1ページ劇場①

ルカ(聖夜月ルカ)

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いるはずのないあなた

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「あーー!ドジ也!」

「いてて…な、なに、それ?」

「思い出した!
そうよ、よくそんな風に転んでた子がいたわ!
それで、早紀があなたのことを『ドジ也』って呼んでて…」



「……酷いなぁ。
そんな記憶しかないの?」

西原君は、ぱんぱんと土を払いながらゆっくりと立ちあがる。



「でも、ま、いっか。
思い出してもらえたんだし…
あぁ…また買ってこなきゃ……」

彼は、そこらにぶちまかれたかき氷の残骸に、小さな溜め息を漏らした。



「良いわよ。
それより、怪我しなかった?
えらく派手に転んだけど…」

「……池波さん…優しいんだね。」

照れ臭さと嬉しさに、急に顔が熱くなる。



「ねぇ……花火は何だったの?
私、本気で花火買ってきたんだけど…」

恥ずかしくなって、私は話をはぐらかした。



「花火であの頃の記憶ってない?」

そう言われてもそれらしき記憶は何も思い出せない。



「……やっぱり。
ま、いいや。
じゃあ、池波さん…花火見せてくれる?」

「……いいわよ。」

私が買って来たのは小さな花火セット。
大きな音がするものは怖いから、小さな子供でも出来る地味な花火のセット。
私は線香花火を取り出して、しゃがんでそれに火をつけた。



……懐かしい。
花火なんて、何年ぶりだろう。
次々と形を変えて飛び跳ねる小さな火花に、思いの外、気持ちが和んだ。



「池波さん…好きです。」

「……え?」




花火が消える瞬間に呟かれた言葉に私は驚き、彼の顔をじっとみつめた。



「…やっぱり、これも覚えてないんだ。
昔、あんなに流行ったのに……」

「な、何が?」

「好きな女子が線香花火をしてる時に告白したら、その恋は叶うって。」

「し、知らない…そんなこと。」

本当に覚えがなかったから、私はぶんぶんと頭を振った。



「もう~~!池波さん、何も覚えてないんだから!
……あの頃、僕、池波さんのことが好きで……
勇気を振り絞って、花火に誘ったこともあるんだよ。
……でも、断られた。」

「そ、そうなの?」

それもやっぱり記憶はなかった。
当時の私はとにかくアイドルに夢中で、同じ中学の男の子なんかに興味はなかったせいかもしれない。
彼のことで覚えてるのは、派手に転んだ姿だけ。



「でも、あの時言えなかったことを、こうして言える機会があるなんて、夢みたいだ。
ねぇ、池波さん、この近くに住んでるの?」

「う、うん、まぁね。」

「もしかして…結婚してこの町に?」

「違うわ。今だって独身。」

「そうなんだ…じゃあ、僕と一緒だね。」

人懐っこい彼の笑顔に、なんだか胸がときめいた。

 
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