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第7話 未練がましい、わたしのこと。

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ここで自己紹介と屈折10年、共に戦ってきた仲間達を紹介したい。 


まずは自己紹介。

私の名前は斎藤理恵。
召喚時はピッチピチの18歳だった私も、今ではお肌の曲がり角を曲がり切ったアラサーだ。

え?結婚?
……未だ独身ですけど、何か?

私にだって、この10年間、周囲から勧められたお見合いは数多くあったのだ。
けれど、精神的にそんな余裕なかったし、何より私の心には別の人がいたから、とても受ける気にはなれなかっただけ。



10年経った今でも、未だに昔の彼氏の夢にみて枕を濡らす夜がある。そのくらい私は彼の事が本当に大好きだった。

誰もが「もう10年も経つのだから、いい加減忘れた方がいい」だとか「未練がましいにも程がある」という。
中には、相手はとっくに私の事なんて忘れて、今頃他の女と幸せに暮らしてるさと揶揄する者もいる。

そんなの私だってでは分かっているのだ。けれどがいう事をきかない。
…そんな簡単に割り切る事なんて出来ない。忘れられるわけがない。
だって彼は、私の全ての『初めて』を捧げたくらい大好きな人だったのだから…。


10年は長い。
私にとってもこの10年は本当に長かった。
彼にとっても、長かっただろう…。
あちらの世界での18歳から28歳までの10年間は、高校生から大学生、そして社会人へと環境が大きく変化する年齢だ。人間的にも大きく成長する時期だから、他の10年よりもきっと長く感じた筈。

そんな時期に突然消えた私を、彼は心配してくれただろうか?悲しんでくれただろうか?
きっと優しい彼のことだから、とても心配してくれただろう。
もしかしたら、私を探す為に奔走してくれたのかも知れない…。

彼はとても素敵な人だから、誰かいい人と出逢って、幸せな家庭を築いていて欲しいと思う。そう願っている。彼には誰よりも幸せでいて欲しいから…。

けれどその反面、は、私を忘れないでいて欲しい。憶えていて欲しい。そう身勝手に願う自分もいる。
我ながら未練がましいと思うし、長く拗らせ過ぎだと笑ってしまうけれど。



今でも時々不思議に思う。
何故、この世界に召喚されたのが私だったのか?
私は『賢者』に選ばれるような人間ではない。私だったら、まだ博識な彼の方が相応しい気がする。

彼とは中等部3年から私がこちらに召喚されるまでの4年間、ずっと付き合っていた。
召喚さえされていなければ、きっと今も一緒にいて、もしかしたら彼と幸せな家庭を築いていたのかも知れない。
そう思うと悔しくて寂しくて遣る瀬なくなるのだ…。


よく異世界トリップものにあるような設定『元の世界では喪女だったのに、異世界に召喚された途端モテ始める』の真逆が私。

元の世界では彼氏もいたし、家族にも恵まれ、成績だってそこそこ良いっぷりだった。それなのに、こちらに来てからは喪女一直線の枯れっぷりだ。

――少なくともと一緒に召喚されたかったな…。

そしたら、こんなに寂しくも辛くもなかったし、作戦だってもっとスムーズに進んだ筈なのに。


夜寝る前に、ふと彼の顔を思い出す時がある。
私の知る彼は10年前の彼だから、今はどんな顔をしているのだろう?と想像してしまう夜がある。
街に出れば、無意識にの姿を探している自分がいる。

本当に私は、どこまでも未練がましい拗らせ女だと自分でもつくづく思う。



***



――今夜も、また彼の夢をみる――


彼、相沢蓮あいざわ れんと私は、私立の中高一貫校に入学してから卒業するまでの6年間を同じ教室で過ごした。

私達が通っていた学校は、学力別、進学コース別のクラス分けだったから、6年間クラスメイトが変わる事はなかったのだ。

蓮は成績優秀で、年齢にそぐわない程落ち着いていた。だからなのか、不思議な包容力を感じさせる人だった。

イケメンか?と問われたら、俗に言うイケメンとは少し違うかも知れない。
けれど私は、蓮の糸のように細い優しいも、笑うとクシャッとなる笑顔も大好きだった。

蓮はいつも静かに本を読んでいるような少年で、決して目立つタイプではなかった。しかし、誰にでも別け隔てなく接する態度とその不思議な包容力のせいか、密かに好意を寄せている女子は意外に多かった。


そんな蓮と私の距離が縮んだのは、中2の1学期。一緒に学級委員に選ばれた時だ。
それまでは席が近ければ話す程度の関係だったのに、その頃から自然と放課後一緒に学校の図書館で勉強するのが日課になっていった。


私達はいろいろな話をした。
その時読んでいる小説の話。ギリシャ神話や日本神話やケルト神話。
そして、休日に一緒に巡った美術館の作品や作者、その作風や時代背景。その裏にある宗教観についてまで話すこともあった。

私も読書が好きだったが、私よりも更に読書好きな蓮はとても博識だった。
蓮が教えてくれた知識が、今の私を助けてくれているといっても過言ではないだろう。
親友の優子は「カップルが語り合う話じゃないよ」とよく苦笑いしていたが、それが私達だった。
 

蓮は穏やかだけれど、私を大切に想っていると感じさせてくれていたし、私も彼に恋をしていた。

私は多くの事を蓮から教えてもらったし、蓮もそうだったのではないかと思う。
その頃にはもう漠然と、このまま将来結婚出来たらいいなと思っていたくらい心地の良い関係だった。



私達が初めて身体を重ねたのは、私が召喚される少し前の事だ。

4年間も付き合っていたのに、私達は今時珍しく、清い交際を続けていた。それまでは図書館や美術館の帰り、蓮が私を家まで送ってくれた時に、近くの公園で軽く唇を重ねるくらいだった。
けれど、高3になって無事受験も終わり、それぞれ別々の大学への進学が決まった時、私達は漠然と不安を覚えるようになったのだ。

当たり前のように、6年間毎日教室で顔を合わせていたのに、別々の学校に進む。
これから自分達の世界は、それぞれ別の場所で拡がっていくのだ。その未知の波にのまれないように、はぐれないように、2人の絆を深めたかった。確かめ合いたかった。

――そうして、初めて肌を重ねたのだ。

蓮も初めてだっただろうに、とても優しくリードしてくれた。
まるで壊れ物を扱うかのように、優しく私に触れて酔わせてくれた。、

彼の指が、唇が、直接肌に這う感触を、私は今でもはっきり覚えている。

蓮に翻弄され、私が無意識にその首にしがみついた時、蓮は初めて『愛してるよ、理恵。絶対幸せにする』と蕩けるような笑顔で言ってくれた。

口下手な蓮はそれまで耳を真っ赤にして俯きながら『好きだよ』と小さく呟く程度だった。
だから、私の目を見ながら想いを伝えてくれたのも、『愛してる』と口にしてくれたのも、その時が初めてだったのだ。
 

――あの時の私は、幸せの絶頂にいたのだと思う。 

初めて肌を重ねた事で、私達の絆はより強固になったと感じていた。
私は蓮に愛されているのだと、大切にされているのだと感じられて心が満たされていた。

例えこれから別々の場所で互いの世界が拡がっていこうとも、蓮と一緒に乗り越えていける。そう思っていたのだ。

(あの時は、まさか本当に自分達のいるになるとは全く思ってもいなかったけどね…)


私にとって蓮との想い出は、どれもとても綺麗で、決して色褪せることはない大切な宝物だ。
こちらに来てからも、辛かった時や悲しかった時、蓮の存在が、蓮との美しい想い出達が私の心の支えだった。


……だから10年経った今でも彼は私の心に留まり続けているし、私も彼への想いを拗らせ続けているのだろう。
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