樹海暮らしの薬屋リヒト

高崎閏

文字の大きさ
20 / 33
第1章

魔法と歴史の勉強

しおりを挟む
 休憩後、稽古はその後問題が起こることもなく無事に終わった。

 しかし、子どもたちが帰宅しようとしているところに、シキとネロとユージアはヒューマに呼び出された。

「他の子たちは気をつけて帰るんじゃよ」

 ありがとうございました、さようなら、と口々に挨拶をして三々五々帰宅する彼らの背中をシキはぼんやりと見送りながら、ユージアへと掛ける言葉を考えていた。

「残ってもらって済まなかったのう」
「あの、さっきのこと、ですよね」

 詫びるヒューマにネロが控えめに手を挙げて訊ねた。現実へと引き戻されて、シキはびくりと身を竦める。ユージアは何も言わずにヒューマを見つめているようだ。

「シキはまだ、魔法を習得中でのう。今回の魔法暴発については、師匠である儂にも非がある。どうか儂に免じて許してはくれんかの。本当にすまなかった」

 ヒューマの謝罪にネロやユージアだけでなく、シキも目を見開いて驚いたのと同時に、シキはユージアに向かってヒューマと同じように深く頭を下げた。

「お師匠さまは悪くないんです、僕がまだ魔法を制御できないばっかりに、怖い思いをさせて、ごめんね……!」

 当のユージアはというと、むくれた顔をさらに歪めて、ぷるぷると拳を握って震えていた。
 ――ものすごく怒っている……!

 シキは昔、爺様が大切に育てていた苗木を遊んでいたら踏んでしまい、ものすごく怒られたことを一瞬思い返していた。

 次に襲い来るかもしれない罵倒に備えて身を硬くしていると、絞り出すような声でユージアが話し始めた。

「……元はといえば、オレが、ネロに突っかかった、から」

 もごもごと、小声で呟いている。

「ユージアくん……?」

 聞き取りにくかったので、シキが窺うように声を掛ける。

「~~ああもう! お前に謝られる筋合いじゃないっていってるんだ!」
「……え?」

 自分が悪いと自覚していたところに、先に謝られてしまい、いたたまれなかったようで、ユージアは耐えられないとばかりに真っ直ぐな本音をぶつけて来た。

 ヒューマは穏やかな目をしたまま子どもたちの動向を見守っている。ネロはネロで、いつもぶっきらぼうなユージアの様子に驚いたのか、目をぱちくりと瞬かせている。

「……ネロ、お前が弱いとか、ちんくりんとか言って、悪かったな」
「ううん、僕がまだまだなのはよく分かってるから」

 ユージアはネロに向き合い、少し鼻先を赤くしながら詫びた。ネロはびくりとしつつも、シキに向けてくれたような笑顔でユージアに向き合っている。

「オレ、お前のとーちゃんが羨ましかったんだ。オレのとーちゃんは仕事で王都に行ってるから、気軽に会えねぇし」
「あ……」

 少し寂しそうなユージアの話に、ネロは申し訳なさそうに眉尻を下げた。

「今度さ、オレもお前のとーちゃんに技とか教わりに行って、いいか?」
「うん、うん、もちろん! 父さんも喜んで教えてくれると思うよ!」

 和解した二人を微笑ましく見ていると、第三者の立ち位置で眺めていたシキに向けてユージアが声を掛ける。

「お前のことも、べつに怒ってないからな。……まぁ、次の稽古から、気が向いたら組手の相手、してやるから」
「へへへ、僕まだまだ分からないことだらけだから色々教えてね、ユージアくん」

 目線はそっぽを向いていたのはきっと恥ずかしいからだろうというのは、シキにもよく分かった。ぶっきらぼうな言葉遣いでも、ユージアが歩み寄ってくれたことが嬉しくて、シキはにっこりと笑みを返す。

「ユージア。……オレも呼び捨てでいい」
「うん! 僕のこともシキって呼んで」

 三人の子どもたちのやり取りを一歩引いたところで眺めていたヒューマが満足気に頷いた。

「打ち解けたようで何よりじゃ。さ、さ、ネロとユージアは支度をしたら家に帰るんじゃよ、話に付き合ってもらってありがとうな」
「「はい、先生」」



 道場から出て、仲良く雑談しながら帰って行くネロとユージアの背中を見届けたシキは、道着から普段着に着替えて、ヒューマ邸の座敷に移動していた。

 台の上に、初日に教わっていた魔法の属性図の用紙が置かれており、シキに見えやすいように指を指しながら説明を始めた。

「この世界にはの四つの元素となる属性がある、と教えていたのう? 火、風、土、水の基本属性が主軸にある、ということはまだ頭に入っとるかの?」

 こくり、とシキは頷いた。

 ヒューマは説明を続ける。

「前回説明を省略した、この上と下に書かれている特殊属性について補足しておくぞ」

 光属性、闇属性の魔法はそれぞれ特性を持ったものだけが使える属性魔法ということだった。

 四つの元素については魔法の適性さえあれば習得は可能で、各々の能力によってその魔法の成長度合いが異なる。

「創世記時代まで遡るんじゃが、天の民、地の民の二つの始祖がそれぞれ光魔法、闇魔法を創ったと云われておる。現代までに様々な種族として血を繋いできたが、それぞれの始祖の血を引き継ぐのが、妖精族と竜族じゃ」
「その、始祖?の血を引き継ぐ種族しか光魔法と闇魔法は使えないってことですか……?」
「そうじゃ。じゃが、純血種の竜は今はもうその血脈が途絶えてしまったのはお主も知っておろう。今、闇魔法を引き継いでおるのは――」

 ヒューマが言い終わる前に、シキは顔を上げてその続きを引き継いだ。

「竜人族、ですか?」
「うむ。お主は恐らく基本の四属性の他に闇属性の魔法も習得が出来るはずじゃ。稽古の時にユージアに当たりそうになった力を覚えておるか?」

 黒い霧のようなものが体から放出されたことを思い返したシキは、見たままのことをヒューマに伝える。

「恐らくそれが闇属性の魔法なのじゃろうな。儂も文献を読んだ限りじゃから、浅学で申し訳ないのじゃが」
「闇魔法は、具体的にどういった魔法が使えるのか、お師匠さまは知っていますか?」

 ヒューマはシキからその問いが投げられることを分かっていたようで、台に一冊の冊子を置いた。手書きの羊皮紙を束ねた物のようで、そこまでの厚みは無い。

「これは領主から預かっておる初代領主の手記じゃ、初代のあやつとは腐れ縁でのう……で、ここからの一文が読めるかのう?」

 ヒューマが指し示した部分をゆっくりと読む。大陸後なので読めなくは無いが、言葉遣いが大層古く、言葉が怪しい部分はヒューマが補足してくれた。

 ――竜の血を引き継ぐ者、シンハの東を毒沼の一帯とす。大地の汚染浄化のためにアレスティア大神官を招致す。――

「毒の沼を作ったの……!?」
「種族間の諍いがあってのう。種族の正当性を訴えた竜人の民が、他種族を拒むためにシンハ樹海の東側一帯に魔法をかけて、毒の沼地にしてしまったのじゃよ。あの頃はまだまだ国内でも争いが絶えんでのう」

 ユーハイトから北上すると湿地帯が広がる。シンハ樹海を抜けた東側のその湿地帯は、かつて毒の沼だったという。

 実際に湿地帯に赴いたことは無いが、ユーハイトに渡り鳥に乗ってやってくる際に、広大な沼地を見ていたので、どれくらいの規模の魔法を使ったのか想像にかたくない。

「魔法をかけた竜人族はそのまま竜に変化して、ロワナ山脈を越えてランダイン帝国側へと退避したと聞いておる。後に残された汚染された大地をどうにかしようと、王都の大神官に浄化を依頼したのじゃよ」
「アレスティア大神官?」

 聞き覚えのある単語にシキは瞳を瞬いた。この国の名は、アレスティア王国と言うが、大神官の名前が同じなのはどうしてだろうか。

 シキの疑問を汲み取ったヒューマは説明を続けてくれた。

「この王国を興したうちの一人じゃな。光の女神とも云われておる。妖精族で、その名の通り光魔法で彼女の右に出るものは王国内にはおらん。
 戦乱の時代に光魔法で民たちを癒し、焼けた国土を浄化してくれた彼女に、当時の王が功績をたたえ、国の名前に冠したと文献には残されておる」

 大地を毒沼にかえる程の闇魔法と、それらを浄化する光魔法。個々の魔力量によるかもしれないが、強大な力であることは確かだろう。

「あんな強大な魔法、僕に使えるとは思わないけど……」
「修練次第ではどうなるかまだわからぬぞ。ともかくシキは基本の魔力操作からじゃな」

 自身が持つかもしれない大きな力に不安を感じつつも、まずは人並みに魔法が使えるようになりたい、とシキは考えていた。

「そうじゃ、アレスティア大神官はまだ現役じゃぞ。王都の大聖堂に行けば会えるぞ」
「えと、王国を興した人なら……何歳ですか」
「八〇〇歳はいっとるかのう」
「えぇ……!?」

 妖精族は長寿ということは知っていたが、シキは育ててくれた婆様よりもさらによぼよぼとした老婆が、礼拝をしている姿を想像していた。

「まだまだ知らんことが多かろう。ゆっくり学んでいきなさい」
「……はい、お師匠さま」

 はた、と気づいたことがあり、シキは首を傾げてヒューマに訊ねた。

「お師匠さまは、何歳なのですか……?」

 ユーハイトの初代領主と腐れ縁と言っていた気がするが、ヒューマは悪戯げに微笑み、

「ひみつじゃ」

と、言った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

愚かな側妃と言われたので、我慢することをやめます

天宮有
恋愛
私アリザは平民から側妃となり、国王ルグドに利用されていた。 王妃のシェムを愛しているルグドは、私を酷使する。 影で城の人達から「愚かな側妃」と蔑まれていることを知り、全てがどうでもよくなっていた。 私は我慢することをやめてルグドを助けず、愚かな側妃として生きます。

捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。 これで、貴方も私も自由です。 ……だから、もういいですよね? 私も、自由にして……。 5年後。 私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、 親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、 今日も幸せに子育てをしています。 だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。 私のことは忘れて……。 これは、すれ違いの末に離れ離れになった夫婦の物語。 再会したとき、二人が選ぶのは「離婚」か、それとも「再構築」か。 妻を一途に想い続ける夫と、 その想いを一ミリも知らない妻。 ――攻防戦の幕が、いま上がる。

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

ボロボロになるまで働いたのに見た目が不快だと追放された聖女は隣国の皇子に溺愛される。……ちょっと待って、皇子が三つ子だなんて聞いてません!

沙寺絃
恋愛
ルイン王国の神殿で働く聖女アリーシャは、早朝から深夜まで一人で激務をこなしていた。 それなのに聖女の力を理解しない王太子コリンから理不尽に追放を言い渡されてしまう。 失意のアリーシャを迎えに来たのは、隣国アストラ帝国からの使者だった。 アリーシャはポーション作りの才能を買われ、アストラ帝国に招かれて病に臥せった皇帝を助ける。 帝国の皇子は感謝して、アリーシャに深い愛情と敬意を示すようになる。 そして帝国の皇子は十年前にアリーシャと出会った事のある初恋の男の子だった。 再会に胸を弾ませるアリーシャ。しかし、衝撃の事実が発覚する。 なんと、皇子は三つ子だった! アリーシャの幼馴染の男の子も、三人の皇子が入れ替わって接していたと判明。 しかも病から復活した皇帝は、アリーシャを皇子の妃に迎えると言い出す。アリーシャと結婚した皇子に、次の皇帝の座を譲ると宣言した。 アリーシャは個性的な三つ子の皇子に愛されながら、誰と結婚するか決める事になってしまう。 一方、アリーシャを追放したルイン王国では暗雲が立ち込め始めていた……。

王宮メイドは今日も夫を「観察」する

kujinoji
恋愛
「はぁぁ〜!今日も働くヴィクター様が尊すぎる……!」 王宮メイドのミネリは、今日も愛しの夫ヴィクターを「観察」していた。 ヴィクターが好きすぎるあまり、あますところなく彼を見つめていたいミネリ。内緒で王宮メイドになり、文官である夫のもとに通うことに。 だけどある日、ヴィクターとある女性の、とんでもない場面を目撃してしまって……? ※同じものを他サイトにて、別名義で公開しています。

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

処理中です...