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38.只今オアズケ中
しおりを挟む指先に絡む温もりを自覚したのと同時に、ゆっくりと意識が覚醒していく。あれ、俺また寝過ぎただろうか。
そう思ったのは目覚めた場所が最後に眠った、というか意識を喪ったベッドの上ではなく、俺の指定席と化しているロイの膝の上で、横抱きされている体勢だったからで……
「……って寝起きになんか変な光景が見える気がするんですけど気のせいですか夢ですかおやすみなさい。」
「そうか、昨夜は無理をさせた故、好きなだけ眠るがいい。コレは気にするな。」
ほう、普通に一晩しか経ってないのか。俺のことだからまた二、三日眠り込んだのかと思ったが、どうやら違うらしい。というか確か寝たの……っていうか、気絶したの朝方じゃなかったか?俺よく今日中に目が覚めたな。
なんてぼーっと頭の隅で考えながら、俺の腰を抱き込むロイの右手に指を絡め直しつつ、まだ半分寝ぼけている頭が思ったままを口にしていた。
それに律義に応えてくれるロイの言葉に甘えそうになりながらも、緩く首を振る。だってさ、目の前にいるのは久しぶりに再会した顔見知りの二人なのだから。
「いやいや、ここは寝ちゃだめな場面だって……えっと、ファイとサリアスも久しぶり。二人にもきっと色々迷惑かけたよな?ごめん。
ところで……………………なんで床に正座してるんだ?」
ちらりと見渡した室内は一度見た覚えのある、深奥宮殿内でのロイの執務室っぽい場所だ。
その応接セットのソファーに腰を下ろしているロイ、に抱っこされてる俺、の前でなぜか兎耳侍従の爺様とエルフ代表みたいな魔法省長官が二人仲良く絨毯の上で正座していた。
しかもサリアスは目の下にかなり濃い隈を作っているのだが、いつもの笑顔でにっこにこしているのがなんだか鬼気迫ってるみたいで………ちょっと怖い。
「なに、少々悪戯が過ぎたのでな。ほんの少し反省させていただけだ。」
「あはははっ反省してますぅ~!次はもっとうまくやりますから!」
「イングレイド閣下、本音と建て前の双方がお口から洩れております。」
薄く笑みを浮かべるロイに、頭のネジが数本飛んだようなサリアスのハイテンションな声音が続き、口元を小さく引きつらせたファイがそれを窘める。
なんだこの状況?と首を傾げていると、「カナタが起きた故、もうよい。次はないと思え」と締めくくったロイの言葉に、どうやら二人は立ち上がることを許されたらしい。
「えっと……えっと……二人に話すことがあったんだけど……あ、俺この前は変になって迷惑かけてごめん。あと、ファイの果物無駄になった?それから勝手に身元引受人に指定してごめん……」
そろそろ回れ、俺の頭!と念じながらどうにか思い出せたことをそう口にする。
横からロイがもう気にするな、と言ってくれるが面会謝絶の上に不可抗力とはいえ長距離家出したせいで、ずっと謝ることができなかったのだから、そこはちゃんとしておかないと。
でも異様なテンションのサリアスも「全然気にしなくていいですよーなんなら代わりにちょっと多めにお茶会しましょ」と言ってくれるし、ファイも「そのようなことお気になさらず」と笑ってくれる。
この場にいないバルザックもそうだけど、俺ってロイを筆頭に皆にお世話になりっぱなしだよな。
この待遇もその好意も、《魔導の頂点》としては享受して当然のものなのかもしれないけど、今の俺はすごい魔術なんて使えない。それどころか結界壊すわ、行方不明になるわだし。
移動先でもマーリちゃんやウーウルさんをはじめ、ダーウィル駐屯地の軍人さんたちにお世話になるだけなって、お礼らしいお礼もできずに、早々にこっちに帰ってきてしまった。
「カナタ?」
考え込んでいると、すぐに気遣わしげにそっと声をかけてくれるロイ。彼に至っては、こんな俺を「愛してる」って言ってくれるのだから。
うん、俺、ロイの為に、皆の為に何かしたいな。だから、知るべきことは知っておかないといけない。
「なぁロイ、この世界ってあとどのくらいもつんだ?なんで滅びそうなんだ?」
唐突なその問いに息を呑んだのは、誰だったのか。
ほんの少しの短い沈黙の後、ロイはファイとサリアスの二人を部屋から出すと、俺をその膝の上から自分の横へと座らせ、口を開いた。
「カナタは、どこまで把握している?」
「昨日見せた紙に書いてあったことだけ、だよ。もっとも、単語の意味もわからないのが多くて、内容自体理解しているかと言われたら、半分もわかってないかな。」
「それを知って、どうするのだ。」
そうひたと俺を見据える紫色の瞳に浮かぶ光は、射竦められるほどの強さを纏っていた。それだけでロイの言わんとすることは、なんとなくわかる。
《今の俺》を守るために過去を遠ざけてくれたのと、同じだろう。きっと、それを知れば俺にとっての重荷になる。500年……いや700年か?それだけの年月を費やした《魔導の頂点》が、一人で背負ってきたものなのだから。
でも、それでも
「知らないうちに、この世界が終わるのは嫌なんだ。守りたい、なんて今の俺が言える言葉じゃないけど、知ってはおきたい。」
この世界に、俺とロイは生きているのだから。まだ終わってもらっては、困る。一番はそんな、酷く自己利益に満ちた動機なのだから。
「……………カナタは、もう十分この世界の維持に尽力してきた。私としては、知らぬままでいた方が良いと思う。元々は、この世界の問題なのだ。異世界の人間であったカナタに、二度と負担を強いたくはない。」
そう眉を寄せたロイに確かめるように抱き締められて、少しだけその意外さに目を見張った。
今までロイは、俺がちゃんと希望を口にすれば必ずその通りにしてくれた。ここまで抵抗されたことはなかった、と思う。
でもそれを不思議がる前に、すぐに思い浮かんだ理由は一つだけだった。
「……………俺が死にかけたこと、かなり気にしてる?」
「当然であろう。どうにか命は繋いだが、もう二度と目覚めぬやもしれぬと………記憶を失くすだけで済んだのが、いまだに奇跡だとすら思っているのだ。」
「あ、うん、俺生きてるよー夢じゃないからな?」
「……………それはもう、わかっている。」
ロイの広い背に腕を回してポンポン叩きながら、そりゃそうだよなぁと俺も一応納得はする。
あの分厚い黒い本をチラ見した程度でも、ロイが俺にどれだけ想いを寄せていたかはよくわかった。そんな俺がぼろぼろの死にかけで、意識不明のまま眠り続けるのをただ見守っていたことが、多分トラウマっぽくなってるのかな。
だから、もう二度とこの世界のことに俺を関わらせたくないのかもしれない。
ただなぁ………ほんとそんなロイには申し訳ないけど、俺にも譲れないところってのはあるわけで
「ロイが好きだから、この世界の事が知りたいんだけどなぁ……。せっかく幸せなのに、世界がおじゃんになるのは嫌だし。」
そう本音を口にすれば、ぴくり、と俺の背に回った腕が小さく反応する。
「それに、今の俺なら絶対一人じゃ何もできないし………。ロイと二人でなら、世界の維持?とかいう大それたことでも頑張れるかもとか思うんだけど………」
「……………カナタと二人……」
俺を抱き枕よろしく胸に抱き寄せたまま、そう思案気に呟くロイの声音に頷きながら、言葉を続けた。
「うん、ロイがいてくれないと俺、やろうと思っても多分何にもできないぞ?」
というか、何をやるかすらも知らないが。そもそも魔術だってまだ自分の意思で使えたことはないのだから。
結界&魔法陣ブチ壊し技?あれはノーカウント。だってタブレット画面触ったり、できるできるの自己暗示で運よくちゃんと出来ただけだし。
そう考えると、ロイも心配性なだけな気がしてくるな。
そんな心の声が聞こえたわけではないだろうに、ぐっと俺の肩に手をかけたロイに体を離され
「よいか?何があっても必ず私を頼ると約束しろ。そうすれば、かつて私や兄弟子たちが教えられたこと、カナタの記憶から知ったことを話そう。」
その有無を言わせぬ強い視線と真剣な表情に、俺も姿勢を正し、目を合わせてしっかりと頷いた。
「今の段階で頼り切ってるし、これからも更に迷惑かけるって腹くくったんだ。ロイが好きだから。」
なんだか矛盾したことを言っている気にもなるが、俺のその言葉にロイは満足そうに小さく笑った。相変わらずの、神様もかくやの綺麗な微笑に見惚れたのは不可抗力だけど。
「わかった。ならば、話そう。―――だがその前に、食事だ。」
あ、はい。寝起きですからね、俺。俺よりも俺の体調管理完璧にしてくれますもんね、ロイは。
でもな、俺かなりこれから真剣に聞く体勢になってたんだけど。
なんだかさ、餌を前にした犬みたいな心境って言えばいい?
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