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55.ひゃっほーぅ
しおりを挟む異世界にも新婚旅行なるものがあると知ってから、はや三日。
初日のあの後、俺は単にロイの仕事にくっついて遊びに来ただけ、と大いなる誤解は解いたが、非常に何か物言いたげな視線をペネリュート王がロイに向けていたのは見なかったことにした。
まぁ……項にいまだに咬み痕つけられることは多々ありますので、事実婚っちゃ事実婚なんだけど……じゃあ正式に結婚となると……………色々俺の気持ち的にハードル高すぎなんだよ。
ロイはヴェルメリア皇国なんて大きな国の皇帝陛下だし、俺は相変わらず魔法も魔術も全然のただ飯ぐらいだし、何より俺が『好き』なのはロイ一人なんだと、まだまだ伝わり切っていない気がする。
うん、結婚は早いな!なんたって俺17だし!高校生だし!!――――いや、待て。そんな悠長なことを言っていて、万一、仮に、もしも、横から誰かに掻っ攫われたらどうする?相手はあのロイなんだぞ、ロイ。誰が見てもイケメン通り越して神様の超絶美形だぞ?本来の結婚適齢期には超引く手あまたのモッテモテだった皇帝だぞ?今でもちょっとロイがその気になれば、なびく相手なんて山のように腐るほどいるだろ?現に俺だって即行でふぉーりんら……………こほん。
ちょっと脱線しかけたな。とにかく、最大の虫除け効果という意味でなら……
「いっそのこと籍を入れるってのも、ありか?」
考え事に集中していたせいで、最後の思考が思わず口から零れた、その瞬間
「きゅぴ?」
「シン様、お呼びでしょうか?」
「はっ!?や!なんでもないっす!ごめんなさい!」
あ、でも皇国での戸籍制度詳しく知らないわ、俺。と頭によぎりながらも頭上から聞こえるミニサイズドラゴンの鳴き声と、寝台の御簾の向こうから掛けられた声にようやく我に返った。
はい今の俺、再びベッドの住人になっています。というのも、はしゃぎすぎてダウンしたからだ。ほんとアホか、俺。
まずカロディール入りした初日。俺が目覚めたのは、昼も大分過ぎた頃だった。で、ペネリュート王のとんでも発言に盛大に咽ながら誤解を解いた後、早々にロイと異国観光に乗り出したのだ。
一言でいうと、ここは中華圏よりの和テイストっぽい国だった。
着流しや中華服にそっくりなゆったりとした服装の人が多く、皇国ではあまり見かけなかった鳥の獣人さんたちがそこかしこにいることも相まって、異国情緒はばっちりだった。
建物も木造かつ高層、ぱっと見は至る所巨木に囲まれた自然あふれる都市、という感じだ。
そんな街並みを牛のような騎獣が引くお忍び馬車で、ロイと一緒にざっと眺めてから、カロディール王宮敷地内にあった逗留先の館に戻って夕食、と言う名の晩餐会にこっそり俺も参加した。ちなみに外から見てわかったが、王宮は高層化した紫禁城っぽい城だった。
広いホールみたいな部屋で大勢と食事なんて、少しだけダーウィル駐屯地の食堂を思い出しながらロイの隣でペネリュート王も同席する中、楽しくがっつり夕食を頂いた。
確かに周りに人は多かったけど衝立があったから、特に他人を気にしなくて済んだからな。きっと鳥頭の王様の配慮だろうから、きちんとお礼は言っておいた。
ただ、料理は皇国とはまた違った、甘辛、ピリ辛系がメインで白米欲しい、と胸の内でエンドレスで呟いていたのは言うまでもない。
そうして、その夜。
新婚旅行なんて単語が飛び出したせいで、思わず意識した俺も悪いけどさ……。旅先で朝方まで泣かされるって、酷くない?凄い凄い言われてる俺の体の回復力とやらをもってしても、翌朝に珍しくまだダメージ残ってたからな?遅い起床であったにもかかわらず、だ。
あと、部屋が実は防音結界とやらで隔離されてるとか最後の方まで教えてもらえなかったのは、ちょっと恨んだぞ、オイ。俺がどれだけ恥ずかしい思いをしたとッ!!?
そんな始まりの二日目ではあったが、予定は目白押しだった。
ペネリュート王がなぜか新婚旅行と勘違いしてくれていたおかげで、ロイだけを長時間拘束するような行事もなく、むしろ国内のめぼしい場所へ視察と称して同道する日程が組まれていたのだ。
そりゃ俺の意見も聞かせろって言うような。新婚旅行先の人気観光地をだいたいリストアップしてるけど、他にどこがいいですか?って一国の王様が何やってんだよって感じだが。
というわけで、王都から少しだけ離れた所にある風光明媚な雄大な自然を楽しめる、ロケーション抜群の山で馬車登山したり。その麓に広がる閑静な湖で、ロイと二人で小舟に乗ったり。王都に戻る途中に王立美術館に立ち寄って、ペネリュート王がガイドを務める中、所謂国宝級のあれやこれやの綺麗な物を見せてもらったりした。
たくさん魔石がついた光輝く燭台が、実は超高性能エアコンだったのは驚きだったな。
そうしてその日の夜は、……………ぶちゃけ、よく警備関連の人が許したなと心の底から思った。なんとペネリュート王同伴での、お忍び屋台巡りをしちゃったのだ。
いやー、俺の趣味が屋台巡りだってどこから漏れたんだろうな?情報源は俺の隣で「お前が何故ついてくる」って主催者に苦言を呈していた、背の高い神様っぽい人だろうけど。
でもこれが当たりだった。さすがは現地の人、というかむしろなんで王様がそんなちっちゃな情報知ってるわけ?と思うような超イチオシ屋台を次から次に、はしごさせてもらったのだ。
りんご飴があるー!!とかポンポン出てくる思わぬ一品に、テンション振り切った俺。ロイの手を引っ張り回しながらペネリュート王を急かし、回れるだけ回ろう!と一帯の屋台制覇に乗り出した。
そうして大いに王都の夜を満喫し、深夜近くに寝殿造りっぽいけどなんか違う館、に戻ってきて風呂にも入らずに寝台にダイブした。檜風呂みたいに良い匂いがするお風呂は初日に堪能したけど、やっぱり勿体ないことしたよなぁ。
で、その翌朝。つまるところの、今朝。
「んーおはよ、ロイ。今日はどこ行く?流石に、仕事日か?……ふぁ~ぁ……」
「―――カナタ、熱があるではないか。」
ロイの胸元で寝起きゴロゴロを満喫していたら、俺の手首やら額に手を当てていた人が、小さく顔を顰めてそう言った。というわけで、俺、強制的に今日は休養日。
旅先で寝込むとかほんっっと!勿体ないよなぁああぁぁああ!!!
でもロイと俺にとっては、ちょっと良かったみたいだ。俺が同席していては退屈な会議とやらを、予定前倒しで片づけられる事になったらしいから。
そうして俺のお守、というか、なぜか俺の行く先々に律義についてくるカモノハシ的ミニマムドラゴンと、これまた真の主よりも俺といる時間の方が長いだろうと思われる兎耳侍従長様に、かいがいしく世話をされている。なう。
「ふぉふぉ。熱もお引きになりましたし、お加減もよろしいようですな。でしたら、お暇でしょう。カロディールに伝わる御伽噺を記した、簡単な本でもお持ちいたしましょうか?」
御簾がくるくると自動で巻き上がると、小さな御盆に鮮やかな緑色をした湯飲みを乗せて現れたファイの言葉に、俺は頭の上からドラゴンを掴み下ろしながら頷いた。その国独自のお話とかって面白いよな。
「うん頼むよ、ファイ。でも俺、皇国でメジャーな御伽噺とかまだ知らないけど。」
「さようでございましたか。ならば、国に戻りましたら適当なものを見繕いましょうか?」
「そうだな、お願いします。……そっか、思えば最近は魔法関連の本ばっかり読んでたもんなぁ。」
シン様は少々真面目過ぎるのでは?なんて茶化しながらも、すぐに掌に浮かべた魔法陣から一冊の薄い本を取り出すファイ。
収納魔法って便利だよなぁ、と思いながら浮かび上がる魔法陣の光景をしっかり目に焼き付けてから、その本を受け取った。って、これは…………!
「ファイさんや、絵本じゃないですか。」
「おっふぉふぉ。あまり本格的ですと、逆にお疲れになってしまいますからな。」
その気遣いはありがたいんだけどさ、でも子供じゃあるまいし絵本なんて…………ん?でも大人の絵本とか、ブームになってたこともあったような?
まぁいっか、とお茶をすすりながら綺麗な絵と、流麗な文体で描かれた絵本をパラリパラリとめくっていく。
それは、昔、お月さまから降ってきた女神様の話だった。
月からやってきた女神様は、荒れていた地上とそこで細々と生きる人々を哀れに思った。そこで自分が大地になることで地を豊かにし、人々を助けた。
女神様に感謝した人々は、自分たちの大切な物をそれぞれ贈り物にしてその想いを示し、大地となった女神様も更に豊かな地を広げる事でそれに応えた。
そうして世界は人々の幸せ溢れる、豊かで平和な地になりました。めでたしめでたし。
―――――って感じだ。
赤い髪に赤い翼をした、鳥系獣人の可愛い女の子として描かれた、女神様の満面の笑顔。それで終わったページを閉じると、横から茶菓子が差し出される。
あぁこれは俺が本を読む時間で、外に控えている他の侍従さんたちにお菓子を用意してもらったんだな。流石ファイ、色々抜かりない。
むしろ絵本が茶菓子を待つまでの暇つぶしだったのではなかろうか。だから絵本だったのか、流石プロ侍従様。
「いかがでございます?なかなか面白うございましょう?」
「うーん……ちょっと違うけど月からやってくるお姫様なら、俺のいた世界の御伽噺にもあったからメジャーと言えばメジャー?」
「なんと、さようでございましたか。この爺にとってはシン様の世界のそのお話も、魔訶不思議でございますよ。」
柔らかな笑みを浮かべるファイに手元の絵本を返し、その行方を興味深げに追う意外と手触りの良いカモノハシドラゴンの頭を撫でながらそんなものか、と考える。
ただ続けて何の気なしに語られた言葉に、手が止まった。
「月から――別の世界からやってくるなど、面白く不可思議でなりません。もしかして、シン様も月からおいでになったので?」
――――そうだ。俺は、どうやってこの世界に来た?
「……………あ、れ……?」
「シン様?……いかがなさいましたか?」
なぜ、そのことに今まで意識が向かなかった?
(え……だって、俺は、目が覚めたらいきなりロイがいて……目が覚めて?じゃあその前に寝たのは、意識を失ったのは、いつだった?どこで、何をしていて―――最後に何があった?)
元の世界、地球の、日本にいた頃の記憶は幼い時のことを思い出すような、曖昧になっていることが多い。家族のことも、印象的な事はしっかり覚えていても、それ以外の事ははっきりと思い出せないんだ。
とてもとても、昔の事のように。
俺は今までそれを、俺が忘れているだけで俺自身の体は700年も生きてきたからだと考えていた。そりゃ普通忘れるだろ、そんな昔の事、って。
でも、なんでこの世界に来る切欠すら覚えていないんだ?何かあったはず、だろ?俺の人生で、一番衝撃的な事が。
そもそも俺が喪った記憶は、『この世界に来てからの全ての日々』という条件がついていたことを、ロイが解明してくれている。
なら俺が元いた世界での最後の記憶は、その条件には当てはまらないはずだ。《魔導の頂点》の使った魔術では消えない、はずだ。
なのになんで、俺は覚えていない?そもそも、どうして今までそれを疑問に思わなかった?
なんでだろう、背筋が寒くなる。嫌だ、怖い。
「きゅぴぴ?」
(いや、落ち着け……覚えてなくても、おかしくないのかもしれない。案外、ほんとに寝て起きたら異世界でした、とか………)
どことなく心配そうな鳴き声が聞こえる中、そう自分を納得させようとしても、なぜだか酷く気持ちが悪い、怖い。
「……っ失礼いたしますシン様。――異常有、身体接触中、転移発動無し。」
俺の手首をそっと握ったファイが、もう片方の手首に嵌めているシルバーのブレスレットを口元に近づけて早口で何かを呟くのも、ほとんど意識に残らない。
でもその直後に、寝台から少し離れた室内を中心に、あの波紋が宙を走るのは視えた。そして現れた金の魔法陣がその役目を終えた時、目の前にはロイがいた。
「カナタ、何があった?」
早足で寝台までやって来る、神々しいまでに美しい男が浮かべるその表情は、似合わない焦燥。
今日は肩口で一つに結われた長い金の髪が、その動きに合わせて揺れるのを見た瞬間
--- ---
確かに頭の中で誰かの声がした、そう思った。
ただその刹那、プツンとテレビの電源を落とすように俺の意識も消えた。
すぐ傍で、俺を呼ぶロイの声が聞こえる。
それに応えるためにゆっくり目を開けようとして、実際に開けたところで、自分のその行為を不思議に思う。
「―――……え?……あれ?」
「カナタ!気が付いたか?どこか痛むか?!」
いつの間に、俺は眠っていたのだろうか。なぜ、会議に参加していたはずのロイに寝台の上で抱きかかえられているのだろう。ついでになぜ、猫サイズカモノハシも胸元にいるのか。
「え?えっと……俺、寝てた?」
「いや、少しの間だったが気を失っていた。何があったのだ?」
「なにって、ファイに絵本借りて読んでて………それだけだぞ?」
どこか困惑した顔をしているファイも、ロイから向けられた問うような視線に応えて小さく頷く。その光景を見つめながら、俺は更に首を傾げる。
「えっと……ファイとなにか、話してたっけ?あれ?……全然思い出せないんだけど……」
小さな生き物が、俺を真似するようにその長い首を傾げて「きゅぴ」と小さく鳴いた。
あれ?俺、もしかして何かおかしいのか?寝る、いや気を失う?前に何を考えてたのか、さっぱり思い出せない。
ひゃっほーぅって旅行楽しんでて、大丈夫なんだろうか?でも……
「……ま、いっか。ロイ、もう会議は終わったのか?俺も熱下がったから、出かけられるぞ?」
だって思い出せないもんは、しょうがないからな。ダメもとでロイを見上げながらそう提案してみたが、眉間に小さく皺を刻んだロイにあっさり却下されてしまった。
「カナタ、今日は絶対安静だ。皇竜と静かに眠るがいい。もう少し……昼までにはつまらぬ話も終わる故、共に食事をしよう。
ファイ、後でよい。」
「承知いたしました、陛下。」
俺にはわからないツーカーな二人のやり取りにも、ちょっとだけ口をとがらせつつ、カモノハシ然としたドラゴンの嘴を指先で撫でた。
仕方ない、今日はこいつと親交を深めるか。
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