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私はしがない街角の喫茶店【月影】のマスター、柚木。名前は伏せておきましょう。その方が、少しミステリアスでしょう。
年齢はシルバーに差し掛かる頃。髪に少し白髪が混じり、柔らかくなった髪質が最近の悩みです。背は少しは高めで、吊り戸棚も踏み台無しで手が届きます。
若い頃、流し目の似合うアイドル似ているとよく言われました。目はアーモンド型で大きめ、唇には右上に小さなホクロがあります。体型はスマートに保つため、週2回はジムで鍛え、体脂肪率は12%。筋肉はあるけれど決してガリガリではありません。
仕事着は、白シャツに黒ベスト。黒スラックスに黒革靴。エプロンも黒で、腰に回して前で蝶々結びにしています。
蝶々結びにはこだわりがあり、輪っかを作り上から回すことで、もっとも美しい形になります。
仕事を始めると、テーブルの椅子を下ろし、
カウンターのメニュー表とナプキンを各テーブルに配置。ブラウンのカーテンは両サイドに結び、白いレースカーテンはそのまま。窓の向こうには、興味深そうに覗く猫がいましたが、すぐにピョンと跳ねて去って行きました。
向かいの花屋の女性が会釈をすると、私も笑顔で返します。今日は天気が良く、冬の街に柔らかな日差しが差し込んでいます。
次に湯を沸かします。コーヒーを美味しく淹れるには、豆の鮮度、挽き具合、器具の温め方、蒸らしの時間や、お湯の注ぎ方まで気を配ります。これが長年こだわってきた私の淹れ方なのです。
うーん、コーヒーのいい香りがしてきましたね。私の鼻腔をくすぐります。
湯を注ぎ、温めたカップの湯を流し、出来たてのコーヒーをゆっくり注ぐ。
カップに注がれるコーヒーは、私の心を落ち着かせ、なんとも言えない小さくも幸せな気持ちにしてくれるのです。
私はカウンターに腰掛け、この1杯のコーヒーを味わう。
ここまでが私の仕事始めのルーティン。
どこにでもある喫茶店―――そう思われるのでしょう。しかし、実は違うのです。その秘密は、また後ほど。
今日はこちらを覗く人がひとりいます。
私は反応せず、いつも通りコーヒーを味わいます。人は、興味を持たなければ近づいてくるものですから。
カランコロン!
どうやら、お客様のようです。
「あのー、開いてます?」
「どうぞ、いらっしゃいませ。ようこそ月影へ。あちらの席へどうぞ」
私は微笑みながら案内します。
日焼けを気にするお年頃でしょう。
だから、日の当たらない場所がいいでしょう。
「ありがとうございます」
若い女性が席に腰を下ろし、ゆっくり店内を見渡したあと、メニューに目を移しました。メニューを見る目に少し緊張がみえました。
「あのっ、月影コーヒーを下さい」
おや?この月影コーヒーはメニューにはない、シークレットメニュー。
「かしこまりました、ご用意致しますね」
私は笑みを返しながら、月影コーヒーの注文を承りました。
月影コーヒー。
このコーヒーを注文するということは、“あの話”を聞きに来たのでしょうか?
私は微笑みながら、ゆっくりカップを手に取ります。
表には出さないけど、時折、私は人の心の奥の小さな揺れを感じることがあります。
それが“正しい答え”かは分かりません。
ただ、感じるのです。人が知りたくて、ここに足を運んでくる理由を。
今日のお客様は、どんな気持ちでこの扉をくぐったのでしょうか。
年齢はシルバーに差し掛かる頃。髪に少し白髪が混じり、柔らかくなった髪質が最近の悩みです。背は少しは高めで、吊り戸棚も踏み台無しで手が届きます。
若い頃、流し目の似合うアイドル似ているとよく言われました。目はアーモンド型で大きめ、唇には右上に小さなホクロがあります。体型はスマートに保つため、週2回はジムで鍛え、体脂肪率は12%。筋肉はあるけれど決してガリガリではありません。
仕事着は、白シャツに黒ベスト。黒スラックスに黒革靴。エプロンも黒で、腰に回して前で蝶々結びにしています。
蝶々結びにはこだわりがあり、輪っかを作り上から回すことで、もっとも美しい形になります。
仕事を始めると、テーブルの椅子を下ろし、
カウンターのメニュー表とナプキンを各テーブルに配置。ブラウンのカーテンは両サイドに結び、白いレースカーテンはそのまま。窓の向こうには、興味深そうに覗く猫がいましたが、すぐにピョンと跳ねて去って行きました。
向かいの花屋の女性が会釈をすると、私も笑顔で返します。今日は天気が良く、冬の街に柔らかな日差しが差し込んでいます。
次に湯を沸かします。コーヒーを美味しく淹れるには、豆の鮮度、挽き具合、器具の温め方、蒸らしの時間や、お湯の注ぎ方まで気を配ります。これが長年こだわってきた私の淹れ方なのです。
うーん、コーヒーのいい香りがしてきましたね。私の鼻腔をくすぐります。
湯を注ぎ、温めたカップの湯を流し、出来たてのコーヒーをゆっくり注ぐ。
カップに注がれるコーヒーは、私の心を落ち着かせ、なんとも言えない小さくも幸せな気持ちにしてくれるのです。
私はカウンターに腰掛け、この1杯のコーヒーを味わう。
ここまでが私の仕事始めのルーティン。
どこにでもある喫茶店―――そう思われるのでしょう。しかし、実は違うのです。その秘密は、また後ほど。
今日はこちらを覗く人がひとりいます。
私は反応せず、いつも通りコーヒーを味わいます。人は、興味を持たなければ近づいてくるものですから。
カランコロン!
どうやら、お客様のようです。
「あのー、開いてます?」
「どうぞ、いらっしゃいませ。ようこそ月影へ。あちらの席へどうぞ」
私は微笑みながら案内します。
日焼けを気にするお年頃でしょう。
だから、日の当たらない場所がいいでしょう。
「ありがとうございます」
若い女性が席に腰を下ろし、ゆっくり店内を見渡したあと、メニューに目を移しました。メニューを見る目に少し緊張がみえました。
「あのっ、月影コーヒーを下さい」
おや?この月影コーヒーはメニューにはない、シークレットメニュー。
「かしこまりました、ご用意致しますね」
私は笑みを返しながら、月影コーヒーの注文を承りました。
月影コーヒー。
このコーヒーを注文するということは、“あの話”を聞きに来たのでしょうか?
私は微笑みながら、ゆっくりカップを手に取ります。
表には出さないけど、時折、私は人の心の奥の小さな揺れを感じることがあります。
それが“正しい答え”かは分かりません。
ただ、感じるのです。人が知りたくて、ここに足を運んでくる理由を。
今日のお客様は、どんな気持ちでこの扉をくぐったのでしょうか。
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