8 / 34
8.
しおりを挟む
「…お兄様、今なんて?」
「殿下との婚約は破棄しよう」
「へっ?…あの…わたくしちょっと何だか耳の調子が?…えっ?」
「すぐに父上に頼んで、正式な手続きをしなくてはね」
「……………………」
想定外の話の流れに頭がついていけず、とりあえず冷めきった紅茶で口を潤す。
(えっ!?公爵令嬢としての責務とかは?絶対王政ってそんな軽いものだったかしら?
いやいやいや…。えっ破棄して大丈夫なの?もしかして冗談だったりする?ここ笑うとこ!?)
どう反応すべきかさっぱり分からず、とりあえず外れかかった公爵令嬢の仮面を、そっとつけ直して優雅にカップを戻す。
心なしか肖像画のお母様が誇らしげに微笑みを浮かべている気がする。
(もしかして、最強のカードはやっぱり効果が…)
「…あの、やっぱりお母様の」
「もちろん母上のお告げなどという話は信じていないよ」
戻した瞬間お兄様に断言され、カップとソーサーがカチャンと変な音を立ててしまう。
(ですよね!)
「だったら、どうして…」
「だってエリーは王家に嫁ぐのが嫌になったんだろう?殿下とは幼い頃から親しく過ごしていたのに、彼は君の心を繋ぎ止めておけなかった。それだけで婚約破棄に値するよ」
「あの…。じゃあわたくしが変な事を言い出して、怒ったりは…?」
「もちろん怒っているよ。熱が出てから様子がおかしいし、何やら必死に考え込んでいると思ったら、今日になってあの小芝居だろう?
僕に隠し事をして嘘をつくなんて、怒るに決まってる」
(えっ?そこ!?婚姻を嫌がったことでなく?)
「とりあえず、紅茶がすっかり冷めてしまったから淹れ直させよう」
お兄様がテーブルの鈴を鳴らしながら、ひたりとわたくしの瞳を見据える。
「今日の愛する妹とのお茶会は、長くなりそうだからね」
__________
その後、微笑みを浮かべたお兄様によってすべてを、本当にすべてを吐かされたわたくしは、お兄様の有能さを嫌というほど思い知ったのだった。
そうして数日前、わたくしの杜撰な計画は泡と消えたものの、お兄様の手腕によってあっという間に王太子殿下との婚約は内密に破棄された。
(正式な公表前で良かったけれど…。悪役令嬢ってもっと必死に運命に抗って、悪戦苦闘するものじゃないかしら…?
王太子殿下にお会いすることもなく、全てが終わってしまったわ)
「お嬢様」
(普通、婚約破棄の動きを察した殿下に「今更僕から離れるなんて許さない」とか執着されて逃げようとしたり、革命組織を壊滅させるために暗躍したりとか、そういうものじゃないかしら…。
いえ、別にそうしたかった訳でもないけれど…)
「お嬢様?髪飾りはどちらになさいますか?」
(革命組織の残党も、再度洗い直しをさせるとおっしゃっていたし。もうわたくしがすることは何もないような…)
「あっ!婚約者探し!?」
「えっ?」
鏡の向こうでわたくしの髪を結い上げていたラリサが、不思議そうに首を傾げている。
「どうなさいました?」
「ああ、ごめんなさいラリサ。少し考え事をしていたものだから。髪飾りだったわね、どちらでもいいわ」
「婚約者探しについて、ですか?」
バッチリ聞かれていたようだ。
「でしたら髪飾りはこちらにしておきますね、きっと旦那様が大喜びなさいますわ」
そう言って楽しそうに、黄色のデイドレスを着ているわたくしの銀髪に、クリーム色のミニ薔薇を挿していく。
結局、お兄様は婚約破棄の理由を「エリザベスが母上からお告げを受けた」からとゴリ押ししたので、
「なんと!亡き妻からお告げがぁぁ!!」
と感動に震えたお父様によって、わたくしはあれ以来公爵家カラーに染められている。
(銀髪に淡い金色の瞳と、黄色のドレスにクリーム色の髪飾りの相性は最悪だわ…。でも…)
鏡に映る、薄ぼんやりして消えてしまいそうな自分の姿を見ながら、きっぱり宣言する。
「ラリサ、わたくし新しい婚約者探しをするわ!」
「殿下との婚約は破棄しよう」
「へっ?…あの…わたくしちょっと何だか耳の調子が?…えっ?」
「すぐに父上に頼んで、正式な手続きをしなくてはね」
「……………………」
想定外の話の流れに頭がついていけず、とりあえず冷めきった紅茶で口を潤す。
(えっ!?公爵令嬢としての責務とかは?絶対王政ってそんな軽いものだったかしら?
いやいやいや…。えっ破棄して大丈夫なの?もしかして冗談だったりする?ここ笑うとこ!?)
どう反応すべきかさっぱり分からず、とりあえず外れかかった公爵令嬢の仮面を、そっとつけ直して優雅にカップを戻す。
心なしか肖像画のお母様が誇らしげに微笑みを浮かべている気がする。
(もしかして、最強のカードはやっぱり効果が…)
「…あの、やっぱりお母様の」
「もちろん母上のお告げなどという話は信じていないよ」
戻した瞬間お兄様に断言され、カップとソーサーがカチャンと変な音を立ててしまう。
(ですよね!)
「だったら、どうして…」
「だってエリーは王家に嫁ぐのが嫌になったんだろう?殿下とは幼い頃から親しく過ごしていたのに、彼は君の心を繋ぎ止めておけなかった。それだけで婚約破棄に値するよ」
「あの…。じゃあわたくしが変な事を言い出して、怒ったりは…?」
「もちろん怒っているよ。熱が出てから様子がおかしいし、何やら必死に考え込んでいると思ったら、今日になってあの小芝居だろう?
僕に隠し事をして嘘をつくなんて、怒るに決まってる」
(えっ?そこ!?婚姻を嫌がったことでなく?)
「とりあえず、紅茶がすっかり冷めてしまったから淹れ直させよう」
お兄様がテーブルの鈴を鳴らしながら、ひたりとわたくしの瞳を見据える。
「今日の愛する妹とのお茶会は、長くなりそうだからね」
__________
その後、微笑みを浮かべたお兄様によってすべてを、本当にすべてを吐かされたわたくしは、お兄様の有能さを嫌というほど思い知ったのだった。
そうして数日前、わたくしの杜撰な計画は泡と消えたものの、お兄様の手腕によってあっという間に王太子殿下との婚約は内密に破棄された。
(正式な公表前で良かったけれど…。悪役令嬢ってもっと必死に運命に抗って、悪戦苦闘するものじゃないかしら…?
王太子殿下にお会いすることもなく、全てが終わってしまったわ)
「お嬢様」
(普通、婚約破棄の動きを察した殿下に「今更僕から離れるなんて許さない」とか執着されて逃げようとしたり、革命組織を壊滅させるために暗躍したりとか、そういうものじゃないかしら…。
いえ、別にそうしたかった訳でもないけれど…)
「お嬢様?髪飾りはどちらになさいますか?」
(革命組織の残党も、再度洗い直しをさせるとおっしゃっていたし。もうわたくしがすることは何もないような…)
「あっ!婚約者探し!?」
「えっ?」
鏡の向こうでわたくしの髪を結い上げていたラリサが、不思議そうに首を傾げている。
「どうなさいました?」
「ああ、ごめんなさいラリサ。少し考え事をしていたものだから。髪飾りだったわね、どちらでもいいわ」
「婚約者探しについて、ですか?」
バッチリ聞かれていたようだ。
「でしたら髪飾りはこちらにしておきますね、きっと旦那様が大喜びなさいますわ」
そう言って楽しそうに、黄色のデイドレスを着ているわたくしの銀髪に、クリーム色のミニ薔薇を挿していく。
結局、お兄様は婚約破棄の理由を「エリザベスが母上からお告げを受けた」からとゴリ押ししたので、
「なんと!亡き妻からお告げがぁぁ!!」
と感動に震えたお父様によって、わたくしはあれ以来公爵家カラーに染められている。
(銀髪に淡い金色の瞳と、黄色のドレスにクリーム色の髪飾りの相性は最悪だわ…。でも…)
鏡に映る、薄ぼんやりして消えてしまいそうな自分の姿を見ながら、きっぱり宣言する。
「ラリサ、わたくし新しい婚約者探しをするわ!」
88
あなたにおすすめの小説
執着王子の唯一最愛~私を蹴落とそうとするヒロインは王子の異常性を知らない~
犬の下僕
恋愛
公爵令嬢であり第1王子の婚約者でもあるヒロインのジャンヌは学園主催の夜会で突如、婚約者の弟である第二王子に糾弾される。「兄上との婚約を破棄してもらおう」と言われたジャンヌはどうするのか…
私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~
あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。
「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?
【完結】悪役令嬢な私が、あなたのためにできること
夕立悠理
恋愛
──これから、よろしくね。ソフィア嬢。
そう言う貴方の瞳には、間違いなく絶望が、映っていた。
女神の使いに選ばれた男女は夫婦となる。
誰よりも恋し合う二人に、また、その二人がいる国に女神は加護を与えるのだ。
ソフィアには、好きな人がいる。公爵子息のリッカルドだ。
けれど、リッカルドには、好きな人がいた。侯爵令嬢のメリアだ。二人はどこからどうみてもお似合いで、その二人が女神の使いに選ばれると皆信じていた。
けれど、女神は告げた。
女神の使いを、リッカルドとソフィアにする、と。
ソフィアはその瞬間、一組の恋人を引き裂くお邪魔虫になってしまう。
リッカルドとソフィアは女神の加護をもらうべく、夫婦になり──けれど、その生活に耐えられなくなったリッカルドはメリアと心中する。
そのことにショックを受けたソフィアは悪魔と契約する。そして、その翌日。ソフィアがリッカルドに恋をした、学園の入学式に戻っていた。
悪役令嬢だとわかったので身を引こうとしたところ、何故か溺愛されました。
香取鞠里
恋愛
公爵令嬢のマリエッタは、皇太子妃候補として育てられてきた。
皇太子殿下との仲はまずまずだったが、ある日、伝説の女神として現れたサクラに皇太子妃の座を奪われてしまう。
さらには、サクラの陰謀により、マリエッタは反逆罪により国外追放されて、のたれ死んでしまう。
しかし、死んだと思っていたのに、気づけばサクラが現れる二年前の16歳のある日の朝に戻っていた。
それは避けなければと別の行き方を探るが、なぜか殿下に一度目の人生の時以上に溺愛されてしまい……!?
婚約破棄に、承知いたしました。と返したら爆笑されました。
パリパリかぷちーの
恋愛
公爵令嬢カルルは、ある夜会で王太子ジェラールから婚約破棄を言い渡される。しかし、カルルは泣くどころか、これまで立て替えていた経費や労働対価の「莫大な請求書」をその場で叩きつけた。
王子の片思いに気付いたので、悪役令嬢になって婚約破棄に協力しようとしてるのに、なぜ執着するんですか?
いりん
恋愛
婚約者の王子が好きだったが、
たまたま付き人と、
「婚約者のことが好きなわけじゃないー
王族なんて恋愛して結婚なんてできないだろう」
と話ながら切なそうに聖女を見つめている王子を見て、王子の片思いに気付いた。
私が悪役令嬢になれば、聖女と王子は結婚できるはず!と婚約破棄を目指してたのに…、
「僕と婚約破棄して、あいつと結婚するつもり?許さないよ」
なんで執着するんてすか??
策略家王子×天然令嬢の両片思いストーリー
基本的に悪い人が出てこないほのぼのした話です。
他小説サイトにも投稿しています。
断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます
山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。
でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。
それを証明すれば断罪回避できるはず。
幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。
チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。
処刑5秒前だから、今すぐに!
さようなら、婚約者様。これは悪役令嬢の逆襲です。
パリパリかぷちーの
恋愛
舞台は、神の声を重んじる王国。
そこでは“聖女”の存在が政治と信仰を支配していた。
主人公ヴィオラ=エーデルワイスは、公爵令嬢として王太子ユリウスの婚約者という地位にあったが、
ある日、王太子は突如“聖女リュシエンヌ”に心を奪われ、公衆の場でヴィオラとの婚約を破棄する。
だがヴィオラは、泣き叫ぶでもなく、静かに微笑んで言った。
「――お幸せに。では、さようなら」
その言葉と共に、彼女の“悪役令嬢”としての立場は幕を閉じる。
そしてそれが、彼女の逆襲の幕開けだった。
【再公開】作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる