真昼のドラゴン

なめこプディング

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第7話 女の闘い

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「いい加減、覚悟を決めたらどうなの?」

 マリオンは苛立たし気に机を叩いた。
 それほど大きな音を立てたつもりは無い。
 だがそれを聞いたジルはびくりと肩を震わせた。

「……もう何度も謝ったじゃないですかぁ」

 そしてそう涙目で訴える。
 マリオンはそんなジルの様子を見て隠そうともせずに舌を鳴らした。

 聞きたいのはそんな子供のような誤魔化しでは無い。

 ――もう邪魔はしません。

 そんなシンプルなたった一言。
 それだけが聞きたくてこんな詰問を続けている。
 だというのに、目の前の少女は頑なにその一言を口にしようとはしなかった。

 マリオンとて本当のところはこんな醜い口論はさっさと終わりにしたかった。
 後輩ジルがどれだけ咽び泣こうと知ったことか。
 だがそれをサイラスに見咎められたくは無い。
 その為に一晩間を置き、サイラスを工房から追い出して時間を作ったというのに。

「だってみんなでサイラスさんを徒党追い出したって聞いたから。もう先輩はいいのかな、って……」
「ワタシはそんな話聞いて無かったって言ったでしょ」
「でも、だって、私はそんなの知らなくて」
「はぁ、もう子供みたいに駄々こねないでくれる?」
「……どっちが」
「なに? 文句でもあるの?」
「……う」

 ジルは再びぎゅっと膝の上に置かれたこぶしを握り締めて押し黙ってしまった。
 さっきから延々とこのループである。

 攻め方を変えるべきか。
 マリオンはそう考えながら額に手を当てた。

「……で、何時からなのよ」
「え?」
「何時からアイツのこと狙ってたのかって聞いてるの。もしかして最初からワタシのこと騙して陰で笑ってたの?」
「そ、そんなことは無いですっ!」
「じゃあ初めてアイツと会った時はどう感じたの?」

 これで「実はひとめぼれでした」などと答えた時は砲撃魔術の的にしてやろう。
 そう心に決めながら、マリオンはジルの言葉を待った。

 幾度となく相談を持ちかけ、ジルはマリオンの気持ちを知っている。
 それなのにこのようなをしたことが、怒りの理由の大半を占めていた。

 裏切りは許さない。

 それこそが唯我独尊を地で行くマリオンが、唯一己に課しているルールである。
 裏切者には凄惨な報復を課せねばならぬ。
 冒険者とは舐められたら御終いなのだから。

「えと、真面目な良い人だな……と」
「言葉濁してるように聞こえるんだけど。嘘言ってるんじゃ無いでしょうね?」 
「ほ、本当は何だか冴えない人だな、って思いました! すいませんっ」

 おそらくこの場にいないサイラスに謝っているのだろうか、ジルは何度もペコペコと頭を下げている。

「ま、当然ね。それが変わったのは何時からよ」
「そのうち納品する素材の話とかするようになって、真面目に話聞いてくれてるんだなって思って……」
「アンタ出入り業者なら誰でも『良いな』って思うわけ?」

 その理屈で言うなら、真面目な町職人なら誰でも恋愛対象になるはずだ。

「違いますよ! ……でも先輩の話の中で、徒党の人に文句言われてもちゃんと私のお願い通りにしてくれてるって聞いて」
「はぁ」
「徒党での立場も良くないのに、それでも私の為に頑張ってくれてるんだな、って。工房に来る時にはそんな苦労なんて少しも感じさせないのに。それで先輩の話を聞いて色んなサイラスさんの姿を知って、そのうちにもっと興味を持つようになって、なんか良いな、って……」

 ジルは最後の方は消え入るように声を細めながら顔を真っ赤に染めていた。
 それを見るマリオンの目は凍えるように冷ややかだ。

 要するに人のモノを見ていたら欲しくなったということ。
 まったく子供染みた、浅はかなわがままに過ぎない。

「事情は分かったわよ。悪気も無かったってこともね」

 ため息を吐きながら、マリオンは大人になることに決めた。
 このわがまま娘を許してやるのだ。
 ちゃんと大人の言いつけを守れるのならば。

「それじゃ、反省したならもうこの話は終わりで良いわね?」
「え、終わりって?」
「アンタは反省して、もうサイラスのことはスッパリ諦めるってことで良いわよね?」

 反論は許さない。
 そんな強い声音でマリオンはジルを睨みつけた。

 ――しかし。

「それは嫌ですけど?」

 何を言っているのか分からない。
 ジルはそんなきょとんとした目でマリオンの提案をスッパリ断った。

「……は? 聞き間違いかしら。舐めた戯言が耳に届いたような気がしたんだけど?」
「嫌だって言いました」
「はあッ!?」
「ど、怒鳴らないで下さいよ! 私だって好きになっちゃったんだからしょうがないじゃないですか!」
「何よっ、逆ギレ!?」
「結果としてになってしまったことは謝りますよ? でも、それとこれとは話が違うじゃないですか?」

 ジルはマリオンの怒声を手で制すと、ゆっくりとした口調でそう言った。
 子供をあやす様に、淡々と。 

 それがますますマリオンの癪に障る。

「あ、アンタねッ! 人が下手に出てりゃあ図に乗るんじゃないわよ! そんな人のモノを横から付け狙うようなマネして恥ずかしいとは思わないのっ!」
「別に先輩のモノじゃ無いですよね?」

 真っ向からそう指摘され、マリオンはぐっと詰まった。
 告白などをしていないのは事実だ。

「……ワタシは三年も前から狙ってたんだからッ!」
「三年間、まったく進展無しだったんですよね。むしろ三年も何してたんですか」
「う……だ、だって!」
「その間私はずっと待ってたんです。先輩への義理立てとしてはもう十分ですよね?」

 むしろ三年間何も無いならもう脈も無いのではないか。
 続くそんなジルの指摘がマリオンの胸を穿つ。

 怒りと胸の痛みで涙が溢れそうだった。
 それをぐっと堪え、マリオンは椅子からゆらりと立ち上がる。

「……良い度胸してるじゃない」

 ふんぞり返りながらそう言ったのは、そうしないと涙が零れ落ちそうだったからだ。

「それはどうも」
「本気でワタシとやろうってのね? アンタの先輩であるこのワタシと! 泣いて謝るなら今のうちよ?」
「先輩も少しは度胸をつけた方が良いんじゃないですか。恋愛に関しては瀕死でボロクズなゴブリン以下ですよね」
「……っ!」

 ぷるぷると唇が震えるのが自分でも分かる。
 端を釣り上げ、挑戦的な勝者の笑みを作り上げていたはずなのに。

「これくらいで泣かないで下さいよ。私がイジメてるみたいじゃあないですか」

 そうジルに指摘されて初めて、マリオンは瞳から涙が溢れていることに気が付いた。

「こ、ゴれはアンタの家が埃っぽいかりゃよ!」
「先日入ったばかりの新居ですが」
「うるしゃあっ!」

 ごしごしと、音が出るほど荒く目を拭う。
 こんな屈辱は初めてだ。
 ジルがこんな娘だなんて思わなかった。
 裏切られた気分だ。

 裏切者は許してはならない。

「良いわ! それじゃ決めようじゃないっ!」

 高らかに宣戦布告して、マリオンは心の中で決めた。
 もう絶対に許さない。
 ジルが負けて二番さんになっても、今日のことを泣いて謝らない限り一番の自分は絶対に許してやらない。
 そう固く自分自身に誓った。

「何言ってるんですか?」

 あざとく首を傾げるジルを、マリオンは鼻で笑う。

「もう謝ったって遅いわよ! ワタシはアンタみたいな女は側室として――」
「いえ、何甘いこと言ってるんですか」
「……えっ」

 何か変なことを言っただろうか。
 マリオンが固まっていると、ジルは重苦しくため息を吐いた。

「一番とか、二番とか、側室とか……。貴族じゃないんですから」
「えっ」
「まぁ、先輩はでしょうね。でもサイラスさんが貴族や大店の主人にでも見えるんですか?」
「えっ、えっ? でもだって、そうしないと一人仲間外れで……」

 マリオンのその尻切れなセリフに、ジルは机を強く叩くことで答えた。
 固い黒檀の作業机は、鈍く重い衝撃を余すことなく床まで伝える。
 マリオンは思わずぴぃと泣き、その場で床から跳ね上がった。

「ふざけたこと言わないで下さいよ。こっちは真剣なんです」

 落とした瞳を机から動かさず、ジルは淡々と言った。 

「人を愛するってことに一番とか二番とかあると思ってるんですか? この人と一緒に死にたいと思えるかどうか。愛ってつまりそういうことです。人は二回も死ねません」

 貴族や富豪の重婚は、社会的な義務と必要性があるからだ。
 そこに真実の愛は存在しない。
 ジルはそう言ってマリオンの反論を鼻から封じた。

「で、でもっ! だってぇ!」
「でもでもだってウルサイです。子供じゃないんですから」
「……っ! ……っ!」
「いい加減、覚悟を決めたらどうなんです? そんなことだから三年も無駄にするんですよ。もう大人になっても良い時期でしょ」

 ジルは涙を溜めながら睨みつけるマリオンを見ずに椅子から立ち上がる。
 そして扉の前まで歩くと、やはり振り返らずに言った。

「……この先もお遊びを続けるおつもりなら、迷惑です。の家から出て行って下さい」

 扉を開けると、強い日差しが窓のない部屋の中に差し込んできた。
 真昼の太陽に照らされて、ジルはやっと振り返ってマリオンの方を見る。

「でもそうじゃないなら、先輩も家に置いて差し上げます。

 そう笑う顔は、異様なまでに爽やかだった。



「うーッ! うーッ!」

 薄暗い部屋の中で、マリオンは固い机を何度も叩いた。
 机にうずめた鼻先に反動が跳ね返って痛いことこの上ない。
 だが叩かずにはいられなかった。

 なぜこんなことになってしまったのか。
 平和的に話し合いで解決しようと思っていたのに。

 ジルという後輩は、マリオン思っていた以上に野蛮な女だった。

 勝負をするしかない。
 しかしどうやって。
 簡単に決まる覚悟なら、マリオンも苦労はしていなかった。

 負けたら終わりだ。
 きっと一生顔を合わせることが出来なくなるのだろう。
 サイラスとも、ジルとも。

「……やだよう」

 マリオンの咽び泣く声は、その日サイラスが遅くなって帰るまで続くのだった。
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