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竜の国
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「残念ですが、お子さんは死産でした。」
「そ、そんな……」
喜びと感動に包まれるはずだった大野家の居間には、押し殺したすすり泣きの声が静かに響いた。
「美佐子…疲れただろう、ゆっくりお休み……」
夫の優しい言葉も美佐子の耳には届かなかった。
死んだ我が子を抱きしめ、周りが何を言ってもそれを手放すことはなかった。
皆は、今は何を言っても無駄だと悟り、美佐子の部屋を離れた。
*
「美佐子…喉は……み、美佐子…?」
真夜中に、美佐子の部屋を訪ねた克彦は、すぐに部屋の異変に気が付いた。
そこにいるはずの美佐子と子供の亡骸がなかったのだ。
「み、美佐子ーー!」
外に飛び出した克彦の目に、子供を抱えてとぼとぼ歩く美佐子の姿が映った。
「美佐子!何をしてるんだ!」
克彦は、美佐子にすぐに追いつき、その腕を掴んだ。
「離して!」
克彦の手を振りほどこうと、美佐子は狂ったように身をよじる。
「美佐子、落ち着いて……」
克彦は優しく声をかけ、美佐子から手を離した。
「美佐子、外は寒い。
家に戻ろう…」
「いやよ。
私…これから森に行くんだから……」
「森に…?そんな所に行ってどうするんだ?」
「あなた、わからないの?
この子は死んだのよ!
結婚して10年も経って、諦めかけてたところにようやく出来て…順調に育ってたはずなのに死産だなんて、そんなこと……
そんな酷いことがある!?
私はもうこの世に生きていたくない。
生きる意味なんてもうないもの。
それに…可哀想だわ。
まだこんなに小さいのに、たった一人で旅立たせるなんて…
だから、私が一緒にいくの。
そしたら、この子だって寂しくないでしょう?」
「馬鹿なことを言うんじゃない!
そんなことをしたら、この子が悲しむぞ!
さぁ、帰ろう…」
「いやだって言ってるでしょう!」
涙で潤む美佐子の思いつめた顔を見た時、克彦は美佐子のたとえようのない悲しみを痛感した。
「私の好きにさせて…
私はもう…生きていけない……」
「美佐子……」
すすり泣く美佐子の肩に、克彦が静かに手を置いた。
「……わかったよ、美佐子。
なら、僕も一緒に行こう。」
「……え?」
「結婚する時に言っただろう?
僕は一生君を守る、君の傍から離れない…って。」
「あなた……」
どこか照れたように微笑む克彦に、美佐子は大粒の涙をこぼしながら頷いた。
「美佐子、赤ちゃんは僕が抱こう。
君は疲れているだろう?」
美佐子は、赤ん坊を強く抱きしめ、首を振る。
「そう…わかったよ。
じゃあ、赤ちゃんの顔を見せてくれるかい?」
美佐子は、ゆっくりと頷き、赤ん坊の顔を月明かりの下に差し出した。
「……本当に可愛いね。
目元なんて君にそっくりだ。」
「そうかしら?
私はあなたに似てるって思ったんだけど……」
二人の瞳には、じわじわと熱い涙が溜まっていった。
「まるで眠ってるみたいだな……」
「……せっかく名前も決めてたのに……」
「……翔……
目を覚ませ……
いつまで寝てるつもりなんだ……
翔ーーー!」
血を吐くような克彦の声が、夜の静寂に響き渡る。
その声に応えるように、唐突に赤ん坊の目が開いた。
「あ……」
「ま、まさか……」
目を見開いた赤ん坊は大きな声で泣きだした。
「あ、あなた…あ、赤ちゃんが…赤ちゃんが!」
「美佐子、家に戻ろう!
さぁ、早く!」
二人は、わけがわからないまま家に駆け戻った。
その後、二人の赤ん坊・翔は、大きな病気をすることなく、すくすくと育っていった。
ごく普通の人の子として……
~終わり。
「残念ですが、お子さんは死産でした。」
「そ、そんな……」
喜びと感動に包まれるはずだった大野家の居間には、押し殺したすすり泣きの声が静かに響いた。
「美佐子…疲れただろう、ゆっくりお休み……」
夫の優しい言葉も美佐子の耳には届かなかった。
死んだ我が子を抱きしめ、周りが何を言ってもそれを手放すことはなかった。
皆は、今は何を言っても無駄だと悟り、美佐子の部屋を離れた。
*
「美佐子…喉は……み、美佐子…?」
真夜中に、美佐子の部屋を訪ねた克彦は、すぐに部屋の異変に気が付いた。
そこにいるはずの美佐子と子供の亡骸がなかったのだ。
「み、美佐子ーー!」
外に飛び出した克彦の目に、子供を抱えてとぼとぼ歩く美佐子の姿が映った。
「美佐子!何をしてるんだ!」
克彦は、美佐子にすぐに追いつき、その腕を掴んだ。
「離して!」
克彦の手を振りほどこうと、美佐子は狂ったように身をよじる。
「美佐子、落ち着いて……」
克彦は優しく声をかけ、美佐子から手を離した。
「美佐子、外は寒い。
家に戻ろう…」
「いやよ。
私…これから森に行くんだから……」
「森に…?そんな所に行ってどうするんだ?」
「あなた、わからないの?
この子は死んだのよ!
結婚して10年も経って、諦めかけてたところにようやく出来て…順調に育ってたはずなのに死産だなんて、そんなこと……
そんな酷いことがある!?
私はもうこの世に生きていたくない。
生きる意味なんてもうないもの。
それに…可哀想だわ。
まだこんなに小さいのに、たった一人で旅立たせるなんて…
だから、私が一緒にいくの。
そしたら、この子だって寂しくないでしょう?」
「馬鹿なことを言うんじゃない!
そんなことをしたら、この子が悲しむぞ!
さぁ、帰ろう…」
「いやだって言ってるでしょう!」
涙で潤む美佐子の思いつめた顔を見た時、克彦は美佐子のたとえようのない悲しみを痛感した。
「私の好きにさせて…
私はもう…生きていけない……」
「美佐子……」
すすり泣く美佐子の肩に、克彦が静かに手を置いた。
「……わかったよ、美佐子。
なら、僕も一緒に行こう。」
「……え?」
「結婚する時に言っただろう?
僕は一生君を守る、君の傍から離れない…って。」
「あなた……」
どこか照れたように微笑む克彦に、美佐子は大粒の涙をこぼしながら頷いた。
「美佐子、赤ちゃんは僕が抱こう。
君は疲れているだろう?」
美佐子は、赤ん坊を強く抱きしめ、首を振る。
「そう…わかったよ。
じゃあ、赤ちゃんの顔を見せてくれるかい?」
美佐子は、ゆっくりと頷き、赤ん坊の顔を月明かりの下に差し出した。
「……本当に可愛いね。
目元なんて君にそっくりだ。」
「そうかしら?
私はあなたに似てるって思ったんだけど……」
二人の瞳には、じわじわと熱い涙が溜まっていった。
「まるで眠ってるみたいだな……」
「……せっかく名前も決めてたのに……」
「……翔……
目を覚ませ……
いつまで寝てるつもりなんだ……
翔ーーー!」
血を吐くような克彦の声が、夜の静寂に響き渡る。
その声に応えるように、唐突に赤ん坊の目が開いた。
「あ……」
「ま、まさか……」
目を見開いた赤ん坊は大きな声で泣きだした。
「あ、あなた…あ、赤ちゃんが…赤ちゃんが!」
「美佐子、家に戻ろう!
さぁ、早く!」
二人は、わけがわからないまま家に駆け戻った。
その後、二人の赤ん坊・翔は、大きな病気をすることなく、すくすくと育っていった。
ごく普通の人の子として……
~終わり。
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