召喚されたゲーオタ聖女は、塔の最上階に引きこもる

シンカワ ジュン

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召喚されたゲーオタ聖女は、塔の最上階に引きこもる

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 しゃべるほにゃららお料理ナビ様、マジ感謝。

 私はお皿に盛られたポテトチップスを食べながら、心の中で通称ツジ先生に対し五体投地をして、最上級の感謝の意を捧げていた。

  ***

 私こと木下きのした亜希子あきこは、四捨五入すれば御年三十でゲーオタという救いのないタイプの喪女である。
 そんな私が、なぜか異世界に聖女として召喚されてしまった!
 え、私でいいのか? 私喪女ぞ? 聖女というには程遠い性格のゲーオタ喪女ぞ?
 私を召喚した人たちから事情説明を受けた後そんなことを言い張ってみたのだが、彼らはまったく気にしていなかった。たぶん私の言っていることが分からなかったのだと思う。
 ついでに異世界召喚よろしく、元の世界に帰る方法は無いと言い切られた。マジかよこいつら最低だな。
 いや、適当にお祈りするだけで他に仕事しなくていいのはとても魅力的だとは思う。しかし、私の趣味であり生きがいでもあるゲームができないというのはどう考えてもクソ仕様としか言いようがない。
 おそらく異世界の人間にはさっぱり分からないことをわめき散らした私を見て、この国で一番偉いらしい人が「聖女様のご乱心である!」とかなんとか言っていた。
 その人に何かを命じられた屈強な男どもが私の両脇をガッチリ固めると、そのままずるずると私を引きずり、とある塔に連行したのである。

「ゲームやらせろー! ゲーム、ゲームぅ……あれの続編が出るの決まってたんだぞ……それにあれのリメイクも、ベタ移植も! 初移植なのに、もうすぐ発売だったのに、なんでこんな、こんな……!」

 幼い子供のように床に寝転がり、ひとしきり手足をばたつかせた私は、途端に虚しさが襲ってきたのでゆっくりと起き上がった。今はこの部屋に私一人だが、あともう少ししたら、私付きの侍女? とかいう人たちが来るらしい。なんでも私の服を聖女のものに着替えさせるのだと。

「……まあ、その気持ちは分からんでもないな。ヨレヨレのTシャツと短パン着てる聖女とか私でも嫌だわ」

 しかしなんでこの世界の奴らは、私が飲み物を取るためにキッチンに向かったところをタイミング良く召喚したかな!?

「せめて携帯モードで遊んでる時に召喚してくれればいいものを!」

 充電が切れる? そんなの知らん!



 そうして不貞腐れて眠りについた私は、不思議な夢を見た。
 真っ白な空間の中心で、なんかめちゃくちゃ偉そうな髭もじゃオッサン……いや、おじいさんが、あぐらをかいて某ファミリーなコンピュータで遊んでいる。今日日きょうびなかなか見ない、見たところ32型くらいのブラウン管テレビがちかちかと光っていた。
 プレイしているゲームは……伝説のクソゲーと名高い誰かさんの挑戦状だ。よく見たらこのおじいさん、タイトル画面でパンチ連打してる……あれをやるつもりか……。
 私は話しかけていいものなのか迷いつつおじいさんに近付く。すると、なにやらぶつぶつと呟いている声が聞こえてきた。

「559、560、561……」

 あ、あかん。これ終わらんやつや。
 そう思った私は、控えめな声でおじいさんに声を掛けてみた。

「ええと……すみません……?」
「573……うん? 何者じゃ?」

 おじいさんはパンチボタンを連打しながら振り返る。指の動きに迷いがない。さてはこのおじいさん、なかなかのゲーマーだな?
 私はへら、と愛想笑いを浮かべながら、ここはどこなのかおじいさんに尋ねることにした。

「もしかして二万発パンチの真っ最中ですか?」

 しかし口から出てきたのはおじいさんが現在チャレンジしているであろう内容だった! あれー?

「おお、お主、まだ若いだろうにコレのことを知っておるのか」
「有名ですからね。あと、そんなに若くありませんよ、私も。このゲームの世代ではありませんけど」

 おじいさんは私の発言を聞いてニコニコと笑っている。これだけ見ればなかなかの好々爺だ。彼は何も無いところから座布団を取り出すと、私にそこに座るように促した。さすが夢。なんでもありのようだ。

「立ったままというのも疲れるじゃろう。せっかくじゃ、何か一緒にやるか?」
「しますします!」
「ふうむ、ならば何がいいかのう。ハードもソフトもだいたいそろっておるぞ」
「マジですか!? なら、久しぶりにアレがやりたいです! 実況付きのパロったディウス! もちろん二人プレイ対応のSサタンかPステ版!」
「おお、シューティングか! 久々にそれも良いのう。よし、やるか!」

 おじいさんは楽しそうに笑いながら、初期型の黒いSサタンをどこからともなく取り出す。そしてテキパキと設置すると、蓋を開けてディスクをセットした。

「それ、始めるぞ!」

 おじいさんは明るく言うと、Sサタンのパワーボタンを押した。

 見知らぬおじいさんとゲームに興じる夢を見るなんて、ちょっとゲームに飢え過ぎではなかろうか。いや、そもそも異世界に召喚されたくだりからすでに夢かもしれない。
 ……うん、たぶんそうだ。異世界召喚なんて、そんな非現実的なことが起こるはずないじゃん。

 そう、起こるはず……。

「……」

 目覚めた瞬間、私の目に映ったのはベッドの天蓋。次に目に入ったのは石造りの壁だった。

「異世界に召喚されたのは夢じゃなかった……」

 軽く絶望する。
 やっぱり……ゲームができないじゃん!

「うう……夢の中でゲームができたから気持ち的にはまだマシだけど、マジでこれからゲームの無い生活を送らにゃならんとか、死ぬ。死んでしまう」

 そう言いながら、私はベッドからゆっくりと降りる。正直二度寝を決め込みたかったが、尿意という生理現象には抗えなかった。うっかり漏らして人間の尊厳を失うことはさすがに避けたい。私だって一応女なのだ。

「……というか、ここ、塔……だよね? 祈りの塔とかいうんだっけ?」

 え、これトイレ近くにある? 昨日も結構階段を上った記憶があるよ? 確かこの上の階は祈りの間とかいう妙な魔法陣が描かれているだけの部屋でしょ? もしかして一番下まで下りなきゃいけないとか言わない?

 私は慌てて寝室から飛び出した。もちろん、膀胱への被害は最小限に留めて。
 突然私が現れたことに驚いたのか、寝室の隣の部屋を整えていた侍女さんがめっちゃ目を見開いている。

「せ、聖女様、おはようございます」

 侍女さんはそう言うと、なぜかおどおどとした態度で頭を下げた。

「お、おはようございます」

 私も反射的に頭を下げる。プライベートはクソみたいに堕落した生活を送っている人間という自覚はそれなりにあるが、一応働いてお金を稼いでいたんだ。基本的な社会性はあると思いたい。昨日わめき散らかしたけれど。
 そんなことより、今はトイレ! 私は今、人間を辞めるか辞めないかの瀬戸際にいるのだ!
 だから私は、侍女さんらしき人に大声で尋ねた。

「すみません! お手洗いってどこですか!」



 結果的に、子供のように漏らすことはなかった。ただ、人間の尊厳を守れたかというと、たぶん守れていない。

「嘘やん……なんで某サンドボックスゲームのようにツボトイレなんや……」

 いや、一応洋式トイレに近い形をしていたから、これはいわゆるポータブルトイレという介護用品に近いか。おまるじゃなかっただけマシと思わなければならないのか。
 とりあえずトイレはちゃんと個室だった。しばらく使用されていなかったのと、小間使いの人たちが頻繁に掃除をするからか、田舎のボットン便所を思い出すようなかぐわしい香りはなかったので少しだけ安心した。

 無事に用を足した私を待っていたのは、清浄の儀式という、複数の侍女さんたちにお風呂で体の隅々まで洗われるという羞恥プレイだった。
 恥ずかしすぎて魂が抜けかけている私に気付いているのかいないのか、侍女さんたちは無心で仕事に励んでいる。ごめんよ、こんなだらしない体の女で。
 私の中のふんわりとした知識だが、彼女たちのような侍女さんは良いところのお嬢様だったはずだ。だから彼女たちはもっと偉い人……たとえばお姫様なんかのお世話をすることが多いんじゃなかったか。あれ? どうだったっけ?
 そんなことを考えている間にも侍女さんたちは私の体をテキパキと洗い、拭き上げ、髪を乾かし、真っ白な服に着替えさせた。
 ようやく終わったと思いきや、次は化粧だ。ここ最近夜中までゲームをやっていたせいで目立つ隈を、侍女さんたちが必死に隠そうとしてくれているのだが、いかんせん濃すぎたようで、かなり念入りに白粉をはたいている。その結果、ここだけ白粉をはたきすぎて逆パンダのようになってしまった。
 私の顔をまじまじと見つめる侍女さんたちが、諦めたように溜息をつく。もちろん、私も諦めた。

 着替えと化粧を済ませた私は、朝起きてすぐに挨拶を交わした侍女さん……ミリィさんと、格ゲーの投げキャラみたいな体格をした私の護衛だという騎士さん……アレックスさんと共に、塔の最上階にある祈りの間へ向かっていた。
 曲がりなりにも聖女として召喚された私は、祈りの間でこの国の平和を祈るのが仕事なのだそうだ。そうすることで祈りの間にある魔法陣が私の聖なる魔力を吸収し、この国を魔物の脅威から護る結界を張るらしい。なんでもこの塔が国を囲む巨大な魔法陣の中心になるのだとか。
 よくあるファンタジーだな、という感想を抱くのと同時、ほぼ生贄みたいなものじゃないかとうっかり舌打ちしてしまった。私のこの暴挙に飛び上がったミリィさんが、聖女は一日一時間のお祈り以外は、この塔の建っている敷地内でなら護衛ありで自由に行動できるし、国王に許可を取れば王都に遊びに行くことも可能だという。
 毎日一時間働くだけであとはゲームで遊んでいていいというのなら、凄まじく好条件の職場だ。ただ、そのゲームが無いのが最大のマイナスポイント。私もう生きてる意味が無いのですが?
 そんなふうにやさぐれたまま祈りの間に辿り着いた私を待っていたのは、このファンタジーな世界に似つかわしくない、つい最近どこかで見たような気がする物体三点セットだった。
 ……いや、うん。

「なんでこれがここにあるの?」

 見覚えのない物体に警戒心をあらわにするアレックスさんの静止を聞かず、私はふらふらと引き寄せられるように、その三点セットに近付いた。
 三点セットの一つはブラウン管テレビ。結構大きめの32型程度の大きさだ。
 次にファミリーなコンピュータ。これは明らかに新品だ。箱も傷一つ無くピカピカしてるし、中も汚れ一つ無い。
 最後に……誰かさんの挑戦状。これも箱説付きの新品だ。
 これら三点セットが、魔法陣の真ん中に鎮座していた。世界観ぶち壊しどころの話じゃない。いろいろとひどすぎる。
 私はひとまず、テレビとゲーム機とクソゲーを部屋の隅に退かすことにした。

「あ、すみません。アレックスさん、ちょっといいですか?」
「はっ、いかがいたしました、聖女様」

 アレックスさんが足早に近付いて来たので、私はテレビを指し示しながらこう言った。

「この黒いものを部屋の隅に運んでもらえませんか?」
「運ぶ……? 失礼ですが、聖女様はこの得体の知れない箱のことをご存知なのですか?」

 テレビに視線を移しながらアレックスさんが尋ねてくる。そうだよね、気になるよね。
 私はにへら、と曖昧な笑みを浮かべて、アレックスさんの疑問に答えた。

「ええ。ですが、これが……ああ、これはテレビというんですが、そのテレビがなぜここにあるのか、そもそも使えるのかは分かりませんが」
「はあ、これはてれびというのですか。これは安全なものなのですか?」
「安全なものですよ。ここにあるものには危険は……いや、一本アレなものも混じってるけど、うん、命の危険にさらされるようなものはありません」

 私はちら、と誰かさんの挑戦状に視線を投げる。アレックスさんに説明した通り、これらに命の危険は無いが、この誰かさんの挑戦状だけは精神に支障を来す可能性がある。もちろん彼らには言わないが。
 私の視線を追ったアレックスさんは、新品のクソゲーを拾い上げると、まじまじと眺めておお、と感嘆の声を漏らした。

「これは実に素晴らしい肖像画ですな。この辺りでは見ない顔立ちの御仁ですが……それにしても、人物はまるで生きているかのように緻密でありながら、背後には派手な色合いで景色ではないものを描いている。これが芸術というものなのでしょうか」

 アレックスさんが誰かさんの挑戦状のパッケージを見て感動している。どこに感動する要素があった!? と声を大にして言いたかったが、そうか、この世界には写真に類するものが肖像画くらいしかないのか。
 確かにこの誰かさんの挑戦状のパッケージには、その誰かさんご本人の写真がでかでかと印刷されている。デフォルメのイラストとかではないから、アレックスさんには肖像画のように思えたのだろう。
 そう考えれば、アレックスさんが感動するのも分かる気がする。でもなぁ、それ、クソゲーなんだよなぁ。

「えっと、アレックスさん、そのクソゲ……じゃなかった、それは私が運びますんで、テレビの方をお願いします」
「……はっ! も、申し訳ありません!」
「そ、そこまで全力で謝らなくていいですからね?」

 このアレックスさん、言葉遣いや私への態度からも分かる通り、ちょっと真面目が過ぎるな? そんなかしこまった対応しなくていいのよ? 中身ちゃらんぽらんな喪女やで?
 そんな私の心の叫びが彼に届くはずもない。アレックスさんは今にも切腹するんじゃないかってくらい悲痛な面持ちだ。
 ……いや、うん、この世界には切腹文化無いよね?
 ちょっと不安になりつつも、とりあえず彼には気を取り直してもらわなければと、私はテレビの横に立ちアレックスさんを呼んだ。

「アレックスさん、ここに指を引っ掛ける部分がありますよね?」
「おお、なるほど、ここですな」
「はい。反対側にもありますので、そこを持って、なるべく慎重に運んでください。あ、これ見た目以上に重いんで気を付けてくださいね」

 液晶テレビよりは頑丈とはいえ、ぞんざいに扱ったらさすがに壊れるかもしれないので、一応注意を促す。
 その私の注意を聞いたアレックスさんは、恐る恐るテレビの両側にある窪みに指を掛け、ぐっ、と力を入れて持ち上げた。

「……!? いやはや、これは確かに見た目以上の重さがありますな。持てないほどではありませんが」

 アレックスさんはそう言いながら、テレビを危なげなく部屋の隅に運びそっと下ろした。
 異世界の騎士ってすごい。重い上に運びにくいテレビをよく一人で抱えられたな。
 私は感心しながらファミリーなコンピュータ本体と誰かさんの挑戦状をそのテレビの隣に置いた。
 さて、それじゃあ、今からお祈りか。

「……お祈りってどうやればいいの?」

 私の疑問の声が届いたのか、ミリィさんが目をキラキラと輝かせて駆け寄ってきた。

「それに関しましては、私の方からご説明いたします」

 どうやらそれがミリィさんに与えられた役割らしい。彼女はとてもやる気に満ち満ちているので、私は黙って説明を聞くことにした。

「まず、聖女様には魔法陣の中心にて祈りの姿勢を取っていただきます。祈りの姿勢とは、このように手を組み、膝立ちになる形ですね」

 そういいながらミリィさんが実演してくれた。ちょっと待って、この姿勢で一時間もいなければならないの? 石の床なんですけど?

「これ絶対に膝が痛くなるやつ……」
「ああっ、もちろん、聖女様のお体の負担になるようでしたら、途中で何度か休憩を挟んでも構いません。その際は、私の方にお声掛けをしていただければ、すぐに休憩用の椅子とテーブルをご用意いたします」

 意外と至れり尽くせりだった。
 そうか、聖女のシステムがほとんど生贄みたいなものだからうっかり忘れていたけれど、この国になくてはならない存在でもあるから丁重に扱うのか。
 なるほどそうか、いくら突然の異世界召喚だったとはいえ、私は運が良かった……いや、やっぱ良くないわ。そもそも異世界召喚されている時点で激烈に運が悪いわ。

「……ひとまず、その魔法陣の中心に膝立ちになってお祈りすればいいんですね」
「はい。他に疑問点はございますか?」
「ええっと……そもそもどんなことをお祈りすればいいんですか?」
「この国を護るという祈りであれば良いということではあるのですが……歴代の聖女様たちが何を思い、祈りを捧げていたのかは私の方では、その……」

 ミリィさんはそこまで言って口ごもった。アレックスさんも気まずそうに視線を泳がせている。
 どうやら彼らもこの聖女システムに思うことがあるらしい。だけど、この国の防衛という点で重要なシステムでもあるから、大っぴらに批判できないのだろう。

「先代の聖女様は、なぜあのような場所で……」
「っ! アレックス様、先代様のお話は……」
「お、おお、そうであったな」

 アレックスさんとミリィさんが二人でコソコソと話をしているが、無駄に良い耳をしている私にはバッチリ聞こえている。なんだか不穏な声色だし、これ先代聖女様もしかして寿命をまっとうされていない系では……?
 私は頭に浮かんだ嫌な想像を必死で振り払い、とりあえずやることやろうと魔法陣の中心に膝立ちになる。そして手を組んで目を閉じ、心の底から「家に帰りたい、もしくはゲームがしたい」と思いながら「ついでにこの国の平和もよろしく」と声に出さずに祈ってみた。
 すると、私の胸の奥から何かが湧き上がり、外に出て行く気配があった。恐る恐る目を開けてみると、なんと私の体が淡く発光しており、魔法陣も光り輝いている。
 あんな適当なお祈りでいいのか。聖女システムチョロいな。
 もう一度、今度は目を開けたまま先ほどと同じように祈ってみると、魔法陣の輝きが更に増した。徐々に目を開けていられないくらいの光量になり、とうとう我慢できなくなって目を閉じようとしたその時。

 ――プィョンッ。

 昔、頻繁に聞いていた懐かしい音が、私の耳に届いた。

「え……」

 思わず音が聞こえた方に顔を向ければ、そこには砂嵐のブラウン管テレビ。

 そう、テレビが、付いていた。

「え……え? 電源プラグ刺さってない……いや、そもそも電気なんてどこに……?」

 何これホラー?
 ミリィさんは驚いて大きく肩を震わせ悲鳴を上げているし、アレックスさんは剣を抜いて今にもテレビを叩っ切りそうな勢いだしで、なかなかにカオスな状況だ。
 ……いや、待てよ? どうしてテレビの電源が付いているのかは謎だしこの際置いておくとして、もしかしてこれ、ファミリーなコンピュータを繋いだらゲームができるのでは?

「うん、試そう!」

 私はお祈りもそこそこに立ち上がると、砂嵐画面のテレビに近付いた。そしてファミリーなコンピュータの箱を開け、手早くテレビと繋いでいく。コンセントはもちろん見当たらないが、一応ACアダプターも繋いだ。
 そして新品の誰かさんの挑戦状の箱を開け中身のカセットを取り出してセットし、意気揚々と電源を入れる前に、テレビのチャンネルも合わせておく。

「よし、やるぞ……」

 私は大きく深呼吸し、ファミリーなコンピュータの電源をオンにした。


 なか゛いたひ゛か゛ はし゛まる..


「……って中身が違うし、これもクソゲーだ!」

  ***

「アキ様、いかがなされました?」

 祈りの間の片隅でポテトチップスをバリバリ食べていた私に、格ゲーの投げキャラのような大男、アレックスさんが声を掛けてきた。
 この世界では私の「亜希子」という名前は発音しにくいようで、みんな「アキ」と呼んでいる。小学生の頃は友達から「あきちゃん」なんて呼ばれていたから、違和感は特にない。
 私はポテチを食べる手を止めて、近くに置いていた濡れタオルで手を拭きながらその声に返事をした。

「あー、この世界に召喚されたばかりの頃を思い出してた」
「左様でございますか」
「アレックスさんこそ、どうしたの?」

 私が尋ねると、アレックスさんは頬を赤らめながら、おずおずとコントローラーが分離するタイプの最新ゲーム機を差し出してきた。

「ここの仕掛けがどうしても解けないのです」
「んー、どれどれ? ああ、ここか。ここはね……」

 私はアレックスさんに謎解きのヒントを与える。答えだけを教えるの風情がないし、アレックスさんも自力で解けた方が面白いだろう。

「ふむ、つまり……む? もしやここをこうして……そうか! 分かったぞ!」

 アレックスさんは答えが分かったようで、とても良い笑顔を浮かべる。
 うぐ、その笑顔は結構目に毒だ。この人、顔立ちは悪くないんだよ。そんな彼が格ゲーの投げキャラのような渋さを持ちながら、時々こんな子供みたいに笑うなんて、ギャップが激しい!

「アキ様、ありがとうございます! これで先に進めます!」
「うん、良かったね。あ、ポテチ食べる?」
「よろしいのですか?」
「いいよいいよ、いっぱいあるから」
「それでは、遠慮なく」

 そう言ってアレックスさんはポテチに手を伸ばした。
 私は知っている。この人、ポテトチップスやフライドポテト、ハンバーガーやアメリカンピザといった、いわゆるジャンクフード系の食べ物が大好きなのだ。
 これらのメニューについては、この塔専属の料理人に私がふんわりとしたレシピを伝えた。それはすごい猿の西遊記をプレイしていた時、そのあまりの理不尽っぷりに体がジャンクフードを欲したからだ。それはこの世界に来て三日後の出来事だった。
 このレシピを聞かされた料理人たちは、明らかに味の濃い料理に渋い顔をしながらも、聖女である私の頼みを断るわけにもいかず渋々作ってくれた。
 そんな彼らの意識が変わったのは、わりとすぐのことだ。
 私が食べていたピザを興味津々で見つめていたアレックスさん。彼の視線がものすごく気になったので、私は一切れアレックスさんにあげたのだ。この時初めて食べたピザをアレックスさんがいたく気に入り、料理人に感想を伝えに行くと、料理人たちがざわついたのである。
 どうやらアレックスさんはこの国でも一目置かれているすごい騎士らしく、そんな彼が美味いと言うのだからこの料理は素晴らしいものに違いないという話になったらしい。すまんの、それジャンクフードやで。
 しかしそれからというもの、私は料理人たちから他にも何かすごいレシピを持っているのではないかと質問攻めに遭うようになったのである。
 元々そんなに料理をしない方である私はほとほと困り果て、ある日の祈りの時間で「もう質問攻めに遭いたくない!」と強く願った。
 すると「オッケー」という、どこかで聞いたことのあるような気がする声でえらく軽い返事が聞こえてきたと思ったら、次の瞬間には魔法陣が光り輝き、二つ折りにできる携帯ゲーム機としゃべるほにゃららお料理ナビシリーズが三本、現れたのだ。

 今の声、夢の中で会ったあのおじいさんの声だよね!?

 いろいろと思うところはあったが、今は目の前に現れたゲームの形をしたレシピブックだ。
 私は現れたそれらを抱え、料理人たちに押し付けた。日本語が理解できるのかという不安はあったが、ゲーム機を仲介する日本語に限り、この世界の言葉に置き換わって認識できるようになるという、無駄にすごいシステムになっていた。
 それからというもの、私の食事情は豊かになったように思う。

 そんなことをのんびり考えながら、アレックスさんと二人ポテトチップスを貪っていると、頬を上気させたミリィさんが一枚のカードを手に私の元へやって来た。

「アキ様! やりました! レアコスチュームゲットしました!」
「おー、おめでとう!」

 ミリィさんが持っているのは、幼女パイセンと大きいお友達御用達の、女の子向けアーケードゲームのカードだ。
 実はミリィさんを筆頭とした侍女さんたちに、この某ファッション系トレーディングカードゲームが大流行中なのだ。異世界とはいえ、やはり女性はおしゃれが好きらしい。私は……喪女なのでお察しである。
 彼女たちは可愛いドレスや靴、アクセサリーのカードを集めては、城のお針子さんたちに見せてデザインに落とし込んでいるのだという。
 良いデザインを持ってきた者には特別報酬が払われているという噂だが、まあ、私には関係のない話だ。アーケードゲームは管理者モードみたいになっていて、プレイにお金かからないし、私は外出しないのでお金も使うことないしね。
 そんなことを考えていた私は、アレックスさんがミリィさんの手の中にあるカードを食い入るように見つめていたことに気付かなかった。

「その服……アキ様によく似合いそうですな」

 ……え?

「あ、そうですね! 確かにこのドレスの色合いでしたら、アキ様の黒いお髪によく映えそうです!」
「ふむ……そういえば先日、ミリィ殿が手に入れていたアクセサリーも、アキ様に似合うのではないか?」
「ああっ! 確かに! ちょっと控えの間に戻ってカードを持ってきます! 後でアレックスさんも一緒に選んでください!」
「ああ」

 ミリィさんは言うだけ言うと、お上品に、しかし明らかに駆け足で祈りの間を出て行った。
 ゲーム音が鳴り響いているはずの祈りの間が、急に静まり返ったような感覚に陥る。
 よくよく見れば、今この場にいるのは私とアレックスさんの二人だけだ。
 ……なぜだろう、妙に落ち着かない。熱でもあるのだろうか。

「おや、アキ様は本日は何かゲームはなさらないのですか?」
「んふぇっ!? あ、ああ、今日ね……うん、ちょっと音ゲーでもやるわ……」

 アレックスさんの質問に答えて、私は重い腰を上げた。
 まあるい大きなボタンを叩けば、この落ち着かない奇妙な感じが体調の良し悪しとして分かるだろう。
 ……分かって、ほしいな。



 結局調子が悪かった私はその後、村作り系の森のゲームに癒されるべく、飛び出す二つ折りの携帯ゲーム機を手に取った。
 ……あ、これアレックスさんが村長をやっている時のソフトが刺さりっぱなしだ。
 実はアレックスさん、格ゲーの投げキャラのような見た目をしているくせに、この手のゲームが好きなのだ。もちろん、王道RPGやアクションなども好んでプレイしている。

「とりあえずちゃんとした手順でソフトを終了しよう……?」

 呟いて、気付いた。

「アキコ村……?」

 ちょ、私の名前やんけ!?
 アレックスさん、なんで私の名前を村に付けているの!?
 そういえば、このゲームを始める時、アレックスさんが何か質問してきたな……?

 ――この村の名前とはいったい何でしょう?
 ――あー、それが自分の行く村の名前になるだけだから、好きに付けて良いんだよ。
 ――好きに、とおっしゃいますと?
 ――うーん、好きなものの名前でも付けたら良いんじゃないかな? 愛着が湧くようにさ。
 ――好きなもの、ですか。なるほど……はい、分かりました。

 ……こんなやり取りしましたねぇ!
 え、それでなんで私の名前を付けているのこの人? ピザ村でもよくなかったかな!?

 私は今のを見なかったことにして、携帯ゲーム機の電源を落とした。
 そうこうしているうちに、ミリィさんが他の侍女さんも引き連れて祈りの間に戻ってきており、地面にカードを並べていた。そしてアレックスさんも交えて私に似合うを衣装をコーディネートし始める。
 真面目に額を付き合わせて話し合う彼らの間に私が入る隙間があるはずもない。だから私は、彼ら彼女らから離れた位置で、往年の名作パズルゲームに没頭するのであった。

  ***

 黒髪をきつく結い上げられた私は、いつもよりも派手目な化粧を施されたあと、アレックスさんにエスコートされていた。
 燃えるような真っ赤なドレスをひるがえすのは、なんと私だ。
 あの日、アレックスさんも参加して行われた私のコーディネート合戦は、なぜかこんなにも派手な衣装を選んで決着していた。
 その後、侍女さんたちは私の……聖女のための予算から勝手にお金を支払い、城のお針子さんや靴やアクセサリーの職人に私の衣装の制作を依頼したのである。
 いやうん、私もゲームさえあればいいって感じでお金を全然使わないから、使い道ができるのは良いとは思うよ。でもさ、一応お金の所有権を持っている私に一言あってもよくないかな?
 その疑問を侍女さんたちにぶつけると、彼女たちから「予算は使い切るくらいでなければなりません! ケチな財務大臣に翌年の予算を削られてしまいますから!」と言われてしまった。
 どこの世界でもあるんだな、そんな話。世知辛い世の中だ。
 そんなことを思いながら遠い目をした私悪くない。絶対悪くない。
 私が心の中でそう言いながら現実逃避している間に完成したのが、この真っ赤なドレスだった。
 どうして赤いドレスになったのかというと、この赤に黒髪と白い肌――ただ単純に日光に当たっていなかったために青白いだけだ――が映えるとアレックスさんが言ったから、らしい。
 その話を思い出しながらちら、と私をエスコートするアレックスさんを盗み見る。
 いつもとは少しだけ形の違う、礼服タイプの騎士服を身にまとっている彼は、髪もきちんと整えている。私よりも頭一個半分くらい高い身長で更に姿勢の良い彼は重心がぶれない。さすがだ。
 私が内心でアレックスさんに賞賛の声を贈っていると、それを感じ取ったのだろうか、彼が私に視線を寄越した。その時の目があまりに綺麗で、私は一瞬呆けてしまう。アレックスさんはというと、私が不安に思っているとでも考えたのか、優しい笑みを浮かべて「大丈夫です」と私を安心させるように囁いた。
 その時の目があまりにも綺麗で、ちょっとだけ、悔しいと思ってしまった。

 やがて到着したのは、王城の大広間。今日はそこで盛大なパーティーが開かれているのだ。
 聖女である私も強制参加のそれは、別名――いや、俗称か――王様のお誕生日パーティー。
 仲の良い友達にお呼ばれするならまだしも、よく知りもしないオッサンのパーティーに強制参加なんて、これなんて罰ゲームだろうか。

「部屋にこもって星をみている方が億倍マシ」
「祈りの間には窓がありませんから、星は見えませんよ」
「知ってる」

 私の言葉にこてんと首を傾げるアレックスさん。うん、あざといな。あと、私が言いたかったのはオッサンのご機嫌取りをするくらいならクソゲーをプレイする方がマシってことやで。

「はぁ……気が重いけど、ここまで来たら腹を括るしかないか」
「その意気です。では、軽くおさらいしましょう。陛下や王妃様、殿下らへの挨拶は、ミリィ殿たちから習いましたね?」
「はい」
「それ以外の貴族については、私が対応いたします。アキ様は私の隣で微笑み立っていただくだけで大丈夫です」

 笑って立つだけって、それでも結構難しい気がするが……泣き言は言っていられない。ここまできたらやるしかないのだ。見せてやろう、日本人の多くが有する特技、愛想笑いを!

 そうやって、無駄に意気込んでいたというのに。

「聖女様、お役目を終えられた暁には、どうか私の伴侶となってはいただけませんか?」

 どうしてこうなった?

「いいや、伯爵とは少々年齢が離れ過ぎだろう。どうであろう、ぜひ我が息子と一度お会いしてはくださらないだろうか」
「おや、あなたの息子というと、まだ十にも満たないでしょう? それならば、私の息子の方が歳も近い。どうでしょう、聖女様」

 ……本当、どうしてこうなった?

 私、四捨五入して三十路の喪女! 突然のモテ期が到来して大困惑!
 ……いや、これアレか、聖女というネームバリューだけ欲しい系のやつだな。
 この国については詳しくは知らないが、役目を終えた聖女はこうして貴族に下賜されるのだろう。そして聖女を妻、あるいは嫁とすれば、それだけで一種のステイタスとなるようだ。もしかしたら国から補助金の一つでも下りるのかもしれない。

 うん、御免被る。

 というかこの人たち、私のことまだ十代かそこらと思っているな? いくら日本人が海外の人の目に幼く映るからといって、ここまで若く見られると若干複雑なのですが?
 そう思っていても、口を開いて下手なことを言うわけにもいかないため、私はひたすら愛想笑いを浮かべるだけしかできなかった。

 突然の求婚ラッシュは、アレックスさんがすべての話をのらりくらりと躱してくれたことで終わりを告げる。
 これだけでとにかく気疲れした私は、テーブルに並ぶ美味しそうな料理やお菓子を味わうことなく、一足先に現在の住み処である祈りの塔に戻ることにした。

「パーティーもうやだ」
「そうですね。そうだ、せっかくですから、アキ様が以前おっしゃっていたピザパーティーをやりましょう」
「あー、それいいね。やろう、ピザパーティー! それならあとはミリィさんや他の侍女さんも誘って、何かパーティーゲームをやりながら騒ごうよ!」

 せっかくだから八人対戦ができるゲームがいいかな。いや、四人対戦を順繰りやっても楽しいかもしれない。

「そうと決まれば、早く帰ろう、アレックスさん!」
「おっと、足下にはお気を付けください、アキ様」

 アレックスさんの手を引いて私は走る。

 突然この世界に召喚されて戸惑うことばかりだけれど、悪いことばかりではない。だって一日中ゲームをして過ごせる素晴らしい環境なのだから。
 私と関わりのある人たちもみんないい人だ。ミリィさんなんて子犬みたいに可愛いし、アレックスさんも良いゲーム仲間だ。
 元の世界に残してきてしまった両親や親戚、少ない友人に二度と会えないという寂しさはもちろんある。だけど、ミリィさんやアレックスさんを置いて元の世界に帰るのも、きっと辛い気持ちになるのだろう。そのくらいには、この生活に愛着が湧いていた。

「さっ、今日からしばらく塔の最上階に引きこもるよ!」
「いいですね。それでは、私もお付き合いいたしましょう」
「え、アレックスさん、毎日の訓練は……?」
「たまには休んでも平気でしょう」
「それでいいの?」
「いいんですよ」

 ニコリと笑ったアレックスさんは、悔しいがとても格好良かった。



 祈りの間に辿り着いた私を待っていたのはミリィさんで、彼女はその手に一つのソフトを持っていた。

「アキ様! また何か現れましたよ!」

 それを受け取った私は、はあ、と溜息をついた。

「またクソゲーじゃねえか!」

 あのおじいさん、星をみるように私のことを見ているな!?

 私の叫びを聞いておじいさんが「もちろんじゃよ?」と、どこか茶目っ気たっぷりに言っている声が聞こえたような気がした。
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