ボディガード -触れられないお姫様-

大野晴

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バック・スタバー(:起 大きな借り)

18 病室にて

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 回転するレコード盤に枝角若草が針を落とす。昔ながらのラッパの様な形のホーンからジャズが流れ始める。劣化したレコード盤から流れる音はチリチリと雑音が入るが、それもまたいい。
 そんな鹿美華家の優雅な朝食。

「お父さん。これ、どういう事?」

 そんな音楽がハッと止まるような一言。
 食事を終えた小姫はリーフォンをポケットから取り出し、父・琥太郎にその画面を見せる。そこには特別な権限を持つ人間が閲覧可能な鹿美華の関連者のステータスが映し出されていた。

[爽奏律:ステータス【入院】]

 娘のその言葉に鹿美華琥太郎の顔が強張る。

「その通りだ」としか言えない父。
「アイツは私にとって重要人物。病院に連れて行って」
 その言葉に鬼の父親も戸惑い、承諾せざるを得ない。

(見つかってしまいましたか・・・)
 そんな顔を琥太郎に見せる若草。

「父さんは先に準備してる」
 琥太郎は朝食を中断し、自室に戻る。若干慌てている琥太郎の姿とそれに満足する小姫の姿を見ながら、うふふ、と目を細めて笑っている母、鹿美華亜弥。
 父が部屋を去った事を確認し、母は娘に語りかける。
「あの子のこと、気になるの?」
 亜弥は律の姿を思い出す。緩いパーマのかかったような癖毛で、現代っ子らしく中性的な顔立ちをしていた。男らしさとは程遠いが、若き日の琥太郎とほんの少しだけ被る姿があった。

「内緒」少し顔が赤くなる小姫。

「こう見えてもお母さん、恋愛は得意なんだから」
「困った時、頼むね」

 今まで、母子で恋愛の話などした事はない。律の存在は、家族の距離感まで変えていた。



 鹿美華病院。

 都内の大きな敷地に構えているマンモス病院は名の通り鹿美華系列の病院である。基本的には人を選ばずこの場所を利用する事の出来る総合病院である。病院の最上階は特別な人間しか受け入れる事の出来ないフロアとなっていて、そこにはいくつかの部屋がある。そのフロアだけは鹿美華の関係者のみが治療に専念することができる。

 爽奏律はそこで眠っていた。

 低反発マットにまくら。病室というよりホテルの一室といった方が良いだろう。様々な機械が取り付けられた律の身体は、破れた鼓膜も治り、空いてしまった右腿の穴も修復し、問題なく回復している。

「律くん、お客さんだよ」寝ている律に語りかけるのは主治医の男、狭間はざま白男しろおである。
 鹿美華の最高の名医と呼ばれる男。その影から、御見舞いに来た客が飛び出す。

「律!」
 ベッドの近くに現れたのは優花里だった。律はぐっすり眠ったままだ。空気を読むように狭間はその場を去る。

「林檎持ってきたの!」
 これが定番!と言わんばかりに優花里は林檎を果物ナイフで器用に切り始めた。ぐるぐるぐる、と林檎を回しながら、皮を剥く。

 剥き終わっても律は眠っていた。この林檎を口に入れれば、もしかしたら起きるかも、と優花里は一口サイズにした林檎を律の口に突っ込んでみる。

 無反応だ。

 彼は特殊な回復薬の副作用によって、一日の大半を眠り続けている。

「起きないのかの」

 優花里はこれをチャンスだと思ってしまった。顔を近づけてみる。鼻息が微かに聞こえた。中世的な顔立ちのその肌艶は17という若さもあって綺麗である。

 優花里は自分の唇を、律の頬に近づけてみる。

(な、何やってんだ・・・私・・・)
 そう思いながら、長らく忘れていたドキドキという感情が優花里を押している。吸い込まれる様な律の肌へ・・・その唇が近づく。





 いま、まさに眠っている律の横顔にキスをしようとする優花里。その背景に3人の人影・・・何も気にせず病室に入ってきたのは鹿美華小姫、琥太郎、若草の3人だ。

「えっと・・・」と焦る若草。
「こりゃまぁ午前中から」と琥太郎。

 小姫は黙っている。彼女の思考では、その状況は理解できない。そして3人の気配に気がつき、振り向く優花里。明らかに動揺し、二度見した。

「りりりり!律が!全然起きないから!」
 優花里は両手をバタバタと動かし弁明する。
「起きないとなんなんだ?」と琥太郎。
「死!死んで無いか確認しだけだの!」

「ま、ちょうどいいか」
 そう言って鹿美華琥太郎はタバコを吸い始めた。



(この匂いは・・・)

 薬による副作用で錯綜気味の記憶。律はふわふわした状況から、少しずつそれを思い出す。あの日、爆風で破れた鼓膜や穴の空いた身体、擦り傷、骨折、それらを全て直してもらったこと。今、自分は病室にいて、起きては深く眠って、を繰り返している。

 律の体感では1年間眠っていた様に思えるが、実際はたったの3週間。もうすぐ1月が終わろうとしていた。そして目を覚ます。鼻を刺激していたのは琥太郎のタバコの煙だった。

 ぼやけていた視界は一気に鮮明に映る。

「えっ」

 目の前には、鹿美華琥太郎と小姫、枝角若草、そして優花里がいる。ホテルの様な場所だが、自分は病人が着るそれを着ていて、色々な医療機器が動いている。ここは病室であると、認識した。

「おはようだの」
 優花里は何故か気まずそうな顔をしていた。小姫は険しい顔をしている。琥太郎は煙草を吸っていて、若草はいつもの優しい顔をしている。

「ネボスケが起きたようだ。若草。説明しろ」
「はい」

 トレードマークのシルクハットを膝の上に乗せたまま座っている若草が、静かに語り出す。

「律さん。優花里さん。次からは研修生ではありません。完全な任務として、仕事をしてもらいます」

 律は思い出した。2人にしかできない案件。それを任される、という事は身を挺して戦ったあの日の試験は合格だった、という事かと少し喜ぶ。あの廃校でのロボットとの戦い。やはりあれは夢ではなかった。

「来月から、蜜葉学園へ転入していただきます」

 思いがけない言葉に状況の飲めないふたり。若草は淡々と案件の説明をする。


件名 要人警護(No.29-30)
日時 20XX年 2月 4日 より(終了時期未定)
場所 私立蜜葉学園高等学校(都内)
生徒数 304名(教員・事務計39名)
警護者 1名
目的 警護対象の就学全般におけるサポートを含む
武器 所持を認める(貸与されている者のみ)
報酬 雇用条件に倣う
保険 物損保険適用


「小姫様の学校生活に合わせて、おふたりもクラスメートとして編入し、警護をしていただく。それだけでございます」

「えっ」律は思わず口に出してしまう。
 えっ、それだけ?という意味だ。

「小姫が通う蜜葉学園ってのは、蜜葉財閥の運営する私立校だ」
「蜜葉財閥・・・三大財閥のひとつだの・・・」
 優花里は座学で習った事を思い出す。

「まぁ、言わば敵地だな」琥太郎はにやけていた。
「ちょっと待ってください。どうして敵地?の学校に娘さんを?」
 律の〝娘さん〟という言い方に引っ掛かるが、琥太郎は我慢をする。

「あえて人質を与える」
 その言葉に小姫は俯いた。
 律は理解が足りない。

(人質?・・・)

「蜜葉財閥ってのは、古くからやり合ってる仲だ。今は表向きにはドンパチなんてしない時代。それでもなぁ、裏では色々動いている」
「裏?」
「足の引っ張り合い・・・それに俺のタマを狙いに来てる可能性もある」

 鹿美華家と蜜葉家は古くから敵対関係にある。時代は変わり、互いに傘下の企業を増やし、社会的に大きな立場となった今、露骨な事は出来ない。そうなれば裏の人間を利用し、邪魔をする。それが今のやり方なのだ。

 しかし琥太郎の命を狙う人間が誰なのか、どの組織なのか、彼はそこまでは把握していない。それでも、蜜葉財閥の人間に可能性がある事は事実である。

 そして琥太郎は浅知恵で思いついたのである。学校に通いたいという娘の進学先を敵地にする事で〝表向き〟には完全に安全が保障される。
 

「そういうわけだ」

 律も優花里もその言葉をうまく理解してはいなかった。ただ、あの死闘を終えた後、次の任務は学校生活。拍子抜けだ。

「まー、与えられた任務はこなすの」そう言いながらも、優花里が前向きではない。それを律は察している。
「そ、そうだよな」

「ふたりとも、よろしく」
 小姫は少しだけにやけている。
「うん」
「任せろの」



 都内の高級住宅地。空から見ると一目瞭然の大きな敷地。その敷地内の4階建の家。そこの1階の暖炉を中心に広がる大きな居間。

 蜜葉家。この国の三代財閥と呼ばれるうちの、3番目の規模を持つグループの家。

「パパ!そんなの聞いてないんだけど!?」

 蜜葉るり。寝起きと共に居間に現れる。溢れそうな胸元のネグリジェ姿。父はその姿を見てもなんとも思わない。

「なんの話だ」
「鹿美華の人間がるりの学校に編入するんでしょ!?」
「ああ、そうだ」
「何を勝手に決めてるのよ!」
「すまんな。大人の事情ってやつだよ」

 るりの父、蜜葉櫛羅くじらはその白髭を捻りながらこうなる事、娘の反対がある事は予想していた。

 1ヶ月ほど前。

 その連絡に櫛羅が最初に覚えたのは恐怖だった。いつの日かの政財界の会合で対面した鹿美華琥太郎から電話があったのだ。名刺など交換しなければ良かった、と櫛羅は後悔した。

ー〝お前んとこの学校に娘を通わせたい〟ー

 鹿美華琥太郎は、蜜葉学園がるりの私物であることなど知る由もないし、知ったところで自分の意思を通すだろう。
 櫛羅は肯定する事しかできなかった。蜜葉と鹿美華の因縁は自分達が生まれる前から遡るほど歴史の深いものである。この提案には何かしらの意図があり、それを拒否する理由を探す方が難しかった。

 こうして急ぐ様に入校の手続きを取った次第だ。2月という微妙なタイミングで転校生を受け入れる蜜葉学園。

「大人の事情なんて知らないわよ!鹿美華って敵でしょ!?」
「今はそういう時代じゃない」
「ふん・・・まぁいいわ」
 蜜葉るりはなにかを企む様な顔をしている。

「るり。間違えても変な事はするなよ」
 櫛羅の心配はこれだ。馬鹿な娘が暴走しないか・・・それだけである。

「あそこはるりの学校よ」
「線引きをしろ。るり」
「はいはい」

 そう言って蜜葉るりは豊満な胸を揺らしながら、自分の部屋に戻る。

 入手した書類に目を通した。3人の転校生。爽奏律。男。顔は悪くないが癖毛が気に入らない。
 小早川優花里。女。雑草みたいな雰囲気が気に入らない。

 そして鹿美華小姫。

「カワイイ女が一番ムカつく」

 その紙を破り捨てる。


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