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番外編 冷たい視線 その7
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「で、真緒は今後どうしたいの?一ノ瀬と直接会って謝まったら、その後どうするつもりなの?」
リビングに敷いてある毛足の長いラグの上に座り、紗耶香が淹れてくれたコーヒーをチビチビ飲んでいると、紗耶香が唐突に問いかけてきた。
「…どうする、とは?」
「だから、一ノ瀬に会って謝罪した後、どうするのかって聞いてんの。一ノ瀬と別れたいの?それともよりを戻したいの?」
私はひどく狼狽えた。謝罪をした後の事など、全く考えていなかったからだ。
私はただ安直に、一ノ瀬君に直接会って謝まらなくては、とだけ思っていた。その後自分がどうしたいのか。どうするつもりなのか。そんな事にまで頭が回っていなかった。
「……謝ったところで許してくれるとは限らないし。例え許してくれたとしても、今更よりを戻して欲しいだなんて、さすがに虫が良すぎるでしょ」
本音を言えば、一ノ瀬君とよりを戻したい。一緒にいたい。彼から離れたくない。
けれど私は温厚な彼を怒らせてしまった。彼にあんな表情をさせてしまったのだ。きっともう許しては貰えない。全てが遅過ぎたのだ。
「じゃあ、別れるって事でいいのね?真緒はそれでいいのね?」
「それでいいだなんて思ってない。でも…だって仕方ないじゃない。悪いのは私なんだし。こんな卑屈な私なんか、一ノ瀬君に捨てられて当然なん…」
――バンッ!!
私が言い切らぬうちに、紗耶香は激高してコーヒーテーブルを叩いた。
「さっきから黙って聞いてれば!あんた一体何なの!? 『私なんか』?『虫が良過ぎる』?『捨てられて当然』?何全部一ノ瀬のせいにしてんの?全部一ノ瀬のせいにして、自分はまた悲劇のヒロインぶってるってわけ?私、真緒はあの頃よりも成長して大分変わったと思ってたけど。そうでもなかったみたいね。……そうね。確かに一ノ瀬は将来有望だし、いい男だから、卑屈な真緒なんかには勿体無いわね。あんたなんか捨てられて当然よ!」
「なっ!何でそこまで言われなきゃなんないの!?別に一ノ瀬君のせいにしているわけじゃないし、悲劇のヒロインぶってるわけでもないわっ!」
「ふんっ。私からみたら、今の真緒はどっからどう見ても悲劇のヒロインぶってるようにしか見えないけどね。いっつも都合の悪い事から目を逸らして。人の気持ちも考えずに勝手に逃げ出して。勝手に傷付いて。自己完結して。はいお終いってね!」
私は親友だと思っていた紗耶香に嘲罵され、カッとなって理性を失った。
私が『悲劇のヒロイン』ぶっている。紗耶香はそう言ったけれど、それはもう昔の事だ。確かにあの頃の私は、自分の感情にばかりに目がいって、周囲を慮ろうともしなかった。
けれど今の私は、自分の感情を押し殺してでも、一ノ瀬君の幸せを一番に考えて行動している。あの頃とは全然違うではないか。
私がこんなに苦しい思いをしているというのに、何故紗耶香は分かってくれないのだろうか?
いや、私と違って何でも持っている紗耶香に、私の気持ちが理解できる筈もない。
同じ年だというのに、紗耶香は私が欲しい物を全て手に入れている。優しい旦那様がいて、可愛い子供までいて、愛で包まれた幸せな家庭を築いている。
そんな紗耶香に私の気持ちなど分かるわけがない。
心の奥底でずっと燻り続けていた劣等感が、私の苛立ちに油を注ぐ。気付けば、私は完全に我を忘れて声を荒げていた。
「何よそれ!紗耶香は一体何が言いたいの?…そりゃ、紗耶香はいいわよね!間嶋氏みたいな何でもしてくれる優しい旦那さんがいて。麻耶ちゃんみたいに可愛い子供がいて。すごく恵まれてるじゃない!自分が幸せだからって、私の事を見下さないでよ!」
「真緒こそ何言ってんの?見下してなんかないわよ!真緒からみたら、私は恵まれてるように見えてるかも知れないけど。私からみたら、独身で自由気ままな真緒が羨ましく感じる事だって沢山あるんだから!真緒はいつも自分に都合の良い部分しか見ていないから、そんな風に言えるのよ!」
紗耶香は眉間にぐっと深く皺を寄せ、瞋恚に燃えた眼差しで私を睨みつけながら、私に負けじと声を張り上げた。
リビングに敷いてある毛足の長いラグの上に座り、紗耶香が淹れてくれたコーヒーをチビチビ飲んでいると、紗耶香が唐突に問いかけてきた。
「…どうする、とは?」
「だから、一ノ瀬に会って謝罪した後、どうするのかって聞いてんの。一ノ瀬と別れたいの?それともよりを戻したいの?」
私はひどく狼狽えた。謝罪をした後の事など、全く考えていなかったからだ。
私はただ安直に、一ノ瀬君に直接会って謝まらなくては、とだけ思っていた。その後自分がどうしたいのか。どうするつもりなのか。そんな事にまで頭が回っていなかった。
「……謝ったところで許してくれるとは限らないし。例え許してくれたとしても、今更よりを戻して欲しいだなんて、さすがに虫が良すぎるでしょ」
本音を言えば、一ノ瀬君とよりを戻したい。一緒にいたい。彼から離れたくない。
けれど私は温厚な彼を怒らせてしまった。彼にあんな表情をさせてしまったのだ。きっともう許しては貰えない。全てが遅過ぎたのだ。
「じゃあ、別れるって事でいいのね?真緒はそれでいいのね?」
「それでいいだなんて思ってない。でも…だって仕方ないじゃない。悪いのは私なんだし。こんな卑屈な私なんか、一ノ瀬君に捨てられて当然なん…」
――バンッ!!
私が言い切らぬうちに、紗耶香は激高してコーヒーテーブルを叩いた。
「さっきから黙って聞いてれば!あんた一体何なの!? 『私なんか』?『虫が良過ぎる』?『捨てられて当然』?何全部一ノ瀬のせいにしてんの?全部一ノ瀬のせいにして、自分はまた悲劇のヒロインぶってるってわけ?私、真緒はあの頃よりも成長して大分変わったと思ってたけど。そうでもなかったみたいね。……そうね。確かに一ノ瀬は将来有望だし、いい男だから、卑屈な真緒なんかには勿体無いわね。あんたなんか捨てられて当然よ!」
「なっ!何でそこまで言われなきゃなんないの!?別に一ノ瀬君のせいにしているわけじゃないし、悲劇のヒロインぶってるわけでもないわっ!」
「ふんっ。私からみたら、今の真緒はどっからどう見ても悲劇のヒロインぶってるようにしか見えないけどね。いっつも都合の悪い事から目を逸らして。人の気持ちも考えずに勝手に逃げ出して。勝手に傷付いて。自己完結して。はいお終いってね!」
私は親友だと思っていた紗耶香に嘲罵され、カッとなって理性を失った。
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けれど今の私は、自分の感情を押し殺してでも、一ノ瀬君の幸せを一番に考えて行動している。あの頃とは全然違うではないか。
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