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番外編・公爵閣下の夢のお告げ1
しおりを挟む『私ね、婚約者の顔合わせで初めてお会いした時から、ずっとずっとリチャード様に恋してるの!
きっと、あの方がヨボヨボのお爺さんになっても大好きよ。
これはね、絶対なの!』
「だったら……どうして会いに来てくれないんだいシャーロット」
「……お父様?どうかなさったの?」
グリサリオ公爵邸のいくつかあるサロンの中で、亡きお母様が最も愛していたと言う第一サロン。
家族が揃った日には、こちらに自然と集まり食後のティータイムを楽しむことが多い。
その夜はあいにくの雨だったけれど、何だかお父様がいらっしゃる様な気がして足を運んでみると、そこには肖像画の前で項垂れたように佇む後ろ姿があった。
「……エリザベス、いや別に何でもないよ」
「ですが、お顔の色が少し悪いですわ……」
こちらを振り返ったお父様の寂しげな様子に、どうやって胸の内を聞き出そうかと思案しながら、その背中にそっと手を添えると、
「…………エリザベス、その、あのお告げの後もお母様は夢に出できてくれているかい?」
最近、オリバー様との結婚に向けて浮かれすぎていた罰なのか、わたくしはいきなり冷水をかけられてしまった。
「え?……ええと、お告げの後は安心なさったのか一度も無いかと」
「…………そうか」
「あの、お父様?」
「……いや、なぜ私の夢には一度も現れてくれないのかと寂しくてね……」
(……それは、それはお告げが嘘だからなのよお父様! でもそれを伝える訳にはいかないし……)
「きっと、わたくしの危険が去ったからですわ……だから」
「そうだな、母親として幼くして残した娘への強い想いが、夢に現れてくれたんだろう……。
だがもしかしたら、本当に手紙の通り私を想ってくれていたなら、私にも会いに来てくれるのではと、つい期待してしまったんだよ。
娘にこんな弱音を吐いて、まったく情けないお父様だな」
ははは、と力なく笑ったお父様に「夢でお会い出来なくても、きっと側にいて下さってるわ」とありふれた言葉を重ねるしか出来ず、
その夜の雨音は、まるでお父様の涙のように思えて、罪悪感で一睡も出来なかった。
_______________
「とっても綺麗だ、まるで月の女神が夜の海に包まれていくようだね」
そう言って、わたくしの部屋の鏡越しにこちらを見つめると、オリバー様はわたくしの結い上げた銀髪に、青薔薇を挿した。
胸元の淡いアイスブルーから、少しずつ色合いが濃くなり、ウエスト辺りからの宵闇色まで。
見事なグラデーションの青いドレスに、繊細な金糸の薔薇の刺繍が施され、思わず感嘆の溜息が出てしまう。
「なんて素敵なドレス……ありがとうございます」
「どういたしまして。こちらこそ、僕の贈り物を身に纏ってくれてありがとう」
つい先日、オリバー様とわたくしは、お父様とアプロウズ公爵閣下から婚約のお許しを頂き、内々に両家の顔合わせを行ったところだ。
「一緒に外出するのは無理でも、二人の時なら着て見せて貰ってもいいよね?」
と、青いリボンで綺麗に包装された箱を抱え、その紺碧の海のように美しい瞳で見つめてくるオリバー様に、わたくしも嬉しくてすぐに頷いてしまった。
(本当はこの機会に、来春の婚約式の招待客についてや、アプロウズ家について色々伺いたかったけれど、せっかくの贈り物だものね……)
「本音を言えば、僕のドレスを身に纏った君を、毎日外へ連れ出して自慢したいけどね」
「ふふ、アプロウズ公爵閣下とお父様から、陛下の承認が下り、公式発表するまでは控えるようにと、お言葉があったばかりですわ」
「春が待ち遠しすぎて、冬が嫌いになりそうだよ、エリー」
「もう、オリバー様ったら」
二人で笑い合っていると、まるで時間が止まってしまった世界で、雲の上にいるみたいな気持ちがする。
でも、ふと鏡に視線を戻し、幸せそうな顔をした自分の姿が目に映ると、また罪悪感が湧いてきてしまった…。
(……てっきりお母様の手紙で喜ん下さってると思っていたけれど、そうじゃなかったのね。
かえって恋しさが増してしまって、お辛そうだったわ。
それなのに元凶のわたくしが、こんな風に幸せだなんて……)
「……………………」
「エリー、どうしたの?」
「あの……もし発表前に変な噂が立ってしまったら、アプロウズ公爵ご夫妻に顔向け出来なくなってしまうわと思って」
「たぶん君の顔を曇らせているのはそれじゃないよね?」
つい悪足掻きをしたくなったものの、これ以上隠し事をすると、温い紅茶を何杯も飲むはめになるのは学習済みなので、早々と降参する。
「……わたくし、実はオリバー様にご相談したい事が……」
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