絶対不要の運命論

小川 志緒

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過去、十五歳(まだ、一度目の)

「大事なのは誰の味方でいたいかということ」

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 とあるうわさが遠い国から届いて僕らの住む土地にも囁かれるようになったのはいつのことだっただろうか。夏だった気がする。街へ繰り出したのはいいけど、あまりの暑さにへとへとになって、日陰で涼んでいるときに耳に挟んだはずだ。まだマリアがマリアだった頃。一度目の十五歳を過ごしていた、あの頃。

 ねえ聞いた? と花屋の娘が声を潜めたから、あわてて注意深く聞き耳を立てたのだ。
 このフレーズで始まる話は、とても重要だったり面白かったりするから、ぜったいに聞き逃してはならない。ひとの会話を盗み聞きするなんてお行儀が悪いけど、好奇心には勝てなかった。マリアと目を見合わせてどきどきしながら神経を集中させた。

 噂はこうだった。
 遠く離れた小さな国の、いちばん栄えた街で、ひときわ素敵なお城に住まう王様が死んでしまったというのだ。魔女に殺されてしまったと。

 ――その国の王様は国を治めるにはお人が良すぎて、ちょっと優柔不断で頼りない御方だったそうだけど、とにもかくにも優しくて、いつだって民のことを考えてくださっていたものだから、どんなに不作の年でも飢えて死人が出たことがないんですって。そんな素晴らしい御方をなぜ魔女は殺したのだと思う? ひどいわよ。とんでもない逆恨みなのよ。生活に苦しんで助けを乞うてきた魔女に家も食べ物も身に着けるものだって何だって用意してくださった王様の好意に甘え、いつまでも働きもせずただ飯ぐらいの日々を送り、挙句もっと寄越せと言い出したの。そんなにやったら国民に分け与えるぶんがなくなってしまうと王様が拒んだら魔女は怒り狂って、それで……
 ――そんなひどい話があったなんて。やっぱり魔女は危険なんだわ。早く見つけて閉じこめないと。
 ――閉じこめるのでは甘いわ。火にかけるのよ。
 ――そうね。それが確実だわ。

 娘たちの激しい言葉に身をすくませて僕は小さく息を吐いた。
 ひどいことをしたひとにやり返してやりたい気持ちはわかる。だけどそんな当たり前のように、火にかけてやらなくてはと言える彼女たちの残酷さに傷ついていた。
 
 相手が同じ人間だったら、きっとそこまで過激なことを言ったりしなかっただろう。自分とちがういきものだから。だから火にかけてやれなんて言えるんだ。
 僕の正体を知ったとしたら、彼女たちは僕にも言うのかもしれない。
 あのこどもを捕まえて火をつけろ!

 僕とマリアが生まれる少し前までは、魔女というのは自然に人間の共同体に馴染んでいたというのが信じられない。今ではすっかり嫌われ者で、魔女はこそこそと身を隠して生きている。
 ちら、と横目で見るとマリアは顔を真っ青にして唇をきつく噛んでいた。マリアは自分にかけられている呪いのことを知っている。ひとりの魔女によって長く生きられないからだにされたと理解している。だけどマリアは魔女を憎んではいない。

「いい魔女も悪い魔女もいるわ」

 鼻を啜ってマリアは呟く。

「人間だってそうでしょう?」

 僕は腕を伸ばしてマリアと手を繋いだ。
 握り返す力が弱々しくて、僕まで少し泣きそうになった。

 15歳の誕生日を迎えてからというもの、日に日にマリアは弱っていく。
 今朝はお城の地下室に続く隠し扉をとうとう自力で開けられなくなった。なんだか今日は調子が悪いみたいと笑って誤魔化していたけれど、その声が震えていたのに僕は気づいている。眠る時間が夜ごとに長くなっていることも。前のように駆け回ることはおろか、少し出歩いただけで息が上がることも。
 マリアは十六歳になることはできない。
 僕を置いて手の届かないところに行ってしまう日が来るのは、そう遠いことではない。

「わたしに呪いをかけた魔女も、悪い魔女じゃなかったの」

 それでもマリアは魔女を庇う。

「だって彼女は自分の娘が死んで、悲しかっただけなのよ」

 僕は曖昧に頷いて、でも僕はその魔女がきらいだと思う。いいひととか悪いひととか関係ない。物事は見る角度によってまるきり別の物語になってしまう。だから大事なのは誰の味方でいたいかということ。誰の隣にいたいかということだ。僕にとって何にもまして大切なのはマリアだから、マリアを傷つけたり損なわせたりするものはすべて敵だった。たとえマリアがゆるしても。

「世界中がマリアみたいなひとだらけなら、きっとみんなしあわせなのに」

 僕が言うと、

「そんなのはつまらないわよ」

 とマリアはくすくす笑った。
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