ボディガード -触れられないお姫様-

大野晴

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バック・スタバー(:起 大きな借り)

20 登校初日

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 「よし、これで決定だの!」
 優花里が模造紙を壁に貼る。大広間にいる3人。
模造紙には当番表が書かれている。これらはじゃんけんで決めたものだった。

・風呂掃除当番 
 月~土、律。日曜日、優花里。
・料理当番 
 月~金、律。土曜日、小姫。日曜日、優花里。
・トイレ掃除当番 
 月~日、律。

「ちょっと待て!俺の名前ばっかりじゃねーかよ!」と律。
「ジャンケンで決めたでしょ」と小姫。
「そうだの!正統な方法で決めたから文句は言わないの!」
 優花里は手際良く壁に貼った当番表が剥がれないようにより強くテープを貼っている。

「後、私は一番風呂しか入らないから」
 小姫が言う。ふたりは同意した。この家のルールは小姫だ。

「律。アンタは洗濯物も最後にやりなさいの」
「えっ?」
「女の子ふたりいるんだから当たり前だの」
「分かったよ」
 とほほ、という顔をしながらも全てを受け入れる。

(別に一緒でもいいのに・・・)そんな事を思う小姫。

 3人の学校生活が始まる。





 2月4日。遂に登校初日。ネイビーのブレザー、制服を着た3人。小姫はジャージ姿では無い。優花里は上半身だけ防護スーツを着て、短めのスカートから太めの足を露出していた。小姫は肌の露出を抑える為にスカートの下にはタイツを履いている。

 律と優花里の腰にはリーフォン。イヤホンは常に携帯するが耳にはつけない。有事の際に直ぐに取り出せる様、胸ポケットにしまっていた。

「よし!登校初日!張り切っていこう!」
「よろしく頼むわね」
「任せろの!小姫ちゃん!」

 歩いて10分の距離といえども初めての道は長く感じる。ふたりは常々警戒しながら、学校まで辿り着く。そして学校に到着した。まるで平凡な学生生活の登校。しかし、異変が訪れる。

 校門のど真ん中に腕組みをしている女が立っている。律はその腕からはみ出している胸に目線がいった。
(デ、デカい・・・!)


「おはよう。鹿美華の諸君」


蜜葉(みつは)るり。


 それだけ言い放ち、彼女は振り返って校舎へ向かう。

「なんだアイツ?」と律。
「デカ乳女だの」
「・・・あれは多分、るり御嬢様」
「お嬢様?」
「蜜葉財閥の御令嬢よ」

 小姫は勝手に敵対心を燃やしていた。そしてなんとなく、自分の胸元に目をやる。別に大きさなんて関係ない。そう言い聞かせる。でも、なんだか負けた気がしてならない。



「はい、それじゃあ自己紹介よろしく」

 蜜葉学園2年B組。
 そこに転校生3人が入ってきた。爽奏律、小早川優花里、そして鹿美華小姫。
 この学校の異質さには慣れている生徒達だが、3人の転校生が同じタイミングに同じクラスに来る事に、違和感を覚えていた。それも2月という中途半端な時期だ。もうすぐ3年生になる、進路選択の時期。

「爽奏律です。髪の毛がうねっているんですが、雨の日はもっとクルクルになります!よろしく!」
 パチ、パチパチとまばらな拍手。女生徒達は少しだけ心を躍らせる。

「小早川優花里だの。よろしくの」
 またしてもまばらな拍手。心なしか律よりも少ない。皆はその語尾が気になる。

「鹿美華小姫です」

 小姫はそれだけ言って、頭を下げる。髪が少し揺れた。

 ・・・その挨拶に、教室にいる全員が冷静にじっとしていた。さっきまでふたりに向けられていた拍手がない。そこで律達は感じ取る。

 ここが蜜葉のテリトリーである事を。

 それにしても、こんな幼稚なやり方なのか?とふたりは憤る。壇上に立つ3人に向けて、足組みをしている女が立ち上がる。蜜葉るりである。

「よろしくね」
 3人の返事を待たずに続けて話し出す。
「この学校はね、るりのモノなの。るりは極論、校長より上。この学校ではるりがルール。わかった?」

 その言葉に反論するのは、優花里だ。

「随分と横暴だの」
 その言葉に律が、ちょっ、と呟くが優花里は前に出る。
に飛び込んできたのはあなた達でしょ。郷に入ったら郷に従う。わかった?」
 分かりやすくおほほ、というお嬢様ジェスチャーをするるりは振り向いて自席に戻ろうとする。

「ダッさいの」
「るりに口答え?」
 蜜葉るりは胸を揺らしながら振り向く。

「初日から喧嘩はやめよっ!なっ!」
 律がなんとか取り繕う。

 律は思った。想像していたものと違う。ボディガードとしての役割よりもドロドロとした女の戦いの方が厄介かもしれない。そう思った。



 都内某所。

 若者で溢れかえる飲食店街。蝶ネクタイマークのタテイビルと呼ばれる雑居ビル。その地下。そこに男の棲家がある。

「なるほど。鹿美華と蜜葉のお嬢さんが同じ学校にねぇ」

 男はスピーカーモードでスマホから発せられる裏切り者の報告を話半分で聞いている。そんな事よりもモニタに夢中だ。画面には南米の不思議な虫を扱うドキュメンタリー番組が映し出されている。

『何かしら利用出来るかと』
「そうだな、うん」
 日本には存在しない形、色、大きさの虫がスローモーションで映し出される。その動きに男は快感を覚える。その正確な動き。素敵な動き。
 
「そろそろこの場所をイケニエと交代させるつもりだ。そしたら、罠、張ってみよっか?」
『ええ・・・』
「そんなんで殺せると思えないけどね、あの人は」
 裏切り者は男の言葉を待っている。

「何かしらの揺さぶりをかける。きっと俺たちの事も疑うだろうけど、混乱を招く事は出来るかもしれない」
『揺さぶりですか・・・』

「考えがあるんだ。というか、やってみたい事」
 モニタには鮮やかな色の蝶々が1匹飛んでいて、それにつられる様にもう1匹が飛んでいる。ひらひらと仲良く飛んでいた。

「引き続き頼むよ」
『ええ』



「しっかしまぁ、ヒヤヒヤしたぜ優花里」

 登校初日、朝のギスギスした空気以外は全くもって何事もなかった。律は無駄な心配に終わったな、と安堵している。爽奏・小早川家のリビングにて、3人はお茶を飲んでいた。

「だってムカつくの。ああいう暴君は釘刺しとかないと」
「ありがと、優花里ちゃん」と小姫。

 律は聞きたい事があった。それを口に出すか迷ったが、思い切って小姫に尋ねる。

「小姫はさ、どうしてその・・・学校に通いたいって思ったんだ?」

 律だけは知っている。小姫は特異体質が故に命を狙われている事を。あの日も、学校帰りに襲われていた。
 それでも、何故学校に通いたいのか、それが分からない。小姫は律の入れたいつもより渋い紅茶を飲み、答えた。

「延命措置」

「え?」
「私は鹿美華家のひとり娘なの。何がどう転んでも、私が後継あとつぎになる。そうしたらつまらない人生が待ってる。だから、少しでもお父さんには我儘を言ってる」

 律は家族の後継という言葉を考えた事も無かった。後継とか、そういう問題は農家とか歌舞伎役者の世界だけだと、浅い考えを持っていたからだ。

「なら、楽しまないといけないの。学校生活」
 優花里も渋い紅茶を飲んで言う。

「そ、そうだな。これを機に、蜜葉のあのオンナと仲良くして、楽しく1年を過ごしたいもんだ」
「そうなるといいけど・・・」

「女の子同士さ!仲良くやれよな!」
 律は適当な事を言って場を盛り上げようとする。

「律・・・」と小姫は名前を呼んでみる。
 律は小姫の顔を見る。小姫は今日も少しずつ律との距離を埋めようとしていた。
 小姫が父に通学をお願いした理由は、もうひとつある。間違いなく、律が警護についてくれるであろう、そういう確信があったからだ。延命措置の様な学園生活。出来れば、普通の女の子らしく、恋愛だってしたい。そういう気持ちが小姫にもある。

「なんだよ小姫」
 その問いに、小姫は紅茶を口に含み、それを確認して命令した。

「この紅茶、渋い。若草に淹れ方を教わりなさい」

 素直になれない。



 翌日。
 校門に到着した3人の前に現れたのは、やはり蜜葉るりだった。腕を組んで、その腕の上に豊満なそれが乗っかっている。

「おはよう。鹿美華の御三方」

「よぉ」
「おはようの」
「おはよう」

「お見せしたいものがありますの」
 そう言って蜜葉るりは下手くそな指パッチンをする。そうすると、どこからともなく、白いタキシード姿の2人の屈強な男が現れる。

「鹿美華小姫。貴方がボディガードをつける様に、るりもパパに頼んでボディガードをつけましたのよ!」
 高笑いし、蜜葉るりとボディガード達は校舎へ向かっていく。

「なんだアイツ。張り合ってんのか?」
「しかし巨乳だの」

「別に怖く無いわね」と小姫。

 その言葉が嬉しいふたり。



 律は常々平和を望んでいる。本気で戦争が無くなれば良いと思っているし、喧嘩は避けて通りたいタイプだ。そして今、小姫が望む学校生活を送らせてあげる為にできる事を彼なりに考えた。

(楽しい学校生活・・・それが一番だ)

 律は休み時間になると、すたすたと歩き出し、蜜葉るりの前に立つ。仲良くやろう、そういう作戦だ。近づけば近づくほど、律はるりの胸元に目がいってしまう。これはしょうがない事なのだ。

「なんの用です?」
「いやぁ~、なんというか、仲良く、ね」
「るりに命令なんて、良い度胸ですわ」
「めっ、命令って事じゃなくてさぁ」

 るりは律の中性的な顔、もじゃもじゃの頭を見て少し笑う。

「貴方と優花里が小姫お嬢様のボディガードなのよね?」
「ま、まぁ、そうだけど」

「決めたわ」
 そう言って、るりは下手くそな指パッチンを鳴らす。それに合わせ、どこからともなく白いタキシード姿の屈強な男がふたり。

「これは代理戦争よ。るりのボディガードとあなた達、どちらが強いのか、試しましょう」

「なっ、何言ってんだよ」
 予想だにしない謎の展開。
 聞き耳を立てていた優花里が参戦する。

「やってやるの!男どもなんて金蹴りで一発だの」と優花里。

 男どもには律も入っていた。

「勝負は今週金曜日。夕方。体育館で行うわ。2本勝負ね」
「おいおい、引き分けだったらどうするんだよ?」
「勝者を投票で決めるわ」
「蜜葉るり!それは卑怯だの!ここはお前の学校・・・」
「るりがルールよ。それとも、勝てないつもりなの?」
「そんなわけないの!」
「じゃあ、決まりね!」

 律のお節介は、あらぬ方向へ向かってしまった。
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