1ページ劇場①

ルカ(聖夜月ルカ)

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登竜門の向こう

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「やめろよ!そんな事出来るわけないだろ!」

「そもそも、あんな話、ただの伝説に決まってる!
無駄死にする気か!」

「どうしてそんな事がしたいの?
あなた、今の暮らしに何か不満でもあるの?」

「そうだぞ、このままここにいたら何の心配もなく幸せに暮らせるんだ。」



一匹の若い鯉を囲んで、たくさんの鯉達が、その者の想いを留まらせようと懸命に説得を続けました。

しかし、若い鯉の固い決心は少しも揺らぐ事なく、ただ一言こう言いました。



「皆の気持ちはありがたいけど……でも、もう決めた事なんだ。」



若い鯉はそう言うと、振り返りもせず急流に向かって泳ぎ出しました。
残された鯉達は、その姿をただ呆然と見送る事しか出来ませんでした。








(さすがにきついや!)



若い鯉は、他の鯉よりも身体が大きく、泳ぐ速さも誰よりも速く滝登りも得意でした。
鯉達の間には、この急流を遡る事が出来た鯉は龍になれるという伝説がありましたが、今まで誰一匹としてそれに成功した者はおろか、そんな事をしてみようと考える者もいませんでした。



若い鯉も最初は迷いがありました。
今の生活はとても快適で、そんな途方もない伝説を信じているわけでもありませんでしたし、殊更龍になりたいという気持ちがあったわけでもないのですから。
しかも、成功の見こみはとても低く、失敗すれば馬鹿にされるどころか、命を失ってしまうだろうこともわかっていました。



なのに、急流を登ってみたいという気持ちは日増しに大きなものとなり、いつしか抑え切れないものとなっていました。



若い鯉自身にも、なぜそんなことをしたいのか、その理由がわかりません。
身体がばらばらに砕かれそうな激しい急流の中では、もはや、そんなことを考える余裕すらありません。



目の前に現れた大きな岩が…河底の小石が若い鯉の身体を傷つけます。
眠ることも食べることも出来ない状況の中で、若い鯉はおびただしい血を流し、ただただ急流を進み続けました。
どのくらいの時が経ったのかもわからず、最初は感じていた痛みさえわからなくなり……
ここがどこなのか、自分が何をしているのかもわからなくなった頃、若い鯉はふと自分の命が間もなく尽きることを感じました。



(僕は…負けたんだ……)



ゆっくりと瞼を閉じた若い鯉の身体は力を失い、あちこちの岩にぶつかって、原型ほど留めない有り様で元の場所に流されて行きました。







「こんな所を登って行ったの?」

「そうだよ。」

「へぇ……」



若い鯉がいなくなってから長い長い時が流れました。
彼は急流を登りきることが出来ませんでしたが、様々な形で彼のことは他の鯉達の心に残り、やがてそれは伝説になりました。

彼がどうしてそんなことに挑んだのかは、誰にもわからないままに……
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