異世界で記憶喪失になったら溺愛された

嘉野六鴉

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 端正な美貌を彩る紫色の瞳を眇め、優し気な微笑を浮かべて、その人は小さく首を傾げながら俺を見ていた。

--- うーん?おかしいね、その魔力で魔法も魔術もまだ使えないなんて ---

 無造作に右肩の上で一つに括られた長い金糸が、室内のランプの灯りを受けてキラキラと輝くなか、独り言のような耳に心地良い声音が響く。

--- 長年の隷属魔法下の影響?いやいや解呪は完璧だしまさかそこまで……うーん、でもちょっと下手を打ったかな? ---

 簡素なベッドの上で身を起こしたまま、自分の中に渦巻く罪悪感に思わず視線を手元へ下げてしまう。
 どうしよう、どうしよう。この人を失望させた?
 どんどん指先が冷えていく感覚は、きっと恐怖に似ている。だから、次の言葉に弾かれたように顔を上げた。

--- ま、しょうがないか。じゃあ明日出て行ってくれる? ---

 見つめた先には、少しも変わらない微笑でそう告げる神様。でも告げられたその言葉は、俺にとって一番聞きたくなかったもので――……

--- えぇー?だから僕は、小間使いも性欲処理の相手も必要ないんだって。欲しいのは、後継者となれる魔術師だけなんだよ ---

 どんな会話になっているのか、認識できない。でも、喉を焦がす酷い焦燥も胸に渦巻く哀しみも、泣き叫びたいほどに溢れて来る。

--- おや、泣かせちゃった?ごめんね、他種族の心の機微って未だに苦手なんだ ---

 白く長い、爪先まで整った指先が伸ばされ、髪を梳くように頭を軽く撫でられる。
その感覚を、僅かな温もりを、どうしても喪いたくないのだと言葉にならぬままに心が叫ぶ。

--- んん~……困ったな……じゃあ、コレが最後。あと一週間。あと一週間だけ、時間をあげるよ。それでもし魔術を習得出来たら、僕が死ぬまで傍に置いてあげる。
 わかったかい?『カナタ』 ---


「カナタ?」


 髪を梳かれる感触。優し気に響く声音に滲む、こちらを気遣うような気配。
それにゆるゆると目を開けると、潤んだ視界の中に心配げに俺を見下ろす唯一人の存在がいた。

「っ……れ、おれっ……」

 小さな子供のようにしゃくりあげながら手を伸ばせば、すぐに暖かな腕の中に招き入れられる。それに安堵すると同時に、突き放されることが怖くて怖くて、仕方なかった。
だから、必死に言い募る。

「なる、ちゃんと……一週間で、できるように、なるっから……」

「カナタ、何をだ?」

「だか、ら魔術――って……あ、れ……?」

 あやすような諭すようなロイの声に応えるうちに、徐々にはっきり意識が覚醒していくわけで……。はい、寝とぼけてる挙句に泣きついてました。あー……朝から恥ずかしいわ、何やってんだ俺。

「………ごめん、なんか変な夢見てた……気がする………」

すん、と小さく鼻を啜りながらベッドの中で横になったまま抱き締めてくれているロイを見やると、ほっとしたような顔をした後に何か言いたげに口を開きかけ、閉じた。

「ロイ?」

 それが気になって呼びかければ、同じように寝起きだったのか、まだ寝間着姿のままの恋人は小さくため息を零して、ゆっくりと―――お説教を始めた。

「カナタ、魔導が気になるのはわかるがここ最近、こんを詰めすぎだ。故に変な夢など見たのだろう。せっかくの愛らしい寝顔を堪能していたというのに、みるみる泣き顔に変わった私の身にもなって欲しい。」

「あ……はい、すみませんでし、た?――ってちょっと待て、なに、ロイって俺の寝顔まだ観察してんの!?」

「まだとはなんだ、まだとは?隣で穏やかに眠るカナタを眺める、これに飽きる日など来るはずもなかろう。」

 天蓋カーテンも既に開け放たれ、窓からの朝陽に照らされた明るい室内の至近距離で、うっそりと甘く笑う超絶美人の破壊力よ。
 俺はいつまでたっても慣れずに、頬に熱を覚えながらあわあわしているというのに、ロイはさも愉しそうに、でも平然と言葉を続けるのだ。

「丁度良い。しばし魔導から離れる時間も必要であろう。近々私が他国に赴くことになる故、カナタも共に行かぬか?」

「へ?それって、海外旅行………いやいや、ロイは仕事なんだろ?そりゃ一緒に行きたいけど、俺がいて邪魔にならないか?」

「邪魔になどなるはずがない。むしろ、カナタを残して旅立つ事の方が憂鬱だ。共に来てくれるなら、私も嬉しいのだが………」

 これは何というタイミングの良さだ。
俺が妄想旅行を楽しんでいたのは、つい昨日の事だと言うのに。今日になってみればロイの用事のついでに海外旅行ができるだと!?

 ………ひっじょーに作為的なものを感じるが、でもその前に

「行く!ロイがいいなら俺も一緒に行く!!行きたい!」

そう欲望のままにテンション高めの満面の笑みで答えた俺、ロイが笑顔のままピシリと固まった理由に気づかなかった。

「ロイ?どした?」

「………ふむ。」

 そっと半身を起こしたロイにつられ、俺も身を起こそうとしたがその前に、ロイの指先に生まれた小さな魔法陣がちょい、と光を放つ。
と思ったら、開け放たれていた天蓋カーテンが突然バサッと音を立てて閉まり、周囲が薄暗くなった。

「ん?あれ?起きるんじゃ………」

「あぁ良い朝だ。朝一番で、カナタからイクだのイきたいなどと言われてはな。」

「はっ!!?ちょっ、なっ……んん~!?」

 ナニソレ、オヤジギャグ?そういえばこの皇帝陛下、実年齢130歳オーバーだしな。なんて胸の内でツッコみつつも、腕を取られ耳元で囁かれた低く掠れたような甘い声音に、不穏なものを感じた直後、あっさり唇を奪われて再びベッドに背中を沈めることとなった結果。
まさか朝から腰が立たなくなるとは思わなかった。

 だいぶ遅くなった朝食の準備をしてくれたファイのいい笑顔は直視できないし、その日一日中ロイの色気が半端ないせいで度々思考は散歩しかけるし、無駄に空気でも読んだのか、こんな日に限って魔術師共の襲来はないし。
 いつも通り深奥宮殿と皇宮とを行き来する間、ロイにお姫様抱っこで運ばれるし。照れながらも内心キャーキャーしてる乙女がいるんだが、自分で自分がきしょいとかどうよ。

 でも、起き抜けに感じていた、苦しいような怖いような何もかもを綺麗さっぱり忘れることができた。

 それにロイと海外旅行も決定したし、結果いい一日だったということで………いいよな?いんだよな!?


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