絶対不要の運命論

小川 志緒

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過去、十五歳(まだ、一度目の)

「どうか、祈らせてください」

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 ひょっとするとわたくしは、わたくしの呪ったあの子より、あの子の傍にあり続けると決めたセイレーンにより同情したかもしれない。
 同情なんて何様のつもりでしょう。正確に表現すれば同情というのも違って、どちらかといえば共感に近い気もします。どんな言葉を選んでも彼女は怒るでしょうけれど。

 でも、誰よりも自分の手で助けたいと願う相手を助けることができず、してあげられることが何もなくてただ傍にいることしかできないやるせなさを、わたくしも知っているのです。嫌という程。
 何もできないということは、情け容赦なくずたずたに胸を切り裂かれるような思いがします。わたくしの胸は傷だらけで、未だに血が止まらずにいますから。

 病に伏せる娘を前に為す術もなく泣くばかりであったわたくしに比べて、彼女はなんと凛々しいのでしょう。
 自分には何もしてあげられることがないという事実を受け入れ、呪いを解くことは叶わないという現実を受け止め、それでもなお最期の瞬間まであの子の傍にいると決意した彼女。
 滅亡寸前のセイレーンの末裔で、人間が憎くないはずかありません。しかし彼女はひとりの少女のためにそこ憎しみを捨て去ったのでしょう。彼女は人間に対し努めて親切であろうとしていました。

 きっと彼女は寿命が尽きて泡になって、ふわふわと宙を舞って天まで届くのだろう。そうして迎え入れられる。
 彼女はわたくしと違って、自らの受けた傷を誰かにやり返そうとしなかったのです。誰にも咎められることなく、天の国へと導かれることでしょう。

 ああ、なんて清く正しい、健やかな魂だろう。なんと強い心を持っているのだろう。彼女の魂のほんの一欠片でもわたくしにあれば、と思わずにはいられません。わたくしはわたくしの弱さゆえに自分自身を不幸にし、罪なき少女をも地獄に巻き込んでしまったのです。彼女の強さがわたくしにもあれば。

 ……いいえ。
 いいえ、彼女は決して強いのではない。彼女が愛したあの子の傍にい続けると決めたのではない。
 そうする他になかった。
 選んだのではなく、それしか選べなかったのでした。

 彼女がいちばんいいと思う選択肢はなかったのです。ほんとうは来世の約束だけを支えにあの子のいない世界を生きたくなどないでしょう。
 だけれど他でもないあの子が、彼女の愛するあの子が言うから。戻ってくるから待っていてなんて、どうしてそんなひどいことを言えるの。でもあの子が残酷な約束を取り付けなければきっと、彼女は生きる気力を失い、自暴自棄になっていたかもしれません。あれは彼女にとって希望でした。また会う日までしばらくの別れだと言い聞かせてなんとかやり過ごすのです。

 あなたたちはきっと再び巡り会うでしょう。しかしあの子の呪いはその効力を失うことなく、あの子の身をまた蝕むに違いない。再会してもすぐに別れが来てしまう。わたくしのせいで。わたくしが自分に起こった不幸に耐えきれなかったせいで。
 そんな立場にはないことは重々承知です。ですが、どうか、祈らせてください。あなたたちがいつの日か、わたくしなんかの下らぬ呪いを打ち砕き、世界を闊歩する未来がくることを。どうか祈らせて。それまで戦って。こんな理不尽な出来事のために不幸にはされないと、証明してください。あなたたちがきっと、あなたたちの望む人生を歩む日が来ますように。
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