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side 香織
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「実はね……」
次の日の夕食時、母さんがどこか言い出しにくそうにして話を切り出した。
「どうかしたの?」
「昨日、あんたを見たんだよ。」
「見たって……?」
母さんは珍しく瞳を伏せたまま、話を続けた。
昨日、買いたいものがあってスーパーに向かったものの、休みだということを途中で思い出し、天気も良かったことから、駅の南側のスーパーへ行ったのだという……
「そ、それじゃあ、見たっていうのは……」
「余計なお世話かもしれないけど、あの人は結婚してるんだろう?
そういう人を好きになんかなったって……」
「か、母さん!何を勘違いしてるの?
私、言ったよね?
以前、旦那さんが風邪で倒れた時に知り合ったご夫婦に、お花を教えてるって。」
私は焦る気持ちをひた隠し、必死に平静を装いながら話した。
「あれ……教えてるのは奥さんじゃなくて旦那さんの方なんだよ。
それで、その代わりに私は料理を習ってて……」
「え……?」
「あのね……あの旦那さんは、見た目はごく普通に見えるかもしれないけど、実は心に大きな傷を持っててね……
ほら、四年ほど前に南口の方で事故があったじゃない。覚えてるよね?
事故で亡くなったのが、旦那さんのご両親で……つまり、目の前で事故を目撃したんだよ。
ご両親は旦那さんを迎えに行ってたらしくて、そのこともとても気に病んで……
それで、今は奥さんが働いて、旦那さんが家事をやるっていう生活をされてるんだ。」
「あの事故の……」
「それにね、亡くなった旦那さんのお母さんっていうのが、うちのお店によく来てくれてたお客さんでね。
本当にびっくりしたよ。」
「そうかい……そんなことが……そりゃあ気の毒な話だね。」
その言葉には、妙に感情がこもっていた。
他人のことにはあまり干渉もしなければ、気にもしない母にしては珍しいことだと思った。
「わかるよ……
私もしばらくは外に出るのが怖くて出られなかったからね……」
「え…?」
「外にはたくさんの車が走ってる。
それを見る度に、事故のことが思い出されて胸が苦しくなった。
そんなことじゃいけない。
乗り越えなきゃって思えば思うほど、怖さが増してね……」
「母さん……」
そんな話、今まで一度も聞いたことがなかった。
母さんは、昔は明るくておおらかな性格だったせいか、まさかそんな想いをしてたなんて、私は考えたこともなかった。
「実はね……」
次の日の夕食時、母さんがどこか言い出しにくそうにして話を切り出した。
「どうかしたの?」
「昨日、あんたを見たんだよ。」
「見たって……?」
母さんは珍しく瞳を伏せたまま、話を続けた。
昨日、買いたいものがあってスーパーに向かったものの、休みだということを途中で思い出し、天気も良かったことから、駅の南側のスーパーへ行ったのだという……
「そ、それじゃあ、見たっていうのは……」
「余計なお世話かもしれないけど、あの人は結婚してるんだろう?
そういう人を好きになんかなったって……」
「か、母さん!何を勘違いしてるの?
私、言ったよね?
以前、旦那さんが風邪で倒れた時に知り合ったご夫婦に、お花を教えてるって。」
私は焦る気持ちをひた隠し、必死に平静を装いながら話した。
「あれ……教えてるのは奥さんじゃなくて旦那さんの方なんだよ。
それで、その代わりに私は料理を習ってて……」
「え……?」
「あのね……あの旦那さんは、見た目はごく普通に見えるかもしれないけど、実は心に大きな傷を持っててね……
ほら、四年ほど前に南口の方で事故があったじゃない。覚えてるよね?
事故で亡くなったのが、旦那さんのご両親で……つまり、目の前で事故を目撃したんだよ。
ご両親は旦那さんを迎えに行ってたらしくて、そのこともとても気に病んで……
それで、今は奥さんが働いて、旦那さんが家事をやるっていう生活をされてるんだ。」
「あの事故の……」
「それにね、亡くなった旦那さんのお母さんっていうのが、うちのお店によく来てくれてたお客さんでね。
本当にびっくりしたよ。」
「そうかい……そんなことが……そりゃあ気の毒な話だね。」
その言葉には、妙に感情がこもっていた。
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「わかるよ……
私もしばらくは外に出るのが怖くて出られなかったからね……」
「え…?」
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それを見る度に、事故のことが思い出されて胸が苦しくなった。
そんなことじゃいけない。
乗り越えなきゃって思えば思うほど、怖さが増してね……」
「母さん……」
そんな話、今まで一度も聞いたことがなかった。
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