言葉に鬼の父親も戸惑い、承諾せざるを得ない。
(見つかってしまいましたか・・・)
そんな顔を琥太郎に見せる若草。
「父さんは先に準備してる」
琥太郎は朝食を中断し、自室に戻る。若干慌てている琥太郎の姿とそれに満足する小姫の姿を見ながら、うふふ、と目を細めて笑っている母、鹿美華亜弥。
父が部屋を去った事を確認し、母は娘に語りかける。
「あの子のこと、気になるの?」
亜弥は律の姿を思い出す。緩いパーマのかかったような癖毛で、現代っ子らしく中性的な顔立ちをしていた。男らしさとは程遠いが、若き日の琥太郎とほんの少しだけ被る姿があった。
「内緒」少し顔が赤くなる小姫。
「こう見えてもお母さん、恋愛は得意なんだから」
「困った時、頼むね」
今まで、母子で恋愛の話などした事はない。律の存在は、家族の距離感まで変えていた。
◇
鹿美華病院。
都内の大きな敷地に構えているマンモス病院は名の通り鹿美華系列の病院である。基本的には人を選ばずこの場所を利用する事の出来る総合病院である。病院の最上階は特別な人間しか受け入れる事の出来ないフロアとなっていて、そこにはいくつかの部屋がある。そのフロアだけは鹿美華の関係者のみが治療に専念することができる。
爽奏律はそこで眠っていた。
低反発マットにまくら。病室というよりホテルの一室といった方が良いだろう。様々な機械が取り付けられた律の身体は、破れた鼓膜も治り、空いてしまった右腿の穴も修復し、問題なく回復している。
「律くん、お客さんだよ」寝ている律に語りかけるのは主治医の男、狭間白男である。
鹿美華の最高の名医と呼ばれる男。その影から、御見舞いに来た客が飛び出す。
「律!」
ベッドの近くに現れたのは優花里だった。律はぐっすり眠ったままだ。空気を読むように狭間はその場を去る。
「林檎持ってきたの!」
これが定番!と言わんばかりに優花里は林檎を果物ナイフで器用に切り始めた。ぐるぐるぐる、と林檎を回しながら、皮を剥く。
剥き終わっても律は眠っていた。この林檎を口に入れれば、もしかしたら起きるかも、と優花里は一口サイズにした林檎を律の口に突っ込んでみる。
無反応だ。
彼は特殊な回復薬の副作用によって、一日の大半を眠り続けている。
「起きないのかの」
優花里はこれをチャンスだと思ってしまった。顔を近づけてみる。鼻息が微かに聞こえた。中世的な顔立ちのその肌艶は17という若さもあって綺麗である。
優花里は自分の唇を、律の頬に近づけてみる。
(な、何やってんだ・・・私・・・)
そう思いながら、長らく忘れていたドキドキという感情が優花里を押している。吸い込まれる様な律の肌へ・・・その唇が近づく。
◇
いま、まさに眠っている律の横顔にキスをしようとする優花里。その背景に3人の人影・・・何も気にせず病室に入ってきたのは鹿美華小姫、琥太郎、若草の3人だ。
「えっと・・・」と焦る若草。
「こりゃまぁ午前中から」と琥太郎。
小姫は黙っている。彼女の思考では、その状況は理解できない。そして3人の気配に気がつき、振り向く優花里。明らかに動揺し、二度見した。
「りりりり!律が!全然起きないから!」
優花里は両手をバタバタと動かし弁明する。
「起きないとなんなんだ?」と琥太郎。
「死!死んで無いか確認しだけだの!」
「ま、ちょうどいいか」
そう言って鹿美華琥太郎はタバコを吸い始めた。
◆
(この匂いは・・・)
薬による副作用で錯綜気味の記憶。律はふわふわした状況から、少しずつそれを思い出す。あの日、爆風で破れた鼓膜や穴の空いた身体、擦り傷、骨折、それらを全て直してもらったこと。今、自分は病室にいて、起きては深く眠って、を繰り返している。
律の体感では1年間眠っていた様に思えるが、実際はたったの3週間。もうすぐ1月が終わろうとしていた。そして目を覚ます。鼻を刺激していたのは琥太郎のタバコの煙だった。
ぼやけていた視界は一気に鮮明に映る。
「えっ」
目の前には、鹿美華琥太郎と小姫、枝角若草、そして優花里がいる。ホテルの様な場所だが、自分は病人が着るそれを着ていて、色々な医療機器が動いている。ここは病室であると、認識した。
「おはようだの」
優花里は何故か気まずそうな顔をしていた。小姫は険しい顔をしている。琥太郎は煙草を吸っていて、若草はいつもの優しい顔をしている。
「ネボスケが起きたようだ。若草。説明しろ」
「はい」
トレードマークのシルクハットを膝の上に乗せたまま座っている若草が、静かに語り出す。
「律さん。優花里さん。次からは研修生ではありません。完全な任務として、仕事をしてもらいます」
律は思い出した。2人にしかできない案件。それを任される、という事は身を挺して戦ったあの日の試験は合格だった、という事かと少し喜ぶ。あの廃校でのロボットとの戦い。やはりあれは夢ではなかった。
「来月から、蜜葉学園へ転入していただきます」
思いがけない言葉に状況の飲めないふたり。若草は淡々と案件の説明をする。
件名 要人警護(No.29-30)
日時 20XX年 2月 4日 より(終了時期未定)
場所 私立蜜葉学園高等学校(都内)
生徒数 304名(教員・事務計39名)
警護者 1名
目的 警護対象の就学全般におけるサポートを含む
武器 所持を認める(貸与されている者のみ)
報酬 雇用条件に倣う
保険 物損保険適用
「小姫様の学校生活に合わせて、おふたりもクラスメートとして編入し、警護をしていただく。それだけでございます」
「えっ」律は思わず口に出してしまう。
えっ、それだけ?という意味だ。
「小姫が通う蜜葉学園ってのは、蜜葉財閥の運営する私立校だ」
「蜜葉財閥・・・三大財閥のひとつだの・・・」
優花里は座学で習った事を思い出す。
「まぁ、言わば敵地だな」琥太郎はにやけていた。
「ちょっと待ってください。どうして敵地?の学校に娘さんを?」
律の〝娘さん〟という言い方に引っ掛かるが、琥太郎は我慢をする。
「あえて人質を与える」
その言葉に小姫は俯いた。
律は理解が足りない。
(人質?・・・)
「蜜葉財閥ってのは、古くからやり合ってる仲だ。今は表向きにはドンパチなんてしない時代。それでもなぁ、裏では色々動いている」
「裏?」
「足の引っ張り合い・・・それに俺の命を狙いに来てる可能性もある」
鹿美華家と蜜葉家は古くから敵対関係にある。時代は変わり、互いに傘下の企業を増やし、社会的に大きな立場となった今、露骨な事は出来ない。そうなれば裏の人間を利用し、邪魔をする。それが今のやり方なのだ。
しかし琥太郎の命を狙う人間が誰なのか、どの組織なのか、彼はそこまでは把握していない。それでも、蜜葉財閥の人間に可能性がある事は事実である。
そして琥太郎は浅知恵で思いついたのである。学校に通いたいという娘の進学先を敵地にする事で〝表向き〟には完全に安全が保障される。
「そういうわけだ」
律も優花里もその言葉をうまく理解してはいなかった。ただ、あの死闘を終えた後、次の任務は学校生活。拍子抜けだ。
「まー、与えられた任務はこなすの」そう言いながらも、優花里が前向きではない。それを律は察している。
「そ、そうだよな」
「ふたりとも、よろしく」
小姫は少しだけにやけている。
「うん」
「任せろの」
◇
都内の高級住宅地。空から見ると一目瞭然の大きな敷地。その敷地内の4階建の家。そこの1階の暖炉を中心に広がる大きな居間。
蜜葉家。この国の三代財閥と呼ばれるうちの、3番目の規模を持つグループの家。
「パパ!そんなの聞いてないんだけど!?」
蜜葉るり。寝起きと共に居間に現れる。溢れそうな胸元のネグリジェ姿。父はその姿を見てもなんとも思わない。
「なんの話だ」
「鹿美華の人間がるりの学校に編入するんでしょ!?」
「ああ、そうだ」
「何を勝手に決めてるのよ!」
「すまんな。大人の事情ってやつだよ」
るりの父、蜜葉櫛羅はその白髭を捻りながらこうなる事、娘の反対がある事は予想していた。
1ヶ月ほど前。
その連絡に櫛羅が最初に覚えたのは恐怖だった。いつの日かの政財界の会合で対面した鹿美華琥太郎から電話があったのだ。名刺など交換しなければ良かった、と櫛羅は後悔した。
ー〝お前んとこの学校に娘を通わせたい〟ー
鹿美華琥太郎は、蜜葉学園がるりの私物であることなど知る由もないし、知ったところで自分の意思を通すだろう。
櫛羅は肯定する事しかできなかった。蜜葉と鹿美華の因縁は自分達が生まれる前から遡るほど歴史の深いものである。この提案には何かしらの意図があり、それを拒否する理由を探す方が難しかった。
こうして急ぐ様に入校の手続きを取った次第だ。2月という微妙なタイミングで転校生を受け入れる蜜葉学園。
「大人の事情なんて知らないわよ!鹿美華って敵でしょ!?」
「今はそういう時代じゃない」
「ふん・・・まぁいいわ」
蜜葉るりはなにかを企む様な顔をしている。
「るり。間違えても変な事はするなよ」
櫛羅の心配はこれだ。馬鹿な娘が暴走しないか・・・それだけである。
「あそこはるりの学校よ」
「線引きをしろ。るり」
「はいはい」
そう言って蜜葉るりは豊満な胸を揺らしながら、自分の部屋に戻る。
入手した書類に目を通した。3人の転校生。爽奏律。男。顔は悪くないが癖毛が気に入らない。
小早川優花里。女。雑草みたいな雰囲気が気に入らない。
そして鹿美華小姫。
「カワイイ女が一番ムカつく」
その紙を破り捨てる。
0
あなたにおすすめの小説
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件
こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
