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牡丹の庭
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鮮やかな赤や薄桃色、えんじの色が、庭を埋め尽くす。
(富貴子…
遅くなったけど、ようやく出来たんだ、おまえの庭が…)
私は空を見上げ、心の中でそう呟いた。
*
「いつか金持ちになって、牡丹の庭を作ってやるよ。」
「いいわよ、そんなの…私、牡丹ってあまり好きじゃないのよ。
だって、こんなに地味で華がない私が牡丹って柄じゃないでしょ?」
確かにそれは間違いではない。
富貴子は、綺麗な顔をしてはいたが、どこか影のある寂し気な顔で、華やかというには程遠かった。
「父さんは、きっと私が母に似ると思って、富貴子なんて名前を付けたんだわ。
もしくは、ただお金持ちになってほしかっただけか…」
「そうかもしれないな。
でも、牡丹は花の王とも言う。
皇帝に愛された花だとも言う。
牡丹の庭があったら、きっと俺も出世出来るんじゃないか?」
「そんな都合の良いこと……」
富貴子はそう言って笑った。
俺と富貴子が知り合ったのは、ある小さな居酒屋だった。
どんなことがきっかけなのかは忘れてしまった。
とにかく、知り合って半年程が経った頃、俺と富貴子はすでに一緒に暮らすようになっていた。
結婚しても良かったのに、なぜだか俺達はけじめをつけることをせず、そのままずるずると何年かを過ごしてしまった。
とはいえ、いずれは一緒になるつもりだった。
富貴子以外に、結婚したいと思う女はいなかった。
ある時、部長から見合い話を持ちかけられた。
部長はなぜだか俺のことを気に入っていたようだ。
見合いの相手は、部長の娘だった。
俺はそのことを富貴子に話した。
端からそんな見合い話を受けるつもりはなかったし、富貴子に少しばかり心配させてやりたかったという気持ちからだ。
「そうなんだ、良かったじゃない。」
富貴子は動揺する素振りもなくそう言った。
「良いのか、俺が他の女に取られても…」
「構わないよ。」
「そっか、じゃあ、見合いしてみようかな。」
「そうだね、良い話だもんね。」
富貴子の冷たさに、俺はついかっとした。
強がりなのかもしれないが、顔色一つ変えない富貴子のことが俺はどうも気に食わなかった。
俺は、見合いをした。
それは、富貴子への当てつけにすぎなかった。
だが、俺の想いとは裏腹に、話はどんどん結婚へと向かって行った。
そして、ある時…
富貴子は唐突にいなくなってしまったのだ。
身の周りのものだけを持って…
俺は、富貴子を探し回った。
けれど、何年探しても、富貴子の行き先は手がかりひとつ見つからなかった。
三年後…押し切られるような形で、俺は、部長の娘と結婚した。
次の年には娘が生まれ、三年後には息子が生まれた。
昨年、義父が亡くなり、俺達は義父の家で暮らすことになった。
広い庭のある一軒家だ。
それを見た時…俺の脳裏に昔の約束がよみがえった。
『いつか金持ちになって、牡丹の庭を作ってやるよ。』
富貴子は姿を消し、俺にはもう家族がいる。
それなのに、俺は、その約束を叶えたくなったのだ。
馬鹿げたことをしているという自覚はありつつも、俺はやめることが出来なかった。
「牡丹が好きだなんて知らなかったわ。」
背後から妻の声がした。
「……まぁな。俺は昔から牡丹が大好きだったんだ。
今も…好きだ。」
それなのに、なぜこんなことになったのだろう。
自分の愚かさに、俺は深い溜め息を吐く。
牡丹の名を持つ彼女を、今もなお恋しく想いながら…
(富貴子…
遅くなったけど、ようやく出来たんだ、おまえの庭が…)
私は空を見上げ、心の中でそう呟いた。
*
「いつか金持ちになって、牡丹の庭を作ってやるよ。」
「いいわよ、そんなの…私、牡丹ってあまり好きじゃないのよ。
だって、こんなに地味で華がない私が牡丹って柄じゃないでしょ?」
確かにそれは間違いではない。
富貴子は、綺麗な顔をしてはいたが、どこか影のある寂し気な顔で、華やかというには程遠かった。
「父さんは、きっと私が母に似ると思って、富貴子なんて名前を付けたんだわ。
もしくは、ただお金持ちになってほしかっただけか…」
「そうかもしれないな。
でも、牡丹は花の王とも言う。
皇帝に愛された花だとも言う。
牡丹の庭があったら、きっと俺も出世出来るんじゃないか?」
「そんな都合の良いこと……」
富貴子はそう言って笑った。
俺と富貴子が知り合ったのは、ある小さな居酒屋だった。
どんなことがきっかけなのかは忘れてしまった。
とにかく、知り合って半年程が経った頃、俺と富貴子はすでに一緒に暮らすようになっていた。
結婚しても良かったのに、なぜだか俺達はけじめをつけることをせず、そのままずるずると何年かを過ごしてしまった。
とはいえ、いずれは一緒になるつもりだった。
富貴子以外に、結婚したいと思う女はいなかった。
ある時、部長から見合い話を持ちかけられた。
部長はなぜだか俺のことを気に入っていたようだ。
見合いの相手は、部長の娘だった。
俺はそのことを富貴子に話した。
端からそんな見合い話を受けるつもりはなかったし、富貴子に少しばかり心配させてやりたかったという気持ちからだ。
「そうなんだ、良かったじゃない。」
富貴子は動揺する素振りもなくそう言った。
「良いのか、俺が他の女に取られても…」
「構わないよ。」
「そっか、じゃあ、見合いしてみようかな。」
「そうだね、良い話だもんね。」
富貴子の冷たさに、俺はついかっとした。
強がりなのかもしれないが、顔色一つ変えない富貴子のことが俺はどうも気に食わなかった。
俺は、見合いをした。
それは、富貴子への当てつけにすぎなかった。
だが、俺の想いとは裏腹に、話はどんどん結婚へと向かって行った。
そして、ある時…
富貴子は唐突にいなくなってしまったのだ。
身の周りのものだけを持って…
俺は、富貴子を探し回った。
けれど、何年探しても、富貴子の行き先は手がかりひとつ見つからなかった。
三年後…押し切られるような形で、俺は、部長の娘と結婚した。
次の年には娘が生まれ、三年後には息子が生まれた。
昨年、義父が亡くなり、俺達は義父の家で暮らすことになった。
広い庭のある一軒家だ。
それを見た時…俺の脳裏に昔の約束がよみがえった。
『いつか金持ちになって、牡丹の庭を作ってやるよ。』
富貴子は姿を消し、俺にはもう家族がいる。
それなのに、俺は、その約束を叶えたくなったのだ。
馬鹿げたことをしているという自覚はありつつも、俺はやめることが出来なかった。
「牡丹が好きだなんて知らなかったわ。」
背後から妻の声がした。
「……まぁな。俺は昔から牡丹が大好きだったんだ。
今も…好きだ。」
それなのに、なぜこんなことになったのだろう。
自分の愚かさに、俺は深い溜め息を吐く。
牡丹の名を持つ彼女を、今もなお恋しく想いながら…
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