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策略

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「それじゃあ、井戸に飛び込んだ人達は皆、未来に行ってしまったってことなのかい?」

「そうじゃないわ。
井戸で落下する時間は1秒で1年と言われてるの。
もし、10年後に行きたいと考えるなら、飛びこんで10秒後に『出たい!』と強く念じればそこで出られると言われているのだけど、その気持ちが強くなければ…ほんの少しでも迷いがあれば、その人は果てることのない時の彼方に飛ばされると言われているわ。
本当に行きたい時代へ行けた人なんていないんじゃないかしら?
だからこそ、時の奈落と呼ばれているの…
わかったでしょう?時の奈落がどれほど危険なものかってことが…
興味本意で飛びこむ人があってはいけないから、この話は決して誰にも話してはいけないと言われているの。」

「そうだったのか…
そんなに危険なものだったのか…
でも、そんな物騒なものが君の屋敷にあるとは思ってもみなかったよ。」

「時の奈落は、屋敷にはないの。
ここから随分離れた別荘にあるのよ。
母の実家の近くなの。」

「別荘?どんな所なんだい?」

「森に囲まれたとても気持ちの良い所よ。
今の別荘よりもうんと広いし、町からもそう離れてはいなくて、近くの丘からは星がよく見えて…
子供の頃、何度か行ったことがあるけど、私はそこが大好きだったわ。」

「へぇ…そんなに良い所なんだ…
僕もぜひ行ってみたいなぁ…
僕は今まで旅行もほとんどしたことがないんだ。
そんな素敵な所で、君と二人っきりで星を眺めることが出来たら…
考えただけでも胸がわくわくするよ…」

そう言って、ベルナールはにっこりと微笑んだ。



「ベルナール…」







「お父様、ちょっとお話があるのですが…」

その晩、シャルロットはボーランジェに声をかけた。



「なんだ、シャルロット。」

「実は……ベルナールと旅行に行きたいのです。」

シャルロットは、おずおずとそう呟いた。



「……式がすんでからではいけないのか?」

「今の季節にいきたいと思ったのですが…
駄目ですか?」

「来年にはもう結婚も決まっているのだから、いけないことはないのだが…」

「ほ、本当ですか?お父様!」

「それでどこへ行くつもりなんだ?」

「はい、それは…」

シャルロットは、亡くなった母の生まれ故郷を訪ね、ベルナールの事を母の先祖の墓へも報告したいと話した。
その話を聞いた途端、ボーランジェは二人の旅行を快く許可した。
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