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33.ごーほーむと宣戦布告
しおりを挟む向かい合う金色の狼さんと、茶黒の狼さんが目の前にいる。
なんだかサイズが俺の良く知ってる犬並に縮まっているが、四つ足を地につき、お互いの首筋をふんふん嗅ぎ合っているのが微笑ましい。なんて思ってたところで、突然金色狼の方が、茶黒狼の首筋にがっぷり噛みついた。
満足気に噛みついたままの金色狼と、目が死んだようになっている茶黒狼を交互に見つめて、喧嘩じゃなさそうだけど何やってるんだ?と首をかしげたところで、異世界トンデモ常識を思い出し
「……っ二人ってそういうご関係ッ!?」
と叫んだところで、目が覚めた。
なんだ夢オチか。あぁびっくりした。あの二人全然そんな雰囲気なかったし、やっぱり同性同士って聞くと自分のことは棚に上げてまず驚くというか…………って、待て。
さらりとした高級そうなシーツの感触、沈みこまず、かといって固すぎない絶妙なベッドの寝心地、そして包み込まれるような暖かさに満ちる、この空間は――……
「おはよう、カナタ。その様子だと、体の調子も良さそうだな。」
抱き枕よろしく俺が抱き着いていた温もりが、とろりと甘く溶けた紫水晶を眇め、寝起きで掠れた珍しい声音で囁く。
視界に入る完璧に整った秀麗な顔の向こう、既に開け放たれている天蓋カーテンに遮られることなく見えた景色は、俺がこの世界で一番長く過ごしていた場所、深奥宮殿のロイの寝室の一つだった。
…………寝ちゃってる間にお家に帰ってたの、とは幼児の台詞ではないか。俺、マーリちゃんやウーウルさん、あの駐屯地でお世話になった皆さんに、ろくに挨拶もせずに帰ってきたわけ!?
起き抜けに早速あわあわしている俺を微笑ましく見つめながら宥めるロイの話によれば、俺があのダーウィル大森林と呼ばれる場所から帰ってきて、既に二日目の朝らしい。
駐屯地に迎えに来てくれたロイに魔物から助けられた後、即行で寝落ちした俺は、翌日にはロイの転移魔法でこの懐かしの、事実上の我が家へ戻ってきたと。
俺を保護してくれていたお礼はまた後日改めて内々に、とロイが話をしてくれたそうで、その場では再度言葉を尽くして感謝の意を伝えてくれたそうな。本当は俺が言わなきゃいけなかったんだけど。
で、戻ってきたはいいものの、俺をここまで運んでくれたロイから離れてたまるかと、寝ながら無意識にコアラ化した奴がいたらしい。誰だろうな。
「え?じゃあロイは俺に付き合って丸一日以上抱き枕になってくれてたのか?ごめっ…っいや………」
服も駐屯地の借り物から、あの着心地のいい寝間着ワンピースになってるし、喉も変に乾いてないし、体もすっきり爽やかということは、コレまた完璧に介護されてたな………。
でも、また迷惑をかけたことにごめんと思わず言い掛けて、やめた。多分ロイは、俺に謝ってもらうよりこう言われる方が嬉しいと思うから。
「ありがとう、ロイ」
「………構わぬ。私も、カナタの傍にいたかっただけだ。」
ほら、こんなに綺麗に笑ってくれる。
しばらく至近距離で眼福ものの美形を堪能して、すりすりとその胸に顔を埋めたりとごろごろしていると、また眠気がぶり返してきそうになる。安心感MAXなんだから仕方ない。
でもだめだ、今この眠気に負けたらロイと話しをするのがまた遅くなってしまう。
「ロイ……ロイ、はなし、話があるんだ……」
「時間はいくらでもある。もうひと眠りした後でも、構わぬが?」
「あーうー……いや、だめだ、起きて話する……話が、したい…………」
もうなんという誘惑を目の前にぶら下げるんだ、この完璧皇帝は。でも会えない間、ロイに話したい事だらけだったんだ。会えなかった分も、たくさん話がしたいんだ。その声を、聞いていたい。その瞳に見つめられていたい。ただ寝ているだけなんて、勿体なさすぎる。
もう二度と会えなくなる、その可能性を突きつけられて初めて、後悔したばかりなのもある。
もっとちゃんと、俺のことを話しておけばよかったって。
いつまでも逃げずに、聞いておけばよかったって。
「わかった。だが食事が先だ。それからでも良いであろう?」
私と違ってカナタはほとんど食べていないのだから、と優しく髪を梳きながら額に軽く触れた唇が、そう囁く。逸る俺の気持ちを落ち着かせるようなそれに、俺も一度深呼吸をしてから頷いた。多分、長い話になるだろうから。
そうして用意された簡単な、といっても見た目も味も、駐屯地の物とは比較にならない豪勢な食事を久しぶりに前にして感動しつつも、やっぱり気が急いているせいか駆け足で平らげてしまった。今度もっとゆっくりじっくり味わわさせてもらおう。ふわふわパンのサンドイッチ。
ちなみに、同じ室内にロイ以外の人間はいない。まだ俺の面会謝絶状態が継続中なのかもしれないが、その件は後回しだ。
なによりも今はまず、
「ロイ、ちょっと風呂行ってくる。」
「なら準備を………」
「あ、いや入るんじゃないから。えっと、じゃ一緒に来てくれるか?」
ロイが部屋の外へ、手ずから食事の配膳セットを乗せたワゴンを戻してくれたところで、いそいそと立ち上がった俺は勝手知ったる部屋の中を歩き、その扉を開けた。
脱衣所を抜け、あの広く白い浴室へ足を踏み入れる。相変わらずいつ入浴してもいいように湯船には並々とお湯が注がれ続けているし、ほわりと暖かい空気につい風呂に入りたい欲求が頭をもたげるが、これも後回しだ。
どうせちゃんと話ができないまま入ったって、さっきの食事と一緒で心から楽しめないだろうし。
「カナタ?」
後ろからついてきてくれたロイを洗い場に待たせ、そのまま素足で肩幅分もない浴槽の淵を壁沿いに手をついて歩き、目的の場所の前に立つ。
鳥や花のレリーフが一面に装飾されている、壁の前に。
今にも飛び立ちそうな小鳥のような生き物に、咲き綻んだばかりの花、その葉や茎が重なりあって浮彫されている、その隙間の一か所に指先をねじ込んで、ソレを再び手に取って、振り返る。
「……水場に、紙類を隠してるとは思わなかっただろ?」
手の中のそれをロイによく見えるように少し振って、苦笑する。
コレを読んだら、ロイはなんて言うかな。やっぱり《魔導の頂点》にも、今まで隠してた俺にも、愛想を尽かすかな。
足を滑らさないよう注意しながら洗い場に戻って、それをロイに手渡しつつ告げた。
「俺、ロイが《魔導の頂点》の記憶を引き継いでいること、知ってる。」
見開かれて収縮した紫水晶が、こんな時でも綺麗だなんて思いながら、言葉を喪ったままのロイを見上げた。ごめんな、せっかく俺の為に、俺の過去を遠ざけていてくれたのに。
浴室から部屋に戻って、食事をしたのと同じテーブルに向かい合って座り、ロイが俺の国の言葉で書かれたそれを読み耽るのを見つめること、しばし。
誰よりも綺麗な顔が、次第に痛みを堪えるかのように歪んでいくなか、やがてその手が宝物のようにそっと、手元の紙をテーブルに置いた。
そして、今は結われることなく下ろされたままの金糸の長い髪が、さらりと音を立てて、俯いたロイの顔を隠していく。
「いずれは話さねばならぬ、と思っていた。だがその反面、隠し通せるならそれでも構わぬとも。」
「……うん。俺も、このまま何も知らなかったことにする、つもりだった。俺の、過去って……多分、ロイに知られたくないことだらけだから……だけど」
呟くようなロイの言葉に、俺も視線を組んだ指先の上に落として言葉を探しながら口を開いたけれど、やっぱり例えどんな光が宿ったとしてもその瞳を見ていたくて、顔を上げる。
その先で、同じように視線を向けてくれた紫水晶が僅かに揺れるなか、言葉を続けた。
「俺の何を知られていても、それでロイにどう思われようと……俺は、ロイが好きだ。
名前しか知らない過去の誰かじゃなくて、今俺の目の前にいて、こんな俺を守ろうとしてくれてるロイが、誰よりも好きなんだ。好き、なんてしか言えないから、信じてもらえないのはわかってる。あ、セネルさんとの話を盗み聞ぎする形になったのは、ごめん……。
でも、それでも俺が好きだって言う相手は、この先ずっとロイ一人だけだから。」
自分がどんな顔をしているかよくわからないけど、多分上手く笑えているんじゃないかな。
もう二度と会えない、そう思った時にロイに一番伝えておきたかったことは、ちゃんと俺の口から出てきてくれたから。
そうして少しだけ、沈黙が部屋に満ちる。
俺の言葉を噛みしめるように軽く目を閉じていたロイが、ようやくまた俺と視線を合わせてくれたのと、その口が音を紡ぐのは同時だった。
「私は、自分がカナタのかつての想い人と瓜二つであることを、受け継いだ記憶で識った。
記憶を失くしてから初めて目覚めたカナタが私を見て微笑んだのも、何も知らぬまま私を受け入れてくれたのも、全てその影響が少なからずあると、思っている。
それを自覚していながら利用して、カナタにつけこんだのだ。誰にも、お前を渡したくなかった。私のものになってくれるのなら、誰の代わりであろうと構わぬ。」
冴え冴えとした冷静な表情でそう言い切ったロイが、不意に口元を小さく歪めた。
「構わぬ、はず、だったのだ。自分をも欺いていた本心が、思わず零れるまではな。」
自嘲とも後悔ともとれる色が浮かぶ表情。そんな顔をロイにさせたくなくて、ろくに考えないまま言葉が俺の口をついて出る。
「……っ俺は、ほんとにシュレインなんて人の事は何一つ覚えてない。そこに書かれてる程度しか知らない。でも、ロイが言うなら……俺のどこかが覚えてて、それをロイに重ねてることもある…のかも、しれない……。
だけど!俺は、今の俺の意思は、気持ちは、ロイだから好きになったって言ってる!」
「カナタそれは……いや……」
珍しく言い淀むロイに、その言葉の先を推測できてしまう。俺のこの気持ちも、きっとそうなんだって思ってるんだろう?
俺が、ロイとそっくりのシュレインという人を愛していたからだって。でも俺はそうじゃないって言い切りたい。ロイにもそれを信じてもらいたい。
いつもなら俺の考えてることなんて、ロイは二歩も三歩も先読みしてしまう癖に、なんでこんなに伝わらないんだろう。
そもそもロイが好きになったのだって、今の俺じゃなくて《魔導の頂点》じゃないか!そこのとこホントはどうなんだよ!?
苛立ちのまま、そう口を開きそうになるのをぐっと堪えられたのは、独りで考え続けた日々の成果かもしれない。ロイがそう思う理由が、絶対あるはずなんだから、と。
俺にとっては確実に気まずい沈黙の中、知らずきつく握りこんでいた拳から力を抜きながら、深呼吸を一つして頭を冷やして考える。
「…………ロイがそう思うのも、無理ないかもな。」
やがてぽつりと呟いた俺の言葉は、そうロイに同意するものだった。
だって《魔導の頂点》、そのシュレインとかいう唯一人のためだけに何百年も生きて、最後はロイを犠牲にしてでもこの世界を維持しようとしたくらいだ。
想いの年季が違う、と思われてもきっと仕方ない、のかもしれない。腹立たしい事この上ない、って感じだが。くっそ…………でも、なら、俺ができることは
「だから、そうじゃないって事、これから証明してく。
俺が好きなのはロイ一人だってわからせていくから、覚悟しとけよ、ロイ。」
多分今の俺、苛立ちを無理矢理抑え込んでるからめちゃくちゃ目つき悪いだろうけど、睨み上げた先の流麗な顔が次第にぽかんとした間抜け面になるのを見届け、ほんの少し、留飲を下げた。
もう遠慮も、うじうじするのもやめだ。
どれだけ迷惑掛けようと、手間を取らせようと、俺という人間がどれだけロイという人間に好意を抱いているか、きっちりかっちり主張していこうじゃないの。
何よりも雄弁に俺が愛しいと語るその瞳に、もう引けを取らぬように。
俺の方がもっとロイを好きなんだって、嫌でもわかるくらいに。
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