ボディガード -触れられないお姫様-

大野晴

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「可能性は低いかもしれないですけど・・・その・・・カノが信者かもしれなくて」

 再び全員が集まり、律が勇気を出して意見してみる。

「ふぅ。女泣かせだね律クンは」ガンマン清が茶化している。

「その女が透明教の信者だとして、どうなるってンだよ」琥太郎は律の言葉に呆れている。
「な、何か情報を引き出せたり・・・出来ないかなって」
 琥太郎の手持ちの中にも透明教の信者はいる。こういう時のために泳がせている鹿美華グループの人間は多数いるのだ。ただ、信頼できる人間が減ってきた今、その手持ちから情報を得られる自信はなかった。何より時間が無い。そして鹿美華のサーバーを利用してデータを得ようとする事は履歴を残してしまう。
 少しでも可能性を広げられるのであれば・・・と琥太郎は思った。

「1日やる。動いてみろ」

 あてになどしていない。ただ、それでも律のやる気を買ってみることにした。
 考えてみれば律という存在が現れてから、物事が進んでいるような気がする琥太郎。その可能性に任せることにした。



「新幹線なんて久しぶりだの」
 スティック状のスナック菓子をばりぼりと頬張る優花里。その隣に律。予定通り新幹線が出発する。律はリコに会いに行くことにした。鹿美華病院からは新幹線で1時間程度で到着する場所に、律の住んでいた街がある。
 優花里は一応、見張り役という名目で律と行動を共にすることになった。

「車の移動ばかりだったからね」
「なぁ、律。元カノって、前に話してた女の子の事だの?」
「うん」

 優花里は研修センターの時の律との会話を思い出していた。
 律がボディガードになる前、彼女がいて、それとは何も言わず音信不通のまま今日に至ると言うことを。

「ブッチした子でしょ?情報なんて聞きだせるのかの?」
「行ってみないと分からないよ」
「それもそうだの」

 律は理由をつけてでもリコに会いに行ける事を望んでいた。

 会って、懺悔しなければならない、そう思っていた。どこかで区切りをつけていたはずだが、ずっと心の片隅にそれがあったのだ。恋人を置いてきた、そういう罪悪感というよりは、人としてちゃんとせずに全てを置いてきた事、そこにわだかまりがある。

 本来なら、小姫が拐われた今、そんな事を考えるべきではなかった。それでも運命がまたリコに合わせる理由を引き寄せたのならば、あの日ボディガードの世界に飛び込んだように、身を委ねるべきだとそう思った。猛スピードで景色が移り行き、懐かしい景色が見え始める。



◆【鹿美華定例会まであと5日】

 何ひとつ変わらない学校の景色。運命がその道を変えなければ、彼はまだこの学校に通って、毎日を退屈に過ごしていたはずだ。

「こんなベタな待ち伏せでいいのかの?」

 優花里と律は校門から少し離れた場所でリコが現れるのを待っていた。奇跡的なタイミングなのか、今日は水曜日だ。毎週、リコとは水曜日の放課後に行動を共にする事は無かった。今考えてみれば、その水曜日はリコが宗教的な行事に参加していたのだろう、律はそう思った。そうなれば尚更、リコが現れる可能性は高い。

 律は同級生に会いたくなくて、簡易的な変装をしていた。黒縁の伊達メガネに野球帽。優花里にはダサいの、と言われたが気にしていない。

「きっと、現れる」そんな気がしている律。

「私、もしかして邪魔かの?」
「いいや、いて欲しい」
(いて欲しい・・・ってなんだの)
 律のその無神経な言葉に惑わされる優花里。

 学校のチャイムが鳴り、ちらほらと下校する生徒が現れる。伏し目がちなその視線で、確認していく律。懐かしい制服姿。生徒達が馬鹿な話をしながら、歩いていく。もしかしたら、見落としてしまうかもしれない。そんな事を思いながら、彼は歩いていく人々を注視した。

 忘れていたはずのその顔が、彼の視界に入った途端、全てを思い出した様なそんな気がした。

 そして少し律は涙ぐんでしまった。リコは律の姿には気がついていなかった。

 律は眼鏡と帽子をとり、リコに話しかける。


「リコ・・・」


 突如現れた人間に、リコは驚いた顔をしている。





「可能性が高いのは第3聖域サンクチュアリですね」清が語る。

 透明教の信者が集まる場所は支所と聖域サンクチュアリがある。支所は信仰心が未熟な信者が生活の合間に訪れる場所で、全国に点在する。聖域は透明教のシンボルである〝透明な板〟が配置された大きな敷地の事で、そこには大きな集会所や熱心な信者の為の宿泊施設になっていることが多い。

「それって・・・双子市の事か?」
 狭間は透明教の事は詳しく知らないが双子市の事は知っている。
「ああ。宗教都市。双子市」
「お役所も信者揃いのお花畑タウンか」琥太郎はニヤつく。

 西日本某所にある、双子市には透明教の第3聖域がある。この聖域は昔から熱心な信者が多く集まった名残から、都市の殆どが信者で構成されている。

「そこから2人を見つける事なんて、出来るのか・・・?」と狭間。
 ひとつの建物に侵入するならまだしも、残り5日程度で街ひとつから特定の人物を見つけ出すのは難しい。
「お前が弱気になってどうする。お前はここまでだ。医師の仕事を全うしろ」

「律くん達はどうする?」
「情報収集が終わり次第、双子市に向かうように命令しろ」
「分かった」



 律の頬は腫れていた。

 リコが律を認識した瞬間、彼女は律の頬を叩いた。律はいつの日かのように、綺麗な姿勢で謝った。まずは話を聞く、そういう流れで、近くのファミリーレストランに来た。
 リコの向かいには律と優花里が座っている。

「この人は、もしかして彼女?」
 リコは優花里を指差す。彼女から見える優花里は女っ気は少なくて、自分の方が勝っている、と思った。思っただけで、リコは律との関係を自分の中で解消している。

「違うの。仕事の仲間だの。優花里って言います」
「仕事?」

「リコ・・・どこから話をしたら良いのか・・・」

 若草が敵だと分かった今、律は小姫の事を話して良いのか分からなかった。
 彼女の体質の事については喋らずもあの日小姫が拐われて、それを助けて、流れるようにボディガードの世界に身を投じた事を説明した。

「リコ。許してほしいなんて思ってない。でも、何も言わずに去った事、本当にごめん」
 律は再び謝った。そのドラマみたいな言葉にリコは笑ってしまう。

「彼氏が出来たの」とリコは嘘をついた。
 律は驚かなかった。その反応もまたリコを傷つけた。

「そうなんだ・・・」
 そこで少しだけ微妙な間が空く。律にとって、その事実はどうでも良かったのだ。

「どうして今日、律は私に会いに来たの?」
「それは・・・」
 言い出しづらそうな律の声量に、優花里が語り出す。単刀直入に。

「透明教って知ってるかの?」
 その言葉にリコは少しだけ動揺を見せた。
 別に自慢するわけでもなく、誰に話すわけでもなく、それでもどこか後ろめたい気持ちがあり、リコは自分が信者である事を周りに隠していたからだ。
「知ってるよ」
「リコさんはその、宗教に入ってるのかの?」突如律の隣に現れた女。そのあまりにもデリカシーの無いその言葉にリコは難色を示した。

「仮に入ってたとして、何?」

 優花里は優花里で次の言葉に詰まる。リコはどちらかというと怒りの反応を見せていた。
 下手に刺激すれば、情報は得られないかもしれない。それを察した律が今度はその口を開く。

「小姫・・・鹿美華がその宗教に拐われてしまったんだ」
 律は多少捻じ曲がってはいるが、事実をリコに伝えてみた。真っ直ぐな言葉で、律は伝える。

「誘拐?」
「うん」
「何その話」
「信じられるわけ無いよな・・・」

「ズルいよ律」
「え?」
「だって、私が律が嘘つかない人だって、知ってるでしょ」
 リコは続ける。
「律は嘘がつけないから、あの日、何も言わずに消えた。そういう性格だって、私知ってる。だから律の今の話も信じる。けど・・・透明教はそんな事をするとは思えない」

「リコ・・・」

「そもそも、私は・・・いや、私の家庭は透明教の下層。上の組織の事なんて分からない」

「たっ、例えば、の話。誰かを匿うとすれば、どこに匿うのかな・・・とか、そういう情報があると嬉しい」
 律は元カノの表情を伺いながら恐る恐る尋ねてみる。

「透明教は隠すなんて、匿うなんて事しないよ」
 リコは下層ではあるが信者である。律も信じるが、律よりも神を信じている。

「そ、そうだよな」

 優花里はテーブルの下で律の靴を踏んだ。これ以上聞いても期待できないの、という意味だった。限りある時間、2人の仲直りに割いている場合では無い。優花里は場を切り上げようとする。

「でも・・・もし、助けるべき人を保護するのであれば・・・第3聖域・・・そこに一時保護施設があるの。そこかもしれない」

「第3聖域・・・」

流水るすい邸。そこには理由のある人や悩める人を落ち着かせる場所がある」

「ありがとう、リコ」

 律は心苦しい気持ちを抑えようと頑張った。事情を話せた事、そして情報さえ得られれば、リコに会う理由はもうなくなったのだ。限りない時間の中、この場を切り上げなければならない。


「そろそろいかないとの」優花里が場を切り上げる。

「ねぇ、律。また会える?」リコは尋ねてみる。

 席を離れて律は言う。

「うん」


 その時律は右頭部の髪の毛を触っていた。


 これはリコだけが知っているサインだった。

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