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ココア
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(おぉ、さむ……)
分厚いコートを着ていても、寒さが肌を刺す。
私は身を縮め、コートの襟を立てた。
こんな日は、残して来たあの子のことを思い出す。
あんな別れ方をしたのだもの…きっと、あの子は私のことを恨んでいるだろう。
あの日以来、あの子のことを忘れたことは一度もない。
会いたくてたまらなくて、どれほどの涙を流したことだろう。
でも、私はもうあの子には会えない。
会える資格なんてない。
私に許されるとしたら、それは、寒い日にこうして近所の公園に来ることくらい。
北風の吹く寒い日…薄暗い公園…
あの日のことが…あの子のことが鮮明に思い出せるから…
私のしたことが正しかったのかどうか、それは今でもわからない。
ただ…あの時の私にはそれが誰にとっても最善の方法だと思ったから…
誰のことも傷つけたくなくて…悩んで、考えた末に決めたことだった。
だけど、傷付けないなんて出来るはずがない。
あの子も、あの人もきっと深く傷付いたと思う。
そう、いつかは詫びなきゃいけない。
でも…ずっとそのきっかけが掴めない。
会いたいけど…会うのが怖い…
「母さん!」
私を物思いから覚めさせたのは、息子の声だった。
「和人…」
「何してんの?こんな寒い所で…」
和人は駆け寄り、私の隣に腰かけた。
「ココアを飲もうと思って、ね。」
「どういうこと?」
「ほら、体が冷たくなってたら、ココアがますます美味しく感じるじゃない。」
「もう…母さんはおかしなことばかり考えるんだから。
こんなところにいたら、風邪引くよ。
早く帰ろうよ。」
「……そうね。」
私はベンチから立ち上がった。
息子は、真面目で親想いで本当に良い子だ。
どうしてそんな良い子が出来たのかわからない。
この子の父親は、私の尊厳を踏みにじり、無理矢理に私を汚した男なのに…
……父親の具合が悪くて、実家に戻った帰りの出来事だった。
病院からの帰り、私は実家近くの薄暗い道をひとりで歩いていた。
そして……
誰にも話せなかった。
母にも姉妹にも、あの人にも…
そのことは私だけの胸におさめて、私は何もなかったような顔で毎日を過ごしてた。
私の心は傷付き、血を流していたけれど、でも、周りの誰にも気付かれてはいけない。
言ったらきっと大変なことになる。
忘れてしまおう…そう、きっといつか忘れられる。
そう思って、私は耐え続けた。
だけど、それからしばらくして、私は妊娠に気付いた。
直感的に、それがあの忌まわしき相手の子だと思った。
でも…黙っていれば、きっとあの人は何の疑問も抱くことなく、自分の子だと思ってくれるだろう。
そうすれば、誰も傷付かない。
そう思ったものの、私の心は悲鳴を上げ始めた。
あの人を欺くことが苦しくてたまらなかった。
すべてを話したら、きっとあの人は傷付く。
皆が傷付く。
だから、私は家を離れることにした。
『ねぇ、公園に行かない?』
『えっ!?こんなに寒いのに?』
『温かくしていけば大丈夫だよ。
かくれんぼしようよ!』
私は、のぞみの首にマフラーをぐるぐる巻きにして…
木に向かい、数を数えるのぞみを置いて、私は走った。
走って、走って、北風の寒さも感じなくなる程走って…
「母さん、ココアには牛乳たっぷりね。」
「え?……あ…あぁ、わかってるわ。」
今は、申し訳ない程幸せに暮らしている。
私みたいな罪深い女がどうして…?
「あ、どうせならケーキでも買って帰ろうか?」
「…そうね。」
いつか来るだろうか…
あの子やあの人に会える日が…
謝ることが出来る日が…
分厚いコートを着ていても、寒さが肌を刺す。
私は身を縮め、コートの襟を立てた。
こんな日は、残して来たあの子のことを思い出す。
あんな別れ方をしたのだもの…きっと、あの子は私のことを恨んでいるだろう。
あの日以来、あの子のことを忘れたことは一度もない。
会いたくてたまらなくて、どれほどの涙を流したことだろう。
でも、私はもうあの子には会えない。
会える資格なんてない。
私に許されるとしたら、それは、寒い日にこうして近所の公園に来ることくらい。
北風の吹く寒い日…薄暗い公園…
あの日のことが…あの子のことが鮮明に思い出せるから…
私のしたことが正しかったのかどうか、それは今でもわからない。
ただ…あの時の私にはそれが誰にとっても最善の方法だと思ったから…
誰のことも傷つけたくなくて…悩んで、考えた末に決めたことだった。
だけど、傷付けないなんて出来るはずがない。
あの子も、あの人もきっと深く傷付いたと思う。
そう、いつかは詫びなきゃいけない。
でも…ずっとそのきっかけが掴めない。
会いたいけど…会うのが怖い…
「母さん!」
私を物思いから覚めさせたのは、息子の声だった。
「和人…」
「何してんの?こんな寒い所で…」
和人は駆け寄り、私の隣に腰かけた。
「ココアを飲もうと思って、ね。」
「どういうこと?」
「ほら、体が冷たくなってたら、ココアがますます美味しく感じるじゃない。」
「もう…母さんはおかしなことばかり考えるんだから。
こんなところにいたら、風邪引くよ。
早く帰ろうよ。」
「……そうね。」
私はベンチから立ち上がった。
息子は、真面目で親想いで本当に良い子だ。
どうしてそんな良い子が出来たのかわからない。
この子の父親は、私の尊厳を踏みにじり、無理矢理に私を汚した男なのに…
……父親の具合が悪くて、実家に戻った帰りの出来事だった。
病院からの帰り、私は実家近くの薄暗い道をひとりで歩いていた。
そして……
誰にも話せなかった。
母にも姉妹にも、あの人にも…
そのことは私だけの胸におさめて、私は何もなかったような顔で毎日を過ごしてた。
私の心は傷付き、血を流していたけれど、でも、周りの誰にも気付かれてはいけない。
言ったらきっと大変なことになる。
忘れてしまおう…そう、きっといつか忘れられる。
そう思って、私は耐え続けた。
だけど、それからしばらくして、私は妊娠に気付いた。
直感的に、それがあの忌まわしき相手の子だと思った。
でも…黙っていれば、きっとあの人は何の疑問も抱くことなく、自分の子だと思ってくれるだろう。
そうすれば、誰も傷付かない。
そう思ったものの、私の心は悲鳴を上げ始めた。
あの人を欺くことが苦しくてたまらなかった。
すべてを話したら、きっとあの人は傷付く。
皆が傷付く。
だから、私は家を離れることにした。
『ねぇ、公園に行かない?』
『えっ!?こんなに寒いのに?』
『温かくしていけば大丈夫だよ。
かくれんぼしようよ!』
私は、のぞみの首にマフラーをぐるぐる巻きにして…
木に向かい、数を数えるのぞみを置いて、私は走った。
走って、走って、北風の寒さも感じなくなる程走って…
「母さん、ココアには牛乳たっぷりね。」
「え?……あ…あぁ、わかってるわ。」
今は、申し訳ない程幸せに暮らしている。
私みたいな罪深い女がどうして…?
「あ、どうせならケーキでも買って帰ろうか?」
「…そうね。」
いつか来るだろうか…
あの子やあの人に会える日が…
謝ることが出来る日が…
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