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現在、十五歳(もう、何度目かの)
「他の何にも代えがたい、わたしのあなた」
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他人の罪で呪われたわたしがわたし以外のすべてを呪わないはずがないのに、わたしは自分がそういうつまらない人間であると認めたくなくて、何もかも許しているふりをしていた。
本心ではない言葉をつらつらとわたし自身に言い聞かせるように声に出しているうちにいつか、心からそう思えるようになりたかった。わたしは誰も呪っていない。ぜんぶ運命として受け入れている。嘘が嘘でなくなることを祈って嘘を吐き続けた。祈りながらも嘘は嘘のままだろうと諦めていた。だけどわたしの嘘をちっとも疑うことなく信じ切って、純粋な目で見るあの子を手に入れたとき、膨らんでいく一方だった恨みつらみや憎しみが破裂寸前でぴたりと止まり、徐々にしぼみ始めたのだ。
こんなはずじゃなかった。
こんなはずじゃなかったのに。
地団駄を踏みたいような、途方に暮れてぼんやりしてしまうような。難解な感情がぐるぐると胸をかき乱し、わたしは少し泣いた。
永遠に許さない権利がわたしにはある。理不尽に呪いをかけられたわたしは、あの女を一生憎んだっていいはずだ。それなのにどうして、わたしはわたしを呪った女のしあわせをふと願ってしまったのだろう。呪わずにはいられなかった彼女の苦しみを思って胸を痛めてしまったんだろう。
確かにそういう神様みたいな人間になりたかった。つらい目に遭っても悲壮感のない笑顔で、常に周囲の幸福を祈るようなひとに。そんな嘘みたいな善人になろうとしていた。なれるはずがないって知りながら。だってそんなことできっこない。聖人君子でもあるまいし。わたしは普通の人間だから当たり前のようにわたしをかわいそうに思うし、わたしの身に降りかかった理不尽な不幸を受け入れられないし、わたし以外のしあわせそうな奴らをきっと許さない。
けれどもわたしの嘘はどうやら、嘘でなくなろうとしている。それがうれしいのか何なのかよくわからない。いいことなのかどうかも判断がつかない。ただ、嘘は本当になりかけている。あの子のせいで。あの子のおかげで。あの子がわたしを救ってしまう。自覚もないままあっさりと、わたしを連れ出そうとしている。光のあたるほうへ、明るい場所へ。運命を嘆いてただただ死ぬのを待つことをあの子だけが許してくれない。
あの子のうるんだ琥珀色の瞳はわたしに向かってたったひとつのことを命じる。
戦え!
それで激しく泣きながら、誰よりもわたしが死ぬことを恐れながらも、あの子はわたしの腕を引いてどこまでも一緒に逃げてくれようとしている。
あの子がわたしをどうしてそこまで大事に思ってくれているのか、わたしは知っている。
棲家を壊され故郷を奪われ、一族散り散りになって、何もかもを失ったあの子。
やせ細ったからだでふらふらと街を彷徨っていた。
そんなときにたまたま通りがかったわたしが手を差し伸べたものだから、うっかり感激して、わたしを神様のように感じてしまったのだ。そんなふうに恩を感じることはないの。あんなのはただの気まぐれで、もし別の日に見かけていたら、もしかするとわたし、あなたを平気で素通りしたかもしれない。それなのに宝石みたいにきらめく目で、わたしを眩しそうに見つめるんだから、気まぐれだったなんて言えなくなってしまった。
馬鹿な子。
わたしみたいなひどい人間を神様にしてしまって、まるで見る目がない。
セイレーンはきっと心がきれいで、ひとを疑うことを知らないのね。だから人間の内側に潜む邪悪さに気づかないで、ふるさとも命も奪われる一方なのだろう。だけどそれは疑わないセイレーンが愚かなのではない。彼らはただ純粋なだけ。清らかな魂のいきものを身勝手な欲望で滅ぼそうとしている人間こそが、愚かで救いがたいのだった。
たとえ滅ぼされるさだめであっても、わたしはあなたたちになりたかった。自分の身ばかりがかわいいわたしなんかではなく、一途でひたむきなあの子のように、きれいな魂で生きたかった。
短い一生を終える前にわたしは怒りを捨て去り身軽になれたから、ちょっとはあなたたちに近づいたかしら。あと何十年もあの子と生きて、しわくちゃのおばあちゃんになる頃には、もっと素敵な人間になれているのかもしれない。ああ。ああ、でもわたしには時間がない。わたしはうら若き乙女のまま死ぬ。そういう呪いをかけられている。
でも不思議。わたしどういうわけか、すべてがうまくいくような気がする。今は駄目でもいつか。いつかきっと、わたしの願いは叶う。そう確信している。ああ、どうしてかしら。あの子がわたしの運命を切り開いてくれるのかしら。
わたしに救われたと思って健気に懐いてくれるあの子。本当のところは逆で、出会ってからずっと、わたしのほうがこのどうしようもない魂を救われ続けているというのに。馬鹿な子。大好き。
ねえ、あの日あなたを拾ったのはあなたが好きだからでも何でもなかったけど、ただの偶然、気まぐれだったんだけど、今は違うの。なんとなく理由もなくそばに置いているわけじゃないの。愛しているからそばにいてほしいんだって、信じてくれる? 訊いたらきっときょとんとして、信じるに決まってる、僕はマリアの言うことはすべて信じると決めている、そんなふうに返ってくるのだろう。
あなたが好き。大好き。他の何にも代えがたい、わたしのあなた。
誰もがさじを投げたこの呪われた運命を、それでもあなたが諦めないと言うのなら。
いつかわたしたちがなんの不安もなく手を繋ぎ、世界中にしあわせの欠片をまき散らしながら歩む日がやってくると信じるのなら。
わたしは戦おうと思う。
つらくても悲しくても、わたしはわたしをかわいそがったりせず、どこまでも抗ってみせる。
何度も生まれて若いまま死んで、それを繰り返すうち、少しずつわたしからわたしの面影が失われていく。もうどんなに鏡を覗き込んでみても、最初のマリアはどこにもいない。髪の毛も目の形も背丈も国籍も両親も何もかも。何もかもが違う。ぜんぶわたしの妄想で、わたしははじめから真里亜で、呪われた過去なんてなく、何度も生まれて死んでを繰り返してなんかいないんじゃないかって不安に思うときもあった。
だけどあの子がずっとそばにいる。わたしはかつてお城に棲んでいたマリアで、今は海の見える家であの子と暮らす真里亜。ぜんぶわたしだとあなただけが証明してくれる。
だからまだ戦おうと思う。
わたしの望む結末を手に入れるまで、ずっと。
本心ではない言葉をつらつらとわたし自身に言い聞かせるように声に出しているうちにいつか、心からそう思えるようになりたかった。わたしは誰も呪っていない。ぜんぶ運命として受け入れている。嘘が嘘でなくなることを祈って嘘を吐き続けた。祈りながらも嘘は嘘のままだろうと諦めていた。だけどわたしの嘘をちっとも疑うことなく信じ切って、純粋な目で見るあの子を手に入れたとき、膨らんでいく一方だった恨みつらみや憎しみが破裂寸前でぴたりと止まり、徐々にしぼみ始めたのだ。
こんなはずじゃなかった。
こんなはずじゃなかったのに。
地団駄を踏みたいような、途方に暮れてぼんやりしてしまうような。難解な感情がぐるぐると胸をかき乱し、わたしは少し泣いた。
永遠に許さない権利がわたしにはある。理不尽に呪いをかけられたわたしは、あの女を一生憎んだっていいはずだ。それなのにどうして、わたしはわたしを呪った女のしあわせをふと願ってしまったのだろう。呪わずにはいられなかった彼女の苦しみを思って胸を痛めてしまったんだろう。
確かにそういう神様みたいな人間になりたかった。つらい目に遭っても悲壮感のない笑顔で、常に周囲の幸福を祈るようなひとに。そんな嘘みたいな善人になろうとしていた。なれるはずがないって知りながら。だってそんなことできっこない。聖人君子でもあるまいし。わたしは普通の人間だから当たり前のようにわたしをかわいそうに思うし、わたしの身に降りかかった理不尽な不幸を受け入れられないし、わたし以外のしあわせそうな奴らをきっと許さない。
けれどもわたしの嘘はどうやら、嘘でなくなろうとしている。それがうれしいのか何なのかよくわからない。いいことなのかどうかも判断がつかない。ただ、嘘は本当になりかけている。あの子のせいで。あの子のおかげで。あの子がわたしを救ってしまう。自覚もないままあっさりと、わたしを連れ出そうとしている。光のあたるほうへ、明るい場所へ。運命を嘆いてただただ死ぬのを待つことをあの子だけが許してくれない。
あの子のうるんだ琥珀色の瞳はわたしに向かってたったひとつのことを命じる。
戦え!
それで激しく泣きながら、誰よりもわたしが死ぬことを恐れながらも、あの子はわたしの腕を引いてどこまでも一緒に逃げてくれようとしている。
あの子がわたしをどうしてそこまで大事に思ってくれているのか、わたしは知っている。
棲家を壊され故郷を奪われ、一族散り散りになって、何もかもを失ったあの子。
やせ細ったからだでふらふらと街を彷徨っていた。
そんなときにたまたま通りがかったわたしが手を差し伸べたものだから、うっかり感激して、わたしを神様のように感じてしまったのだ。そんなふうに恩を感じることはないの。あんなのはただの気まぐれで、もし別の日に見かけていたら、もしかするとわたし、あなたを平気で素通りしたかもしれない。それなのに宝石みたいにきらめく目で、わたしを眩しそうに見つめるんだから、気まぐれだったなんて言えなくなってしまった。
馬鹿な子。
わたしみたいなひどい人間を神様にしてしまって、まるで見る目がない。
セイレーンはきっと心がきれいで、ひとを疑うことを知らないのね。だから人間の内側に潜む邪悪さに気づかないで、ふるさとも命も奪われる一方なのだろう。だけどそれは疑わないセイレーンが愚かなのではない。彼らはただ純粋なだけ。清らかな魂のいきものを身勝手な欲望で滅ぼそうとしている人間こそが、愚かで救いがたいのだった。
たとえ滅ぼされるさだめであっても、わたしはあなたたちになりたかった。自分の身ばかりがかわいいわたしなんかではなく、一途でひたむきなあの子のように、きれいな魂で生きたかった。
短い一生を終える前にわたしは怒りを捨て去り身軽になれたから、ちょっとはあなたたちに近づいたかしら。あと何十年もあの子と生きて、しわくちゃのおばあちゃんになる頃には、もっと素敵な人間になれているのかもしれない。ああ。ああ、でもわたしには時間がない。わたしはうら若き乙女のまま死ぬ。そういう呪いをかけられている。
でも不思議。わたしどういうわけか、すべてがうまくいくような気がする。今は駄目でもいつか。いつかきっと、わたしの願いは叶う。そう確信している。ああ、どうしてかしら。あの子がわたしの運命を切り開いてくれるのかしら。
わたしに救われたと思って健気に懐いてくれるあの子。本当のところは逆で、出会ってからずっと、わたしのほうがこのどうしようもない魂を救われ続けているというのに。馬鹿な子。大好き。
ねえ、あの日あなたを拾ったのはあなたが好きだからでも何でもなかったけど、ただの偶然、気まぐれだったんだけど、今は違うの。なんとなく理由もなくそばに置いているわけじゃないの。愛しているからそばにいてほしいんだって、信じてくれる? 訊いたらきっときょとんとして、信じるに決まってる、僕はマリアの言うことはすべて信じると決めている、そんなふうに返ってくるのだろう。
あなたが好き。大好き。他の何にも代えがたい、わたしのあなた。
誰もがさじを投げたこの呪われた運命を、それでもあなたが諦めないと言うのなら。
いつかわたしたちがなんの不安もなく手を繋ぎ、世界中にしあわせの欠片をまき散らしながら歩む日がやってくると信じるのなら。
わたしは戦おうと思う。
つらくても悲しくても、わたしはわたしをかわいそがったりせず、どこまでも抗ってみせる。
何度も生まれて若いまま死んで、それを繰り返すうち、少しずつわたしからわたしの面影が失われていく。もうどんなに鏡を覗き込んでみても、最初のマリアはどこにもいない。髪の毛も目の形も背丈も国籍も両親も何もかも。何もかもが違う。ぜんぶわたしの妄想で、わたしははじめから真里亜で、呪われた過去なんてなく、何度も生まれて死んでを繰り返してなんかいないんじゃないかって不安に思うときもあった。
だけどあの子がずっとそばにいる。わたしはかつてお城に棲んでいたマリアで、今は海の見える家であの子と暮らす真里亜。ぜんぶわたしだとあなただけが証明してくれる。
だからまだ戦おうと思う。
わたしの望む結末を手に入れるまで、ずっと。
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