この世界の闇を取り除かせていただきます!~ヤンデレ&メンヘラ攻略者たちを救っていたら悪役令嬢に執着するようになったのですが大丈夫そうですか?

桜崎司

文字の大きさ
6 / 18
王太子編

第5話「月夜の出会いと、少年の冷たい微笑」

しおりを挟む
 庭園を飾る夜の静寂に、水色の花が揺れる。
 月明かりを浴びて輝くその一角が、だんだんとそこにいる誰かの姿を映し出した。
 ――そこに立っていたのは、ブレイディア・ライタンド・ゲバリーンド。
 8歳の王太子であり、今日のパーティーの主役であった。

 

 

 さっきまで会場の中央で、令嬢たちに囲まれていた少年が、何故かこの誰もいない庭園にいた。
 その彼が、今は夜空を背にして月の光を受けながら、無表情で水色の花を見つめている。
 ――まるで、その花だけが唯一の安らぎであるかのように。

 驚きに言葉を失っていると、ブレイディアはすぐに表情を取り繕い、柔らかな微笑みを作って私を見た。
 しかし、その笑顔はまるで人形のようだ。まばゆい金髪と碧の瞳の煌めきとは裏腹に、どこか冷たく張り付いたように感じる。

 (どうしてここに……?)

 思わず口を開きかけた私だったが、ブレイディアの方が先に小さく息をついた。

 「……ごめんね。パーティーの主役が、こんなところで。
  ……邪魔だったね」

 それだけ言うと、彼はひらりと身を翻して、立ち去ろうとする。
 周囲の令嬢を振り回していた王子様らしからぬ、あまりにもそっけない態度。
 月明かりに照らされた横顔は、ただ平坦で、何の感情も浮かべていないように見えた。

 (そ、そんな……)

 人形のように冷たい、そのあまりに完璧な微笑が、私の心にチクリと突き刺さる。
 同時に、前世のゲームで見たブレイディアの苦しそうな過去が脳裏を駆け巡る。
 たった8歳にして、彼はもう誰も信じていないのだろうか。
 考えがまとまらぬまま、私は思わず声を上げてしまった。

 「ま、待って……!」


 

 ブレイディアの足が止まる。
 私の心臓は早鐘を打つ。正直、なぜ呼び止めたのか自分でも分からない。
 ただ、こうして一人きりで暗がりに佇む彼を見過ごすことが、どうしても胸を痛めた。

 「……何?」

 振り返ったブレイディアの声は淡々としている。口元には人当たりのいい笑顔が貼りついたまま。
 その無機質な笑顔と冷たい瞳のギャップに、私は一瞬どきりとする。
 自分が何をしたかったのか分からないまま、思わず口を動かした。

 「え、えっと……私と……ともだちになりましょう!」

 ――言ってから、自分で自分に驚く。
 なぜこんな突拍子もないことを口走ってしまったのか。
 会場でも王族相手にそんな強引な誘い方は想定外だったというのに。
 困惑のあまり、一瞬頭が真っ白になる。やばい、つい勢いで言ってしまった……!

 「……あ、あの、そういう意味じゃなくて、わたし……」

 慌てて言い訳しようとする私。
 しかし、ブレイディアは私の言葉を遮るように、相変わらずの柔らかな笑みを保ったまま答えた。

 「いいよ。……友達だね」

 そのままの表情で、彼が“友達”という単語を口にする。
 まるで条件反射のような、無機質な返事。そこに喜びも驚きも見当たらない。
 ただ口角だけが上がったままの“完璧な笑顔”が、むしろ怖いくらい。

 (なんで、そんな表情ひとつ変えないの……?)

 衝撃に言葉を失う私をよそに、ブレイディアは静かに視線を逸らして、背中を向ける。

 「じゃあ、僕はもう行くよ。……友達として、これからもよろしくね、フローリアス嬢」

 最後にそう言い残して、彼は淡々とした足取りで夜の庭園を去っていった。
 ――まるで、私にこれ以上話しかけられないように、終わりを告げたかのように。

  
 

 あとには、静まり返った花の香りと夜気だけが残る。
 私はすっかり気まずくなって、そのまま庭園に立ち尽くした。
 “友達になる”と一方的に言ったはいいが、表情を崩さないブレイディアの姿に胸が痛い。
 それどころか「いいよ」と言われても、何一つ喜びが伝わらないなんて、あまりにも悲しすぎる。

 (なんで、そんな簡単に「友達」なんて言うんだろう……。私、よっぽど変なこと言っちゃったのかな)

 さっきの自分の行動を振り返ると、かなり無茶苦茶だ。
 たぶん、ブレイディアを止めたかったのは純粋な善意なのかもしれない。でも、あれじゃ押しつけがましいだけだ。
 結局、最後まで彼の心には一歩も近づけなかったように感じる。

 「……もう戻ろう。きっと、これ以上ここにいても何も変わらない」

 そう呟くと、私はバツの悪さを抱えたままホールへ戻り、端っこでしばらく料理をつまむ。
 けれど、味もよく分からないまま、パーティーがお開きとなってしまい、フローリアス公爵家の馬車で屋敷へ帰還した。


 

 それから一週間――。

 パーティー後、王太子ブレイディアとの気まずいやり取りをずっと引きずるかと思いきや、私の日常はあっさりと元の平和へと戻ってしまった。
 屋敷では使用人たちとの関係も良好で、マナーの先生のレッスンも落ち着いている。
 父も母も仕事が忙しく、以前のように不在名前またま。結局あの日は夕食にも顔を出さず、私がさっさと就寝してしまった。

 「ブレイディア殿下から何の連絡もないし……。むしろ、こんな私の“友達”宣言なんて、忘れてるかもしれない」

 そう自嘲ぎみに思いながら、私はフローリアス家の書庫で日々を過ごしていた。
―前世ではただのゲームの舞台として楽しんでいたけれど、いざ転生してみると、ここには膨大な歴史と魔法の秘密が詰まっている。
 ファンタジー好きとしては探究心がくすぐられ、ついつい本を漁り読みしてしまうのだ。

 「なるほど……。魔王を四人の精霊王と人間が力を合わせて封印した……。ここまでがライタンド王国の建国伝説ね。魔法大国と呼ばれるようになったのも、その封印の儀からなのか……」

 幾つかの歴史書を読み比べると、どれも似たような文言でまとめられている。
 だが、さらに深い詳細――封印の方法や精霊王と人間の契約条件など――は、どこにも書かれていない。
 どうやら“重要機密”として意図的に伏せられているらしく、私が気軽に調べられる範囲では限界があるようだ。

 (ゲームの中でも、『ライタンド王国は魔法が発達してる』ぐらいの表面情報しかなかったし……。
  これ以上踏み込むと、もしかして国の秘密に触れちゃうのかも)

 前世のゲームで悪役令嬢として散々破滅を迎えた私が、またも危険なフラグを踏むのは絶対避けたい。
 あまり無闇に闇の深いところを掘り下げるのはやめておこう、とため息をつきながら本を閉じる。

 そのとき、書庫の扉を控えめにノックする音が聞こえた。

 「お嬢様、リリアンでございます。夕食の準備が整いましたので、お呼びに参りました」

 「……うん、いま行くね」

 扉越しに答えると、リリアンは「お嬢様、今日はお父様とお母様がお帰りになっているそうですよ」と教えてくれる。
 我が家ではかなり珍しいことだ。以前のエマなら、大喜びして甘えたかもしれない。
 でも、今の私はそこまで親の帰還に執着はしていない。
 とはいえ、たまには家族みんなで食事をするのも悪くない。

 (ブレイディアのことは、いまは考えても仕方ないよね。せっかく夕食の機会があるんだから、気持ちを切り替えよう)

 書庫のテーブルに本を置いて、椅子を立ち上がる。
 窓の外はまだ夕暮れ時。柔らかなオレンジ色が庭を染めている。
 空を見上げながら、私はほんの一瞬だけ、王太子殿下の無機質な笑みを思い出して胸が痛んだ。
 けれど、それ以上深く考えないようにして、私はリリアンの元へと向かう。

 扉を開けると、メイド服姿のリリアンがにこやかに微笑んでいた。
 ――そう、少しずつ運命は動いている。
 ブレイディアとの“友達宣言”がどんな未来をもたらすのかは分からない。
 でも、今はまだ穏やかな時間が流れている。少なくとも、私が望むかぎり、この平和な日常は続いていくはずだ……と信じたい。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冗談のつもりでいたら本気だったらしい

下菊みこと
恋愛
やばいタイプのヤンデレに捕まってしまったお話。 めちゃくちゃご都合主義のSS。 小説家になろう様でも投稿しています。

転生したら悪役令嬢になりかけてました!〜まだ5歳だからやり直せる!〜

具なっしー
恋愛
5歳のベアトリーチェは、苦いピーマンを食べて気絶した拍子に、 前世の記憶を取り戻す。 前世は日本の女子学生。 家でも学校でも「空気を読む」ことばかりで、誰にも本音を言えず、 息苦しい毎日を過ごしていた。 ただ、本を読んでいるときだけは心が自由になれた――。 転生したこの世界は、女性が希少で、男性しか魔法を使えない世界。 女性は「守られるだけの存在」とされ、社会の中で特別に甘やかされている。 だがそのせいで、女性たちはみな我儘で傲慢になり、 横暴さを誇るのが「普通」だった。 けれどベアトリーチェは違う。 前世で身につけた「空気を読む力」と、 本を愛する静かな心を持っていた。 そんな彼女には二人の婚約者がいる。 ――父違いの、血を分けた兄たち。 彼らは溺愛どころではなく、 「彼女のためなら国を滅ぼしても構わない」とまで思っている危険な兄たちだった。 ベアトリーチェは戸惑いながらも、 この異世界で「ただ愛されるだけの人生」を歩んでいくことになる。 ※表紙はAI画像です

転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?

山下小枝子
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、 飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、 気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、 まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、 推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、 思ってたらなぜか主人公を押し退け、 攻略対象キャラからモテまくる事態に・・・・ ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!

『推しに転生したら、攻略対象が全員ヤンデレ化した件』

春夜夢
ファンタジー
「推しキャラが死ぬバッドエンドなんて認めない──だったら、私が推しになる!」 ゲーム好き女子高生の私が転生したのは、乙女ゲームの中の“推しキャラ”本人だった! しかも、攻略対象たちがみんなルート無視で私に執着しはじめて……!? 「君が他の男を見るなんて、耐えられない」 「俺だけを見てくれなきゃ、壊れちゃうよ?」 推しキャラ(自分)への愛が暴走する、 ヤンデレ王子・俺様騎士・病み系幼なじみとの、危険すぎる恋愛バトルが今、始まる──! 👧主人公紹介 望月 ひより(もちづき ひより) / 転生後:ヒロイン「シエル=フェリシア」 ・現代ではゲームオタクな平凡女子高生 ・推しキャラの「シエル」に転生 ・記憶保持型の転生で、攻略対象全員のヤンデレ化ルートを熟知している ・ただし、“自分が推される側”になることは想定外で、超戸惑い中

幼い頃に、大きくなったら結婚しようと約束した人は、英雄になりました。きっと彼はもう、わたしとの約束なんて覚えていない

ラム猫
恋愛
 幼い頃に、セレフィアはシルヴァードと出会った。お互いがまだ世間を知らない中、二人は王城のパーティーで時折顔を合わせ、交流を深める。そしてある日、シルヴァードから「大きくなったら結婚しよう」と言われ、セレフィアはそれを喜んで受け入れた。  その後、十年以上彼と再会することはなかった。  三年間続いていた戦争が終わり、シルヴァードが王国を勝利に導いた英雄として帰ってきた。彼の隣には、聖女の姿が。彼は自分との約束をとっくに忘れているだろうと、セレフィアはその場を離れた。  しかし治療師として働いているセレフィアは、彼の後遺症治療のために彼と対面することになる。余計なことは言わず、ただ彼の治療をすることだけを考えていた。が、やけに彼との距離が近い。  それどころか、シルヴァードはセレフィアに甘く迫ってくる。これは治療者に対する依存に違いないのだが……。 「シルフィード様。全てをおひとりで抱え込もうとなさらないでください。わたしが、傍にいます」 「お願い、セレフィア。……君が傍にいてくれたら、僕はまともでいられる」 ※糖度高め、勘違いが激しめ、主人公は鈍感です。ヒーローがとにかく拗れています。苦手な方はご注意ください。 ※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

主人公の義兄がヤンデレになるとか聞いてないんですけど!?

玉響なつめ
恋愛
暗殺者として生きるセレンはふとしたタイミングで前世を思い出す。 ここは自身が読んでいた小説と酷似した世界――そして自分はその小説の中で死亡する、ちょい役であることを思い出す。 これはいかんと一念発起、いっそのこと主人公側について保護してもらおう!と思い立つ。 そして物語がいい感じで進んだところで退職金をもらって夢の田舎暮らしを実現させるのだ! そう意気込んでみたはいいものの、何故だかヒロインの義兄が上司になって以降、やたらとセレンを気にして――? おかしいな、貴方はヒロインに一途なキャラでしょ!? ※小説家になろう・カクヨムにも掲載

処理中です...