10 / 13
過去、十五歳(まだ、一度目の)
「どうか、祈らせてください」
しおりを挟む
ひょっとするとわたくしは、わたくしの呪ったあの子より、あの子の傍にあり続けると決めたセイレーンにより同情したかもしれない。
同情なんて何様のつもりでしょう。正確に表現すれば同情というのも違って、どちらかといえば共感に近い気もします。どんな言葉を選んでも彼女は怒るでしょうけれど。
でも、誰よりも自分の手で助けたいと願う相手を助けることができず、してあげられることが何もなくてただ傍にいることしかできないやるせなさを、わたくしも知っているのです。嫌という程。
何もできないということは、情け容赦なくずたずたに胸を切り裂かれるような思いがします。わたくしの胸は傷だらけで、未だに血が止まらずにいますから。
病に伏せる娘を前に為す術もなく泣くばかりであったわたくしに比べて、彼女はなんと凛々しいのでしょう。
自分には何もしてあげられることがないという事実を受け入れ、呪いを解くことは叶わないという現実を受け止め、それでもなお最期の瞬間まであの子の傍にいると決意した彼女。
滅亡寸前のセイレーンの末裔で、人間が憎くないはずかありません。しかし彼女はひとりの少女のためにそこ憎しみを捨て去ったのでしょう。彼女は人間に対し努めて親切であろうとしていました。
きっと彼女は寿命が尽きて泡になって、ふわふわと宙を舞って天まで届くのだろう。そうして迎え入れられる。
彼女はわたくしと違って、自らの受けた傷を誰かにやり返そうとしなかったのです。誰にも咎められることなく、天の国へと導かれることでしょう。
ああ、なんて清く正しい、健やかな魂だろう。なんと強い心を持っているのだろう。彼女の魂のほんの一欠片でもわたくしにあれば、と思わずにはいられません。わたくしはわたくしの弱さゆえに自分自身を不幸にし、罪なき少女をも地獄に巻き込んでしまったのです。彼女の強さがわたくしにもあれば。
……いいえ。
いいえ、彼女は決して強いのではない。彼女が愛したあの子の傍にい続けると決めたのではない。
そうする他になかった。
選んだのではなく、それしか選べなかったのでした。
彼女がいちばんいいと思う選択肢はなかったのです。ほんとうは来世の約束だけを支えにあの子のいない世界を生きたくなどないでしょう。
だけれど他でもないあの子が、彼女の愛するあの子が言うから。戻ってくるから待っていてなんて、どうしてそんなひどいことを言えるの。でもあの子が残酷な約束を取り付けなければきっと、彼女は生きる気力を失い、自暴自棄になっていたかもしれません。あれは彼女にとって希望でした。また会う日までしばらくの別れだと言い聞かせてなんとかやり過ごすのです。
あなたたちはきっと再び巡り会うでしょう。しかしあの子の呪いはその効力を失うことなく、あの子の身をまた蝕むに違いない。再会してもすぐに別れが来てしまう。わたくしのせいで。わたくしが自分に起こった不幸に耐えきれなかったせいで。
そんな立場にはないことは重々承知です。ですが、どうか、祈らせてください。あなたたちがいつの日か、わたくしなんかの下らぬ呪いを打ち砕き、世界を闊歩する未来がくることを。どうか祈らせて。それまで戦って。こんな理不尽な出来事のために不幸にはされないと、証明してください。あなたたちがきっと、あなたたちの望む人生を歩む日が来ますように。
同情なんて何様のつもりでしょう。正確に表現すれば同情というのも違って、どちらかといえば共感に近い気もします。どんな言葉を選んでも彼女は怒るでしょうけれど。
でも、誰よりも自分の手で助けたいと願う相手を助けることができず、してあげられることが何もなくてただ傍にいることしかできないやるせなさを、わたくしも知っているのです。嫌という程。
何もできないということは、情け容赦なくずたずたに胸を切り裂かれるような思いがします。わたくしの胸は傷だらけで、未だに血が止まらずにいますから。
病に伏せる娘を前に為す術もなく泣くばかりであったわたくしに比べて、彼女はなんと凛々しいのでしょう。
自分には何もしてあげられることがないという事実を受け入れ、呪いを解くことは叶わないという現実を受け止め、それでもなお最期の瞬間まであの子の傍にいると決意した彼女。
滅亡寸前のセイレーンの末裔で、人間が憎くないはずかありません。しかし彼女はひとりの少女のためにそこ憎しみを捨て去ったのでしょう。彼女は人間に対し努めて親切であろうとしていました。
きっと彼女は寿命が尽きて泡になって、ふわふわと宙を舞って天まで届くのだろう。そうして迎え入れられる。
彼女はわたくしと違って、自らの受けた傷を誰かにやり返そうとしなかったのです。誰にも咎められることなく、天の国へと導かれることでしょう。
ああ、なんて清く正しい、健やかな魂だろう。なんと強い心を持っているのだろう。彼女の魂のほんの一欠片でもわたくしにあれば、と思わずにはいられません。わたくしはわたくしの弱さゆえに自分自身を不幸にし、罪なき少女をも地獄に巻き込んでしまったのです。彼女の強さがわたくしにもあれば。
……いいえ。
いいえ、彼女は決して強いのではない。彼女が愛したあの子の傍にい続けると決めたのではない。
そうする他になかった。
選んだのではなく、それしか選べなかったのでした。
彼女がいちばんいいと思う選択肢はなかったのです。ほんとうは来世の約束だけを支えにあの子のいない世界を生きたくなどないでしょう。
だけれど他でもないあの子が、彼女の愛するあの子が言うから。戻ってくるから待っていてなんて、どうしてそんなひどいことを言えるの。でもあの子が残酷な約束を取り付けなければきっと、彼女は生きる気力を失い、自暴自棄になっていたかもしれません。あれは彼女にとって希望でした。また会う日までしばらくの別れだと言い聞かせてなんとかやり過ごすのです。
あなたたちはきっと再び巡り会うでしょう。しかしあの子の呪いはその効力を失うことなく、あの子の身をまた蝕むに違いない。再会してもすぐに別れが来てしまう。わたくしのせいで。わたくしが自分に起こった不幸に耐えきれなかったせいで。
そんな立場にはないことは重々承知です。ですが、どうか、祈らせてください。あなたたちがいつの日か、わたくしなんかの下らぬ呪いを打ち砕き、世界を闊歩する未来がくることを。どうか祈らせて。それまで戦って。こんな理不尽な出来事のために不幸にはされないと、証明してください。あなたたちがきっと、あなたたちの望む人生を歩む日が来ますように。
0
あなたにおすすめの小説
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる