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壺の向こうへ

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 「僕、やっぱり帰る…」

 「な、何言ってるんだ。
せっかくここまで来たのに…」

 「疲れたのか?」



 運の悪いことに、天狗の籠屋はどこもいっぱいだった。
ミマカさんの家まではけっこう遠い。
 天狗の籠屋が使えなかったら、数日で戻るのは無理だ。
ゆかりさんに任せて俺だけ帰ろうかとも思ったけど、二人で話し合った末、今回は天国は諦めて、軽く旅行して帰ろうってことになったんだ。
なのに、まだついて間もないっていうのに、美戎は突然帰るって言い出したんだ。



 「なぁ、美戎…どうしたんだよ。」

 「どうって…やっぱり、なんか気が乗らないっていうか……」

 「ば、馬鹿だな、美戎…おまえ、きっと腹がすいてるだけなんだ。
あ、あそこに食堂がある!
 俺も腹が減って来たし、あそこで何か食べよう。」

 「でも、僕…そんなにお腹減ってないし…」

 「気付いてないだけだって!」

 俺は半ば強引に美戎の背中を押し、近くの食堂へ向かった。



 *



 「美戎…もういいのか?」

 「うん、最近、あんまり食欲ないし…」

そう答えた美戎の前には、テーブルに並びきれない程の空になった皿が並んでた。
 身体の方は大丈夫そうだ。
 本人が言う通り、気分的なものなんだろう。



 「美戎…どこか行きたい所はないか?」

 「特にはないよ。」

 「温泉なんてどうだ?」

 「温泉はこのあたりにはないぞ。」

 「え?そうなんだ?
じゃ、じゃあ…えっと…」

 俺はまだそれほどこっちの世界のことを知ってるわけじゃない。
だから、何をすすめたらいいのか迷ってたら、気まずい沈黙が流れて……



「やっぱり、僕、かえ…」
 「あたいの家に行ってみるか?」

 美戎の言葉に、ゆかりさんの言葉が重なった。



 「今、なんて言ったの?」

 「だから…あたいの生まれた家に行ってみるかって言ったんだ。
ここからだとけっこう近いし、あたいも、あそこが今どうなってるか見てみたいしな。」

 「ゆかりさんの生家か…
あ……それは、つまり、早百合さんの先祖の家でもあるんだよね…」

 「ま、そういうことだな。」

 美戎は黙って、なにかを考えていた。
とりあえず、今の話に関心を持ったみたいだ。



 「そうだね…僕もちょっと見てみたい気がするよ。
うん、行ってみようよ。」

 「そ、そうか!じゃあ、そうしよう!」
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